新潟久紀ブログ版retrospective

ほのぼの暮らし・歯の移植大手術の話2021.3.6

 「親知らず」と言えば、伸びてきて炎症を起こしたり、そうでなくても予防的に抜き捨てるというのが一般的ではないだろうか。しかし、私は大変な"プロジェクト"(?)にそれを用いた経験がある。
 平成11年の春。左の下奥歯は虫歯治療で数年前に神経を抜き、かぶせものをして、いわゆる銀歯となっていたのだが、残業続き故の不規則な生活と飲食がたたったのか随分傷んでいたようで、ある日、硬いモノをかみしめた時に、かぶせものの下にあったエナメル質だの象牙質だの、歯そのものが粉々に砕けてしまった。
 直ぐにかかりつけの歯科医院に行くと、当然ながら元の歯は再利用不能と宣言され、となれば差し歯か、などと考えていたら、「移植してみないか」と言う。
 砕け果てた奥歯の直ぐその奥に「親知らず」歯が潜んでいた。レントゲン写真によればその形状が奥歯と非常によく似た良い形だという。これを抜いて、奥歯の位置に移植できるということなのだ。人工の歯を単に配置する差し歯と異なり、組織がつながって固定も期待できるらしい。
 現在ならば先ず提案されるであろう、人工の歯を顎の骨にネジで固定する「インプラント」については、当時はまだ流行り始めであり、大学病院歯科など一部でしかやっていなかったようだ。いずれにしても、もとから備わっていする自分の歯を置き換えて使うことができて定着もするならこの上ない。私はその手術をお願いした。
 一週間後のある日の午後。その歯科医院は患者を私一人に限定して治療を始めた。やはり歯科としては大手術なのだ。2時間程度は要するという。その間、大口を開け続けていなければならない。気が重い。
 ただでさえ歯医者というのは大の男が何歳になってもあのドリルの音を聞くと診療座席の肘掛を握る手に力が入るし、背中に汗をかくもの。麻酔の注射をこれでもかと何本も打たれて歯茎が無感覚に膨らんだ例の感触の中で、大きく口を開けさせられて手技が始まった。
 目を開けることもできずされるがままにしていると、大工仕事かと思えるような、金づちでノミでも叩き打つような大きな音が響き渡る。麻酔が効いているので直接的に指すような痛みではないのだが、疼くような鈍痛が頭全体まで響き渡るようだ。それが数十分続いたような感覚の後で、奥歯がねじり抜かれたような反動で頭が枕の上でバウンドした。
 更に大変だったのが次の工程だ。抜いた親知らずを移植する奥歯の位置の底面を、親知らずが上手くはまる様にナラすらしい。これも感覚だけで伝わってくるのだが、顎の骨まで削られているようなゴリゴリとした重振動だ。顔の形が変わってしまうのではないかと本当に不安になる。
 始まってから1時間以上は経過したのだろうか。仕上げは、親知らず歯のはめ込みだ。歯科医師が私の顎に全体重をかけるように押し込んでくる。長時間にわたり大口を開け続けていて口の周りはもう感覚がマヒしている状態だが、下あごへの強力な押し込みは顎が抜けると思う程だった。
 移植手術は正味2時間以上を要して終わった。医師によれば想定どおりに出来たと言うから少し安心する。これから3日間毎日消毒のために来院してくれということと、2~3日くらいは痛むと思うので鎮痛剤を出すから都度服用してくださいと言われて、背中から尻まで汗まみれで開け続けた顎の感覚が全くない私は帰路についた。
 大手術を無事に終えてハッピーということにはならず、麻酔が切れてくると、二つの苦難に悩まされることになった。
 当面の食事はウドンなど柔らかいものにして気を付けていたが、移植した歯が僅かに高かったのか噛み合わせるたびに上下の歯茎が痛んで表情がゆがむのを我慢できないほどだ。歯科医の言いつけを守って手術部位の消毒に通った際に訴えると、移植歯が少しずつ定着して沈んでいく過程であるし、上の奥歯も下の奥歯を失っている間に下に降りてきてしまった分を戻る途中なので、上下で馴染み合うまではどうしても時間が掛るという。それでも耐えられない痛みなので少しずつ移植歯を削ってもらい、痛みを我慢できる程度にしてもらった。確かに歯科医師の言う通り、一週間もすると噛み合わせの痛みは治まってきた。
 それよりも問題だったのは、左下奥歯の底の疼きであった。わりと強めの鎮痛剤を出してもらったのだが、薬が効くとされる時間が過ぎる前から痛みがジンジンと戻ってくる。歯の疼きで眠れないというのは生まれて初めてだった。手術は失敗であって、この疼きは一生続くのではないか、と絶望するくらいの辛さだった。
 疼きで睡眠不足になる日々が2週間ほども続いたのであるが、段階的にというよりある日を境に痛みが大きく薄らいだ。3時間置きくらいに頼った鎮痛剤も手放せそうだ。自分のことながら人体というのは凄い回復力というか順応力を持っていると関心させられた。
 この手術に関しては術後一か月後に最後の点検をしてもらった。目論見通りに定着して痛みもない。これで通院から解放だ。最後に歯科医師から「移植歯は恒久的なものではなく、長くもっても10年くらいで抜けてしまうというのが通例。そうなれば普及中のインプラントということになると思いますよ」と言われて診療所を後にした。
 あれから20年余り。途中何年か置きに虫歯やクリーニング等でその歯科医院に通うと、「移植歯がよくもっているねえ」と当の歯科医師から感心される。私なりに細心の注意を払って口内を管理してきたとの自負もある。しかし、いよいよ最近は移植歯のぐらつきや周りの歯茎の痛みが頻繁になってきた。新型コロナウイルス禍ということで歯科医に行くのがためらわれる折、市販の歯槽膿漏薬品など塗布して凌いでいるのだが、いよいよ限界かもしれない。早晩おそらく何かを噛んだ拍子に折れ抜けてしまうのだろう。
 でも、ここまでくると、長く共に戦ってきた同志が口の中にいるような感じなのだ。できるだけ長持ちさせたい。
 本日もなんとか持ちこたえたね…。昨今は、鏡で移植歯の健在を確認して、心の中で声掛けをしてから就寝する日々なのだ。


(「ほのぼの暮らし・歯の移植大手術の話2021.3.6終わり。「ほのぼの暮らし・歯医者探し2021.5.7(みんなどう選んでる?)」に続きます。更に「ほのぼの暮らし・初節句2021.3.3(赤ちゃんと中年男)」へと続きます。)
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