新潟久紀ブログ版retrospective

新潟独り暮らし時代46「鈴木辰治ゼミへの留学生(その3)」

●鈴木辰治ゼミへの留学生(その3

 たとえ勢いが無いとはいえ(失礼)国立である新潟大学の、経済学部鈴木辰治ゼミナールのゼミ長として、短期留学生の研究を精一杯支援するぞと誓ったものの、実際の"支援の関係"は殆ど逆になってしまった。
 日本語も達者な日系三世ブラジル人留学生の彼が、私に新潟大学経済学部ではどんな教材図書を使っているのかと聞くので、手持ちの経済学書などを見せてみた。二三日して彼の研究室に顔を出すと、斜め読みを終えた彼からは「日本の大学生は自国や世界の経済の時勢とはかけ離れたこんなクラシックな教材を時間を掛けて読んでいるのか」と驚かれたものだ。「哲学的にものの考え方真理を探求するのは良いが、再来年に現代の日本経済の現場に出る経済学部3年生としてはどうなのか」と、いつもながら穏やかな口調でも歯に衣着せぬ物言いはさすが外国人と思わせる。
 ケチを付けるばかりで終わらないのが彼の良いところで、彼は「このくらいのものを読んで経済を戦略的で実践的に考えた方が良い」と私に冊子を示してくれた。「Budgeting」と題された厚さ4cmほどもあろうかという図書は、新規事業を企てるときのマーケティングから採算の見積もりまでの論理的な考え方や方策が整理されたものだった。
 来日して以来、日本の書籍を一通り探り、「Japan as No.1」などと当時もてはやされていた日本的経営を礼賛する類いのものも概ね目を通したという彼は、日本の社会や教育機関などの現場を見る中で日本経済の行く末に少し懐疑心を抱き始めていたいたようだ。日系三世ならではの感性が日本をかえって冷静に見させていたのかもしれない。
 米国経済の反転攻勢があり得ると密かに考えていた彼は、米国の最新の研究に着目していた。私に教えてくれた著書は米国経済学者のものであり全編が英語。ポルトガル語が母国語の彼自身は、難しい経済用語などの英語は辞書を片手にということになるので、日本人の私と大差ないのではないかという。短い留学期間の間に一緒に読み解いてレポートでもまとめないかというのだ。
 そもそもゼミ長なのに何のリードもしてくれない私に不満はあったに違いない。それでも文句をぶつけるのではなく、自らやることを見出すばかりか、為になることなので一緒にやろうと提案までしてくれる。この前向きさというか建設的な態度に私は大いに感激した。私も当時の日本の若者を例えた揶揄である「指示待ち族」に成り下がっていたようだ。私は、たった一人で新潟大学にやってきた外国人留学生を支援するどころか、彼から勉学の羅針盤を示してもらうという"体たらく"になってしまったことを大いに恥じ入った。
 それ以来、新規事業を立ち上げるに当たって経営の計画や予算を論理的にどう考えていくべきかについて、日本に対する経済的逆転を狙う米国の経済学者の英文著書を翻訳しながら読み解いていく日々が始まった。私のアパートは住人誰しもが騒がしい面々の巣窟であったので、ひとたび真面目に勉強するとなると、留学生にあてがわれた研究室が好都合だった。電気ポットやコーヒーセット、菓子などを持ち込み始めると、何時までも滞在できるようになり、ついには、留学生が不在の時でも私やゼミの同僚が入り浸るように。大抵は無関心を決め込む大学の事務方職員もさすがに目に余ったのか、私は大目玉をくったりもした。かつてない程に勉強に注力していただけに皮肉に感じたものだ。
 そんな軋轢もありながら、当該図書の過半近くを読み解くことができたが、結局は留学生の滞在期間が終わるまでにはレポートの取りまとめには至らなかった。難しい学術書の翻訳は時間を要したのだ。留学生の彼が日本を発つ際に私に残していってくれたその厚い洋書は、ほんのかじった程度でしかなかったが、その内容は、その後に新潟県庁に就職してから仕事を進める上で、とりわけ県の財政を調整する財政課に勤務するにあたり、思考の基礎として役立ったのだ。今や実家の倉庫にでも仕舞い込まれているのだが、機会を見て懐かしく再読してみたいと思う。

(「新潟独り暮らし時代46「鈴木辰治ゼミへの留学生(その3)」」終わり。仕事遍歴を少し離れた独り暮らし時代の思い出話「新潟独り暮らし時代47「鈴木辰治ゼミへの留学生(その4)」に続きます。)
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