●ISEZI(いせじ)で更なる出会い(その1)
新発田市の閑散とする街なかにあって、築150年を超える古びた旧呉服屋「伊勢治」の跡店舗にて、力まず緩やかに展開されている「ISEZIソーシャルデザインプロジェクト」。奇抜なイベントの背景にある高邁な思想などを、大変なインテリジェンスを感じさせる主宰者とメンバーから聞いて感心するばかりの私だったが、保守的で閉塞感さえ漂う田舎街においてはその異質さは伸展していけるものかと一抹の不安も感じる。
世界で活躍できるような優れものの人材が自ら知恵を出し汗を流してこの地の魅力を高めようとしているのだが、固着した風土とのギャップにより、結局は諦めて撤退してしまわないか。田舎の地域における”尖った人”の先行きを少なからず見て来た心配性の私にはそんな不安が浮かぶのだ。
そんな思いがもたげる私に、地域の実情に寄り添いつつ、少しずつ活性化のための変革を目論み、活動している人が、ISEZIの"シンパ"としてこの場に同席してくれたことは、なんとも有難いことだった。
その一人、「関根正隆」さんは、なんと新発田市で名高いお寺の一つ「長徳寺」の住職。お寺といえば日本社会における保守というか古典というか、オーソドキシーの典型ではないか。そのお坊さんが、グローバルで先鋭的なISEZIと付き合っているというのに驚く。高僧かどうかはともかく、気さくでにこやかな雰囲気からは、話を聴く前から型破り感が滲み出て、こちらも楽しい気持ちにさせる。
長岡市生まれの40代男性で、浄土真宗東本願寺での勤務を経て15年前から新発田市にある長徳寺に務める。新発田市は特に寺町という地域にて歴史と伝統ある立派な寺社が林立しているのであるが、それらの宗派を越えた共催イベント「しばた寺びらき」などを企画し、地域内外の人からお寺を知って親しんで楽しんでもらう取組を年々盛り上げている。
異郷生まれでありながら新発田市で活動している動機を尋ねると、そもそも東京の練馬に4年住んでいたが”食”に不満があり、食べ物が美味い新潟に戻りたくたくなったのだが、故郷よりも新発田の方が美味かった。歴史ある割烹などの影響か、新発田市民はしっかりした味を求めてくるのでどの店もクオリティが高いのではないかと言う。人が多くて立地さえ良ければ高値でもやっていける東京とは違うなどと、食の内容のみならずそれを取り巻く構造に関する所見がなかなかのものだ。
そして、そうした食へのこだわりが高じたのか、特筆すべきは、長徳寺ゆかりの赤穂浪士で新発田出身の堀部安兵衛にちなんで、赤穂の牡蠣を使ったメニューを市内の飲食店で同期展開させる「しばたオイスターバー」を企画し、牡蠣の調達など運営の要を担っている。夏冬2回のこのイベントは回を重ねるほど盛況となり、もはや住職より"牡蠣の卸商"ではないかと笑い話になるほどだという。
何かを関連付けて企画して、ゼロからでなく街のレストランなど既存の資源を活かして、誘客需要を創造して採算も取る。無理のない活性化の優良事例であり、立上げから一気に売り上げが見込みにくい田舎街において、本業所得を持ちつつトライアルするスタイルは、起業を考えている人の良き参考となるのでは。
新発田には、こんなアクティブなヒトが居て、気さくに話をしたり助言や意見、人脈を求めた時に、ハブとなるISEZIという肩ひじ張らない場がある。これは凄いことだと思う。
(「新発田地域ふるわせ座談会11・「ISEZI(いせじ)で更なる出会い」(その1)」終わります。「新発田地域ふるわせ座談会12・「ISEZI(いせじ)で更なる出会い」(その2)」に続きます。)
世界で活躍できるような優れものの人材が自ら知恵を出し汗を流してこの地の魅力を高めようとしているのだが、固着した風土とのギャップにより、結局は諦めて撤退してしまわないか。田舎の地域における”尖った人”の先行きを少なからず見て来た心配性の私にはそんな不安が浮かぶのだ。
そんな思いがもたげる私に、地域の実情に寄り添いつつ、少しずつ活性化のための変革を目論み、活動している人が、ISEZIの"シンパ"としてこの場に同席してくれたことは、なんとも有難いことだった。
その一人、「関根正隆」さんは、なんと新発田市で名高いお寺の一つ「長徳寺」の住職。お寺といえば日本社会における保守というか古典というか、オーソドキシーの典型ではないか。そのお坊さんが、グローバルで先鋭的なISEZIと付き合っているというのに驚く。高僧かどうかはともかく、気さくでにこやかな雰囲気からは、話を聴く前から型破り感が滲み出て、こちらも楽しい気持ちにさせる。
長岡市生まれの40代男性で、浄土真宗東本願寺での勤務を経て15年前から新発田市にある長徳寺に務める。新発田市は特に寺町という地域にて歴史と伝統ある立派な寺社が林立しているのであるが、それらの宗派を越えた共催イベント「しばた寺びらき」などを企画し、地域内外の人からお寺を知って親しんで楽しんでもらう取組を年々盛り上げている。
異郷生まれでありながら新発田市で活動している動機を尋ねると、そもそも東京の練馬に4年住んでいたが”食”に不満があり、食べ物が美味い新潟に戻りたくたくなったのだが、故郷よりも新発田の方が美味かった。歴史ある割烹などの影響か、新発田市民はしっかりした味を求めてくるのでどの店もクオリティが高いのではないかと言う。人が多くて立地さえ良ければ高値でもやっていける東京とは違うなどと、食の内容のみならずそれを取り巻く構造に関する所見がなかなかのものだ。
そして、そうした食へのこだわりが高じたのか、特筆すべきは、長徳寺ゆかりの赤穂浪士で新発田出身の堀部安兵衛にちなんで、赤穂の牡蠣を使ったメニューを市内の飲食店で同期展開させる「しばたオイスターバー」を企画し、牡蠣の調達など運営の要を担っている。夏冬2回のこのイベントは回を重ねるほど盛況となり、もはや住職より"牡蠣の卸商"ではないかと笑い話になるほどだという。
何かを関連付けて企画して、ゼロからでなく街のレストランなど既存の資源を活かして、誘客需要を創造して採算も取る。無理のない活性化の優良事例であり、立上げから一気に売り上げが見込みにくい田舎街において、本業所得を持ちつつトライアルするスタイルは、起業を考えている人の良き参考となるのでは。
新発田には、こんなアクティブなヒトが居て、気さくに話をしたり助言や意見、人脈を求めた時に、ハブとなるISEZIという肩ひじ張らない場がある。これは凄いことだと思う。
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