新潟久紀ブログ版retrospective

新潟独り暮らし時代51「鈴木辰治ゼミ1年目の打ち上げ」

●鈴木辰治ゼミ1年目の打ち上げ

 昭和61年の未だ寒い春先。鈴木辰治教授がご自宅に私のほかゼミ員の2人を夕食に招いてくれた。先日までの半年間のブラジル人留学生の対応や自身の著書の校正の手伝いの慰労ということらしい。我ら3人は大いに期待してバスに乗り込み、大学から10kmほど離れた新潟市の繁華街近くにある教授のお住まいにお邪魔した。
 我ら3人とも親元離れてのアパート暮らしで貧乏学生ということを教授は了知されていたはずなので、不憫に思っておられるだろうから、ここは寿司や焼き肉などの大盤振る舞いではないかと道中で冗談まじりで盛り上がったものだ。しかし、初めて教授のお住まいを目の前にすると少し皆の雰囲気は変わってきた。
 古めかしくて、窓枠から察するにいかにも昔の規格で立てられた狭そうな鉄筋コンクリート建ての教員宿舎だったのだ。くすんだ内壁の狭い階段を上り、教授の部屋の号室にたどり着き、呼び鈴をならして迎え入れて頂いて屋内が視界に入ると、我々の思いは決定的になった。"これは結構な貧乏暮らしではないのか"と。
 建築当時は都市型のコンパクトで合理的な区画であったであろう宿舎は、4畳半とかせいぜい6畳くらいの大きさの部屋割りで構成されていて、育ちの良い我々3人の学生が居間に座ると途端に窮屈になる。寒い季節でもあり、教授と4人で炬燵に陣取れば、脇にテーブルなど置く空間も無い。そうなると料理は大きな鍋の一品という具合。それも土鍋ではなく避難所での炊き出しなど彷彿とさせるようなアルマイト鍋。中身は具材も含めて極めて家庭的なおでんということだった。
 貧乏学生とは言え、昭和の後期の大学生だった我々は、実家に帰省した際などにおいて、各々の家庭で又は外食で、時折は少し豪華な料理も頂いていたし、既にファーストフードで濃厚でボリューム感のある食べ物にも馴染んでいた。"お呼ばれ"というイベントであれば勝手ながら少し特別な料理を期待していたのだ。
 しかし、これまでの教授とのお付き合いを振り返れば、研究室は書物ばかりだし、他には安価なコーヒーメーカーと、時折2~3本程度のビールくらいしか入っていないガラガラの小さな冷蔵庫しかなく、身なりから見ても、また自家用車を持っていないということからも、お金回りの良い雰囲気はなかった。
 シンプルな具材と味付けのおでんを頂きながら、後はこれしか無いとばかりビールと日本酒をハイペースで飲んで歓談している教授と我々に、適宜世話を焼いてくれていた奥様が話し始めた。「本当に本にお金を費やしてしまって我が家には何も無いのよ」。そもそも大学教授など給料は高くないのに、専ら図書や研究に関する費用に消えていき、二人の子供を抱えて家を預かってきた生活は、特に子供達が受験の年頃でもあって、未だに苦労続きなのだという。諦め気味の愚痴でありながらも、それほどの暗さも無く家計の内情を話してくれる奥様に我々は親しみを感じた。
 鈴木辰治教授ゼミの1年間を振り返ったり、これまでの教授の武勇伝?やら蛮カラぶりなどを聴かせて頂いているとあっという間に時間的に良い頃合いに。襖がスッと開くと隣部屋で受験勉強中の娘さんが挨拶してくれたりもしてくれて、襖一枚で隔てたしかも狭い子供部屋でさぞうるさかっただろうにと大声で騒いでいた我々は恐縮したが、慣れっこですよとばかりの明るい受け答えからは、裕福では無いし狭い家でも教授の家庭が暖かで子供も真っ直ぐ育っているのだなあと思わせた。
 鈴木辰治ゼミ1年目の"打ち上げ"は終わった。良い区切りになった。いよいよ春から3年生の後輩を抱えることになる。そして就活の本番。既に23時過ぎで辺りもまばらな街路灯しかない薄暗い細道を、千鳥足の田舎大学生3人が最終便を逃すまいとバス停を目指した。

(「新潟独り暮らし時代51「鈴木辰治ゼミ1年目の打ち上げ」」終わり。仕事遍歴を少し離れた独り暮らし時代の思い出話「新潟独り暮らし時代52「鈴木辰治ゼミで目覚める2年目」」に続きます。)
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