●意外な内示で庶務係長として事前準備に奔走だ
わずか一年の人事課での生活。しかも配属された「行政システム改革班」とは名ばかりで、実態は旅費等不適正支出問題の後始末という芳しくない仕事に殆どを費やしたあげく、その特命が終われば使い捨てられ、どこぞの部署へ飛ばされると噂されていた年度末のある日に、人事異動内示の日が訪れた。行政システム改革班の廃止が既に公表されていたから、班の全員に内示が出ることが分かっているという異例の状況の中で、皆が労務管理担当の課長級職員である参事からの告知を固唾を呑んで待っていた。
新採用で県庁14階の企業局、福祉の出先事務所を経て県庁9階の農林水産部と階数を下がってきたけど、自分の年頃の異動のパターン例を勘案すると本庁には残留だと思うので、次は4階の情報政策課あたりへの異動かな…。図らずも不適正支出額の集計作業を通じて流行初めのwindows95の表計算ソフトに慣れ、"デジタルさん"などとポスター掲示もされたことでもあり、それも巡り合わせかな…などとボンヤリ考えていると、参事から班員への内示伝達が開始された。
職位の高い順に、人事課本体に残る者、古巣の課に出戻る者など悲喜こもごもの内示か言い渡され、やはり今の班員を新組織へそのままスライドということではなく、散り散りに解体になるとは予想通りだなと確信していると、私の直ぐ上の先輩主任に初めて「新行政推進室に配属となる」との声がかかり、室内で"おおっ"と声があがる。そしていよいよ最後は末席の私だ。名前を呼ばれて参事の前に立つと「新行政推進室の主任となる」と伝えられた。
それは無いだろうなとやや諦めに似て思っていた新組織への内示を受けて、驚きと共に急に意欲も沸いてくるから不思議なものだ。例えば、大晦日の深夜に今年も終わりと"しみじみ"しているのに数分後に日付が元旦に変わった途端に明るいモードにがらりと変わる某放送局の「ゆく年くる年」状態だ。
「最後は私自身についてですが」と参事が咳払いをして「新行政推進室の企画主幹で室長補佐兼務になります」と披露して、内示セレモニーは幕を閉じた。フッと空気が緩み、誰もが自分が配属される新たな職場についての情報を得ようと近くの職員同士での会話が始まった。私は具体的に何をするのだろうか。新設部署でしかも「新行政」を進めるというのだから、何をするのかそのものを企画立案していくのかもしれない。期待と不安が広がるばかりだ。
なんといっても長年に亘る公金の不適正支出問題を経ての新設部署なのだから、県庁の悪しき慣習や風土に大鉈を入れる役回りになるのではないか。ひいては組織の見直しに及ぶかもしれない。そうなれば、大学時代に勉強して以来関心を持ってきた経営組織論が役に立ち、企画立案に際して中心的に貢献できるかもしれない…。県行政の進め方に直に触れるかのような大きな想像が盛り上がってきた頃合いに、参事から声が掛かった。
「君には"庶務係長"になってもらうから」。「ええっ」と参事を二度見する私に話が続く。「新行政推進室は小さな職場なので庶務係を独立して置けるものではない。課員の誰かがその役割を担うとになる。君はスライド移行組で一番若いので庶務とか、言ってしまえば各種の雑用を頼まれてくれないか」。
口頭での内示伝達後に書面での内示一覧表が回覧されたのだが、新行政推進室は私を含む移行組に新メンバーを加えた13人体制となることが判明していた。確かに部署としては小さく、故に「課」ではなく「室」ということでもあるのだろうが、こうした規模の場合に諸々の雑務等を請け負う庶務・総務的な担当は、若手が担うという庁内ルールがあるとは。私は「一人庶務係長」として、事務用品の購入やら郵便物の処理やら、執務環境に関する契約事務やら雑務に忙殺されて政策的な業務など関われないというのか…。
せっかくの高い志が芽生えた矢先にまたも心を折られるような不遇に顔色を曇らせる私に参事は容赦がない。「早速でわるいけど、"庶務係長さん"の初仕事として、新職場のレイアウト案を作ってよ」。一年の間、不適正支出問題の対応に明け暮れたこの会議室が新行政推進室の執務室になるという。これまで臨時的な調査班用作業室として会議用机を都度必要により並び替えるなどして活用してきたこの部屋が、まともな事務用机や打合せテーブル、書架書棚、コピー機やファクシミリなどを設えて新設部署に生まれ変わるのだ。
部屋のスペースと人数、配置する物品などが決まればレイアウトなど自ずから浮かび上がりそうなものだ。「なんとなく決めさせてもらいますわ…」と返答すると、「5つくらい(!)選択案を作って私に相談して。査定して一番良い案に決めてやるから」。嗚呼そうであった。この参事様は昨年まで全庁各部局からの予算要求案をビシバシ斬(切)っていく財政課の補佐であらせられたのだ。こんな執務室レイアウト程度の事案であっても様々な角度からの長短を勘案した代替案を作って検討するぞというのだ。
かくして、私は新行政推進室という新設される華々しい看板部署のメンバーに滑り込ませてはもらえたものの、新年度その発足を待たずして「一人で庶務係長」の御下命を受け、新たな職場に夢膨らませる同僚達が定時に足早に退庁する姿を横目に見ながら、机の配置のバリエーションを5種類も作図するやら、細々した事務用品の発注やら、備品等の余り物を庁内で探し回るやら、清々しい思いで赴任してくるであろう新入りのメンバー達のための受入れ準備に汗と埃まみれの年度末を慌ただしく送るのだった。
(「新行政推進室1「意外な内示で庶務係長として事前準備に奔走だ」編」終わり。「新行政推進室2「意識高いメンバー達とクセの強い室長でスタート」編