新潟久紀ブログ版retrospective

人事課行革班14「【番外編】涙の「時間管理でゆとり創造」ポスター」編

●【番外編】涙の「時間管理でゆとり創造」ポスター

 文字面が格好いい「行政システム改革班」へ配属というのは形ばかりで、実は旅費不適正支出問題の調査班という不祥事の後始末チームの一員として、部署の本室から人気の無い会議室へと追い出され、人目をはばかる裏舞台に潜みつつ作業を続けていた平成9年の初夏のある日。唐突なオファーが私に舞い込んだ。
 本課である人事課が制作する職員向け啓発ポスターに出てくれというのだ。しかも撮影は話を受けた当日の午後というからもう何時間もない。県本庁舎の各職場や県内の出先事務所に広く配布されるポスターに顔出しでというのであれば、心の整理も必要なのに…。でも依頼元が何と言っても"人事課"である。ここで断って人事課長の覚えが悪くなれば、まだ先の長い私の県職員人生に暗雲が垂れ込める…。つまりノーとは言えない御下命なのだ。腹を決めて「よろこんで」と内心の思いとは裏腹に居酒屋の店員よろしく少し高声で明るく即答してみる。
 しかし…である。ヒアリングなどがまだ始まっていないこの頃は、庁内の職員とでさえ面と向かってやり取りすることも無く、会議室にこもり毎晩遅くまで作業していたので、私は髭の手入れも行き届かず身なりも少しルーズになっていたきらいがあった。だが、髭を剃ったり着替えたりするために一旦帰宅する時間もない。困ったものだ。
 そもそも、業者のカメラマンを呼んで撮影するというのならキッチリと配役など事前に周到な準備がなされるべきだろうに、こんな場当たり的な人選で大丈夫なのか。恐る恐る久々に人事課本室に足を踏み入れ、ポスター制作の担当に聞いてみると「実は配役予定の職員が風邪で休んじゃってね。急遽、直ぐに対応できそうな人は居ないかということになって、会議室からあまり出入りする様子もなく他に予定もなさそうな貴方に声掛けしたわけ」と屈託がない。私の気持ちはお構いなしだ。「ノリでやってよ」と言うのだ。
 それでも私は「髭は伸びてるし本日は衣服もくたびれているし…」などと思うところを愚痴ってみたり…。そんな私達の立ち話を、丁度通りかかりながら聞きつけた課長補佐は「むしろあんたが適任だわ」と一笑する。ポスターのタイトルコピーは「時間管理でゆとり創造」。残業を減らして仕事漬けでなく豊かな人生を送りましょうというテーマであり、今で言うワークライフバランスの啓発。もちろん一方には、業務の効率化で残業を減らして財政負担の軽減に繋げようという意図がある。
 写真の構図は、「たまには女房と飯食いたい」と帰りたがる若手職員を少し先輩職員が「今晩もしっかり残って仕事だ」と掴んで足止めしようというもの。髭が伸びて少しくたびれた私の風体が旧態依然とした仕事を続ける職員のイメージにぴったりだと、課長補佐は畳み掛けてきた。
 有り難がられているのか馬鹿にされているのか…もうどうでもいいやという気分になり、その数分後には撮影会場に仕立てた庁内の小さな会議室に赴く。"早く帰宅したがる"相方は、同じ行政システム改革班でも本室内に残留できたメンバーの最年少者だ。私としては不本意な成り行きであった筈だが、プロの指図で姿勢や二人の"絡み方"を変えたりしながら何枚も撮影していくうちに、結構調子づいてくるから不思議なモノだ。30分ほど掛けた撮影会は結局は楽しい雰囲気の中で終えた。我ながら切り替えが早いものだ。
 そんな唐突な撮影会のことなど忘れていた数日後のある日、電話で呼び出しを受けて、同様に呼び出された"相方"と共に課長補佐の元に伺うと、一枚の大きな紙を両手に広げて思案していらっしゃる姿が。課長補佐は例のポスターの校正刷りをまじまじとご覧になって、到着した我々に自身のアイデアを話し始めた。
 残業を嫌がり逃げ出そうとする"相方"は、バドミントンの世界では県庁内外に名が知れていると自ら豪語するのももっともらしく、見た目にがっしりとした筋肉質の体格が、体育会系のサッパリとした感覚で仕事を割り切るイメージを上手く表している。一方で、引き留めに掛かる私は、電卓とペンを手にして疲れた顔つきとへたれた風体で、効率など度外視で仕事をし尽くすために歯止め無い残業も厭わないというイメージが良く伝わる。これは超勤削減推進に適した良いキャラクターコンビだ。ポスターの各々のところに「マッスルさん」と「デジタルさん」とそれぞれ付記しよう。
 課長補佐の脳裏には、当時、岩手県産米のPRで突如現れ結構な話題となった"お米ブラザーズ"が浮かんでいたようだ。白い全身タイツに赤い靴で強烈印象の"こめの介"と"こめ次郎"は当時20代の岩手県職員。これを真似して、我々をキャラクター化して、県内出先機関を順次啓発するという名目での放浪の行脚にでも出させようかという、割と本気の勢いだった。ぬいぐるみのかぶり物ならともかく白タイツはなんとしても拒否せねば…などと余計な心配事が増えるばかりだ。
 旅費等の不適正支出問題で注目され、全職員に真面目な低姿勢が求められていた折り、残業縮減対策とはいえ、さすがにギャグめいたキャラクターによる展開は不謹慎と思われると考えたのか、課長補佐の"企画"は立ち消えになった。私達は廊下等で会うたびに「マッスルさん」「デジタルさん」と声を掛けられ続けたが…。
 ところで「デジタル」といえば、現代ではデジタルトランスフォーメーションと言ったワードに象徴されるように、最先端、高速など「効率」の代名詞かのようであるが、約30年前の当時は業務へのコンビュータ導入の黎明期であり、パソコンなどいじっているのはオタクで凝り性といった目で見られていた。黙々と旅費の不適正支出額をパソコンで毎晩遅くまで集計していた私は、ともすれば非効率なまでに残業するオタク的職員に見えたのかもしれない。それが当時の「デジタル」というイメージだったのだ。
 さて、仕上がったポスターは我々出演者にも一部ずつ配布された。残業続きの当時は、幼い我が子達に何日も会えない日々が続いていたが、ポスターはそんな子供部屋に掲示され、妻から聞けば、子供達はそこに映る私に向かって「おやすみなさい」を言って寝ていたという。ごく下っ端の県職員の過酷な苦役の裏になんとも泣ける話があったのだ。

(「人事課行革班14「【番外編】涙の「時間管理でゆとり創造」ポスター」編」終わり。県職員4か所目の職場である人事課行政システム改革班の回顧録は今回で終わります。次なる職場の「新行政推進室1「意外な内示で庶務係長として事前準備に奔走だ」編」に続きます。)
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