妄想ドラマ『スパイラル』 (24)
川崎の裏切りは、美菜の心を深く傷つけた。
美菜に芸能界のことを一から教えてくれたのは川崎だったし、
仕事で思い悩んだ時に、陰で支えてくれたのも川崎だった。
初めての主役に二人で手を取り合って喜んだのが、ついこの間のことのように思える。
川崎のことを誰よりも信頼していた美菜は、人間不信に陥りそうになる心を
渉に甘えることでなんとか支えていた。
美菜は、あの夜から渉のマンションにいた。
料理を作ったり音楽を聴いたりしてすごしている。
川崎の計らいで美菜が小田中プロを辞めることはまだ公表されていない。
渉がマスコミに追いかけられることもなく、穏やかな数日が過ぎている。
連ドラは急きょ小田中プロの別の女優に決まり、来週には撮影が始まるらしい。
渉は仕事意外の付き合いはすべて断り、できる限り早く帰るようにした。
傷ついた美菜が一人でいる時間のことが心配だった。
考える時間がたっぷりあるというのは、今の美菜にとってよいことだろうか。
渉はもっと広いマンションへ引っ越し、二人で暮らすことを考えていた。
結婚という文字も頭に浮かんだが、それを口にするのは今ではないと思う。
その日の最後の仕事は映画の宣伝のためのテレビ出演だった。
沙織と二人での仕事だ。
打ち合わせが終わると、渉は沙織を呼び止めた。
「沙織、君の疑いは晴れたよ。疑って悪かった。ごめん」
「そう」
沙織はにっこり微笑んだだけで何も言わなかった。
「でも、どうして美菜に自分がやったみたいなこと言ったんだ」
「試したの。あの子がどうするか。きっとすぐに渉くんに泣きつくんだと思った。
でも映画の撮影のこと考えてあなたには黙っていたのよね。悔しいけど負けたって思った」
「負けたって・・・」
「なんだか女として負けたっていうか・・・。それで悔しくて意地悪しちゃった。
最低な奴だよね。美菜ちゃんにごめんなさいって伝えて」
「うん」
「ところで、疑いが晴れたってことは、誰の仕業だったかわかったってこと?」
「それは、言えない」
「そっか。私、渉くんの大切な人にひどいことしたから、もう友達じゃいられないよね」
「美菜の気持ちを考えると、少し距離を置きたい。沙織にとってもそのほうがいいと思う」
「そうね。いっそ大嫌いだって、はっきり言ってもらった方がすっきりするかも」
「この仕事が終わったらそうする。ドラマの撮影も始まるんだろ?前を向いて進め」
「優しいのね。でもその優しさは罪だよ」
沙織はこらえた涙が溢れ出す前に、くるりと背中をむけて歩き出した。
仕事が終わると、渉はお疲れ様のあとにさよならと沙織に言った。
その言葉に込められた意味を沙織は理解した。
沙織は車の中で携帯のアドレス帳を開き、渉の名前をしばらく見つめたあと
削除のボタンを押した。
--------つづく-------
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川崎の裏切りは、美菜の心を深く傷つけた。
美菜に芸能界のことを一から教えてくれたのは川崎だったし、
仕事で思い悩んだ時に、陰で支えてくれたのも川崎だった。
初めての主役に二人で手を取り合って喜んだのが、ついこの間のことのように思える。
川崎のことを誰よりも信頼していた美菜は、人間不信に陥りそうになる心を
渉に甘えることでなんとか支えていた。
美菜は、あの夜から渉のマンションにいた。
料理を作ったり音楽を聴いたりしてすごしている。
川崎の計らいで美菜が小田中プロを辞めることはまだ公表されていない。
渉がマスコミに追いかけられることもなく、穏やかな数日が過ぎている。
連ドラは急きょ小田中プロの別の女優に決まり、来週には撮影が始まるらしい。
渉は仕事意外の付き合いはすべて断り、できる限り早く帰るようにした。
傷ついた美菜が一人でいる時間のことが心配だった。
考える時間がたっぷりあるというのは、今の美菜にとってよいことだろうか。
渉はもっと広いマンションへ引っ越し、二人で暮らすことを考えていた。
結婚という文字も頭に浮かんだが、それを口にするのは今ではないと思う。
その日の最後の仕事は映画の宣伝のためのテレビ出演だった。
沙織と二人での仕事だ。
打ち合わせが終わると、渉は沙織を呼び止めた。
「沙織、君の疑いは晴れたよ。疑って悪かった。ごめん」
「そう」
沙織はにっこり微笑んだだけで何も言わなかった。
「でも、どうして美菜に自分がやったみたいなこと言ったんだ」
「試したの。あの子がどうするか。きっとすぐに渉くんに泣きつくんだと思った。
でも映画の撮影のこと考えてあなたには黙っていたのよね。悔しいけど負けたって思った」
「負けたって・・・」
「なんだか女として負けたっていうか・・・。それで悔しくて意地悪しちゃった。
最低な奴だよね。美菜ちゃんにごめんなさいって伝えて」
「うん」
「ところで、疑いが晴れたってことは、誰の仕業だったかわかったってこと?」
「それは、言えない」
「そっか。私、渉くんの大切な人にひどいことしたから、もう友達じゃいられないよね」
「美菜の気持ちを考えると、少し距離を置きたい。沙織にとってもそのほうがいいと思う」
「そうね。いっそ大嫌いだって、はっきり言ってもらった方がすっきりするかも」
「この仕事が終わったらそうする。ドラマの撮影も始まるんだろ?前を向いて進め」
「優しいのね。でもその優しさは罪だよ」
沙織はこらえた涙が溢れ出す前に、くるりと背中をむけて歩き出した。
仕事が終わると、渉はお疲れ様のあとにさよならと沙織に言った。
その言葉に込められた意味を沙織は理解した。
沙織は車の中で携帯のアドレス帳を開き、渉の名前をしばらく見つめたあと
削除のボタンを押した。
--------つづく-------
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