初めて見たのはいつだっけなぁ?
初めてミュージックホーンを聞いたのはいつだっけ?
初めて乗ったのはいつだ?
ん~?分かりませんなぁ、てゆうか憶えとるわけないわな。
物心ついた時にはもう普通に走っとるんだからね。
車社会の名古屋も、昔のお出かけは家族揃って名鉄特急で、ってのがステータスでした。
それだけ昔の方が交通の便が良かったんでしょうな。
確かにうちも名鉄電車でいろんなとこへ出かけました。
こないだの蒲郡線の件もそう、年末に廃止になったモンキーモノレールもそう。
岐阜の花火も昔は長良橋まで路面電車に乗って見に行っていました。
昔はどこへ行くにも列車でした。
まあ、子供が電車が好きだからってのもあったと思いますけどね。
そんなパノラマカーですが、津島線では何かと馴染みがありました。
津島7:00発豊橋行きと、15年ぐらい前まであった7:04着折返し7:09発鳴海行きは、共にパノラマカーでした。
豊橋行きは一時編成が前後逆転していた時期もありましたが、晩年は豊橋方4両がPで岐阜方4両がスーパーでしたが、元々はPの4+4でした。
豊橋方4両のPは朝森上へ入ってその返しで豊橋行きになっていました。
この頃は尾西線も夕方にはPの定期運用がありました、今となってはシンジラレナ~イ!ですね。
しかもP6の森上行きだったので、津島と森上以外途中駅はケツ2両締切でした。
そして、その4分後にやってくる津島返しの鳴海行き、こいつはP6でした。
幼稚園や小学校低学年の頃は、よくこの列車のエンド交換を見に行っていました。
高校の頃この列車は佐屋着発に変更されてしまいましたが、実はもう一本津島返しの列車が設定されていました、もちろんP6。
8:11着16分発折返しの須ヶ口行き。
専門学校時代はこの列車に乗って学校に行ってました。
何かと朝のPにはお世話になっていたものです。
なんだかんだ言ってもパノラマカーは名古屋のステータスです。
だから、パノラマカーは名鉄に走っていて当たり前、走っていなきゃ名鉄じゃない、・・・。
走ってない、てゆうより走らない。
もう走らない。
ん~、多分すぐに慣れますよ、慣れるけどなんだろうね?
寂しいと言うか、違和感があると言うか、多分そんな感じだと思います。
自分も含め将来7000形の現役時代を知る世代がいなくなったとしても、新幹線0系と共に永遠に語り継がれる伝説の車両になると思います。
でも、ありがとうじゃないんだよなぁ~、・・・、なんだろ?なんて言えばいいんだ?
やっぱり無難に・・・、
お疲れ様でした