●余裕こいてたら特命2つの言い渡し
役所仕事の常なのだが、異動直後は未だ慣れない段階で前年度決算の取りまとめ作業に追われるもの。そうした繁忙が一息ついた4月の下旬に、上司である係長が「実は貴方にお願いしたい特命業務がある」と切り出してきた。「前任の部長が異動する前の3月末に言い残していった事でね…」と続ける。「財政課の総務班には、それなりに資質の高い者が配属されてきているのに、与えられる仕事が定型的事務が多くて物足りないのではないか。職員定数も減らされている中で、職員に能力をフル活用させるべきだ、と強く言われて転出されたんだよ」と。「予算査定はもとより"幹部の判断によりけり"となる案件はすべからく査定チームに指示されて来たのだけれど、総務班の若手に幾つか委ねてみなさい」とね。
何か遠回しな物言いだなあと少しイライラしてきたところで、具体的な仕事内容が示された。特命は二つあり、一つは「決算審査時期の早期化の実施」、もう一つは「会合の適切な促進の取りまとめ」だとという。
決算審査と言えば、これまでは、前年度決算をまとめた議案を12月議会に諮り、1月中に特別委員会という場で議員から審議していただき、2月議会で認定の議決を得るというのが通例であった。しかし、それでは前年度決算審査の議論を翌年度の予算編成議論に反映するのに間に合わないということで、同様な日程であった全国の多くの自治体において審査の早期化議論が起こり、時期を前倒しする自治体が増え始めていたころだ。
決算議案提案の時期を12月議会から前倒しといえば、定例会が四半期毎なので9月議会ということになる。3か月も前倒しにする場合の課題が、議案等の調製が間に合うかということだ。民間から見れば「なんだそんなこと」と笑われるかも知れないが、300ページを超える決算書を始めとして複数の分厚い冊子により構成される決算関連の議会審議資料は。その量もさることながら、県の300近い職場ごとの資料の取りまとめによるものなので、その編纂は膨大な時間と労力が掛かるのであった。
今までも議論はあったのだが、資料調製が従来からの手法では物理的に間に合わせられないことや、決算という結果に対する取り組みとしての費用対効果など考えた時に、前向きな話にならないまま立ち消えを繰り返してきたようだ。ところが、全国的に議会提案時期を前倒しする動きが増えてくる中で、「本県は何故出来ないのだ」という話になってきた。"次年度の予算議論に活かせるように"という大義もある。外堀が埋まり、私が財政課に転入する直前に早期化の方針が決まったという。他県の動向や大勢に押されて動くのは良くも悪くも新潟県らしいなあと思う。
決算の早期化については、特命とはそんなことかと気が抜けた。とにかく決算関係作業工程を徹底的に見直して効率化することに尽きるのであろう。大学生時代に経済学部でかじった、オペレーションズリサーチや科学的経営管理手法などが役に立つかも知れない。それにしても事務的な仕事であり、もとから我が総務班に馴染むではないか。僕の考えを述べると、係長は「それが簡単でもないんだわ」と言う。「貴方のいうような単純な迅速化だけではなく、どうせやるなら議案資料の様式そのものも見直せというのが前任部長の御下命なんだわ」。
「ええっ。議案の様式を変える?」。流石に驚いた。役所勤め以外の人には分からないかも知れないが、綿々と続く伝統作法のようになっている議案の書式というものを変えるということは並大抵のことではないのだ。歴史と伝統をどうして我々の代で変えるのかと議員や関係者の皆さんがざわつくだろう。菩提寺で受け継ぐ檀家の家系図と同じで、同じやり方による継続こそが重要ということも議会という存在の歴史的観点からわからないではないのだが、これも含めて役所の前例に立ち向かうときに辟易とすることは多い。議案様式を議員の皆さんが納得できる形で変更するまでの根回しや調整の労を考えると、これは大変な仕事だと思いやられた。
「あともう一つの特命は何ですって?。会議の適切な設営方法とかでしたっけ」。最初の特命で先行きの難航を想像してげんなりした私は係長に、二つ目は何か軽いテーマでしたよねという気持ちで聞き直した。係長は何故か申し訳なさそうな表情をして口を開いた。「飲食を伴う会合に良い意味で積極的になれるようにするための指針の案を作ってもらいたいんだわ」。何を言い出すのか。ついこの間まで旅費と並んで不適正支出が発覚して大問題となった「食糧費」である。改善策として厳しい執行基準が当課の査定チームの仕切りで策定されたばかりではないか。何よりも不適正支出の調査班に居たこの私にその仕事をさせようということに愕然とした。
「悪しき慣習を再びということではないんだよ」。係長は諦めたような表情で穏やかに続ける。その不適正支出問題は県庁を震撼させて膿を出しきったのは良かったのだが、県職員は過度に萎縮してしまい、民間団体や市町村、地域住民たちとの忌憚の無いざっくばらんな会合を通じて、本音話を引き出したり声の大きな陳情や要望などに隠れがちな少数派ニーズを拾い取ることに消極化してしまった。前の部長は、経済人や地域住民との交流の中で、仕事として適正な会合まで避けないようにして欲しいと度々言われたという。そこで、査定チームが策定した法律を適正な範囲で柔軟に読み解いて地域に出て交流を深めることに積極的になれるようなものを、総務班の柔らかい発想で作ってくれないかと言い残していったというのだ。
その命を受けて、総務班の中での適任者を考えていたのだけれど、不適正支出問題の調査班に在籍していた私だからこそ逆に、単にイケイケどんどんということではなく、しっかりと適正という一線を守りつつも柔軟なものの考え方を職員に示していく案が作れるのではないかと考えたとという。係長は私が前任地の新行政推進室において、手作りのイラストやマンガを組み入れたパンフレットなどを作成して庁内に配布していたことを良く知っていたようだ。
「それに、貴方は何か暇そうで物足りなさそうだったしね」と話の最後に係長は付け加える。これはしたり。定時で即退庁して自分の時間を持とうとした結果、他の班員に比べて残業時間が少ないことも裏目に出たか。それにしても、定型的で経常的な業務一辺倒の筈の総務班に着任したのに大玉の特命を二つもくらうとは。結局どの職場に行ってもイレギュラーが待ち受けているのが宿命なのかと、県庁3階の薄暗い天井を仰ぐ私だったのだ。
(「財政課2「余裕こいてたら特命2つの言い渡し」編」終わり。「財政課3「特命1「会合ガイドブック」(その1)」編」に続きます。)
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