妄想ドラマ『スパイラル』 (13)
週刊誌には、渉のマンションから出てきた二人の写真が掲載されていた。
コートの襟を立て、目深に帽子をかぶった美菜は、深夜ということもあって
彼女をよく知る人にしか、本人だと認識できないようなものだった。
舞台をきっかけに二人が付き合いだした、という事実が書かれていた。
他には渉と美菜のこれまでの経歴や舞台の内容、美菜が体調不良で途中降板したこと、
そして美菜の代役となった沙織も素晴らしかったことなどに触れている。
渉は事務所に行く車の中で、西野が買ってきてくれた週刊誌に目を通した。
「特に嘘は書かれてないみたいだけど?」
西野が言った。
「そうだね」
「悪意をもって書かれたものじゃなくてよかったよ。人気が出ると
どこかで足を引っ張りたがるやつが出てくるものだからね」
「気を付けていたつもりだったのに。でも美菜が傷つくようなことは書かれてなくてホッとした」
「小田中プロの対応だけど、交際を認めるんじゃないかな。二人とも大人なんだしね」
事務所に着くと、社長の笹川が待っていた。
その表情は予想に反して険しい。
「映画の製作発表が延期になった。キャスティングも白紙だ」
「どうしてですか?別に何も悪いことしたわけでもないのに」
西野が驚いて笹川に詰め寄った。
「そうだけどラブストーリーだからね。本当の恋人同士がラブシーンをやったんじゃ
観客もしらけるだろうってことだ」
「じゃ、小田中プロは交際を否定しないってことなんですね」
「ああ、事実を否定したって二人が別れる気がないのなら、
嘘をついても仕方ないって小田中さんが」
西野が渉を見た。
渉の言葉を待っている。
「別れるつもりはありません。僕たちは真剣ですから。社長には申し訳ないけど
仕事は次のチャンスを待ちます」
「まぁ話題作の主演だったから正直言って残念だけど、他にもいろいろオファーは来ている。心配するな」
「すみません」
「美菜ちゃんは、自分が降りるって小田中さんに言ったらしいよ」
「えっ」
「もちろん、今回の映画は億単位のプロジェクトだから、さすがに美菜ちゃんの気持ちでキャスティングを
決めたりはできないけどね。ただそこまで彼女が言った気持ちは汲んでやれよ」
渉は複雑だった。
美菜の自分を思う気持ちが嬉しい反面、そんなことを言わせてしまったことが情けなかった。
そしてやりきれない苛立ちが心を重くした。
その日のうちに、小田中プロとオフィスMKからマスコミ向けに、
渉と美菜はいいお付き合いをさせていただいています。
温かく見守ってくださいという内容のメールが送られた。
そして、しばらくはいろいろ聞かれるだろうが、笑顔で応えるだけで何も言うなと笹川は言った。
たぶん、小田中に指示されたのだろう。
ワイドショーなどでは、憶測であれこれ言われるかもしれないが、それも少しの間のことだと思う。
公表したことで二人の気持ちが楽になれそうなのも嬉しかった。
渉はすべてはこれでよかったのだという気がする。
そして観客の反応を直に感じられる舞台へ、また戻れるのではないかとも考えていた。
ところが三日後、西野から思いがけない連絡がきた。
「映画のキャスティングが決まったよ。やっぱり渉が主演だって」
西野は興奮した声だ。
「聞いてる?来週には正式に発表になるよ。撮影のスケジュールを遅らせるわけにはいかないらしい」
「でも」
「ヒロインは新田沙織ちゃんだって」
「沙織?どうして・・・」
---------つづく-------
14話へ
1話から読みたい方はこちら