日本経済新聞
滋賀の三日月県知事「交通税、県民が等しく負担を」
日経ビジネス
2022年10月20日 2:00
滋賀の三日月県知事「交通税、県民が等しく負担を」
日経ビジネス
2022年10月20日 2:00
↑写真:東洋経済ONLINEより
滋賀県知事 三日月大造氏。1971年大津市生まれ、一橋大学経済学部卒。1994年にJR西日本に入社。労働組合専従を経て、2003年に衆院議員に初当選(民主党所属)。09年に国土交通大臣政務官に就任し、2010年には国土交通副大臣に。2014年に滋賀県知事選挙に立候補して当選。国政から転じる。現在は3期目を務める
公共交通を維持する財源として「交通税」の創設を公約に掲げ、2022年7月の滋賀県知事選で3回目の当選を果たした三日月大造氏。
近江鉄道の存続問題などに関わる中で、鉄道事業者や利用者の負担、国からの補助に頼るだけでは公共交通は立ちゆかなくなるという危機感があると語る。
滋賀県は鉄道交通の要衝として発展してきました。これからも持続的に発展させるには、公共交通の利便性なくしては難しい。しかし今、人口減少や新型コロナウイルス禍による利用客の減少で減便が起きています。
中でも、JR琵琶湖線(東海道線・北陸線)が2021年10月と2022年3月のダイヤ改正で減便されたインパクトは大きい。JR西日本からすると(京阪神)エリアの端っこかもしれませんが、滋賀県にとっては基幹の路線。長浜、米原、彦根、近江八幡、どの町も中心に駅があって京都や大阪と結ばれています。
滋賀県南部は京都、大阪のベッドタウンとして発展してきて、数少ない人口増加地域です。どれくらいの運行頻度でどれくらいの所要時間なのかが、選ばれる街になるかどうかの分岐点になります。資産価値にも直結し、死活問題と言えます。滋賀県内の市町村に意見を聞くと「不便になった」「以前の運行本数に戻してほしい」という話をたくさん聞きます。
滋賀県ではもう1つ、「近江鉄道」の存廃問題があります。約120年の歴史がありますが、施設や車両の老朽化が進んでいました。2016年ごろから議論を始めて、鉄道施設を滋賀県を含む沿線自治体が保有する「上下分離方式」で存続させることを2020年3月に決めました。コロナ禍の後だったなら、この合意形成は更に難しくなっていたと思います。
「近江鉄道」は総延長が約60km、33駅あります。全線の輸送密度(1km当たりの1日平均利用人員。平均通過人員とも言う)は1902人(17年度)ですが、1000人に満たない区間もある一方で、近江八幡(滋賀県近江八幡市)~八日市(滋賀県東近江市)間は4681人(同じく2017年度)と相当の利用があります。企業や学校が沿線に立地し、通勤通学の足として使われているのです。この区間をバス転換したら、バスが何台も必要になり、運転手も必要でコストが余計かかる。交通渋滞も招きます。鉄道のほうが合理的な区間です。
一部をバス転換し、鉄道を部分的に残すことも検討しました。しかし、鉄道の新たな車庫をどこに置くのか、バスが何台必要になるのかなどを考えていくうちに、鉄道を全線残したほうが効率的な運営ができるという結論に達しました。
沿線には5つの市と5つの町があります。単体の市町村だとエリアが限られ「俺たちの町には必要だけれども、あっちから先はいらない」といった議論になりがち。だから広域自治体である滋賀県が乗り出す意味があります。交通ネットワークという観点で議論するのが大事で、滋賀県が入らなければ合意形成はできなかっただろうと思います。
滋賀県で上下分離をやったことはないですし、全国的にも前例は少ない。コストもかかれば、リスクもあります。沿線市町とは、とにかく安全が大事だと議論しています。鉄道設備と車両を、自治体が責任を持って守っていけるのか。手間もかかりますが、街づくりという観点でこれから可能性があるテーマだと思います。今は、鉄道資産を引き継ぐ組織作り(編集部注:「近江鉄道線管理機構(仮称)」)に向けて対話を重ねているところです。
滋賀県が維持管理費用の約半分を負担するということで近江鉄道の全線存続が決まったわけですが、私の政治リスクは大きかった。滋賀県西部や滋賀県北部の県民には関係がない話ですから。「なぜ滋賀県が費用の半分も持つのか」と政治争点化されていたら厳しかったでしょう。
私は滋賀県知事になる前、国会議員の時代から、公共交通の活性化に取り組んできました。交通税のアイデアは民主党政権時に持っていた
2003年に民主党所属で衆院議員になった直後から「交通基本法」の策定を目指しました。2009年の政権交代で国土交通大臣政務官になると、(国土交通副大臣に就任した)辻元清美議員と交通基本法の検討会を立ち上げ、法案を作成して国会に提出しました(編集部注:東日本大震災の影響を受け成立には至らなかったが、2013年に「交通政策基本法」が成立した)。
滋賀県は鉄道交通の要衝として発展してきました。これからも持続的に発展させるには、公共交通の利便性なくしては難しい。しかし今、人口減少や新型コロナウイルス禍による利用客の減少で減便が起きています。
中でも、JR琵琶湖線(東海道線・北陸線)が2021年10月と2022年3月のダイヤ改正で減便されたインパクトは大きい。JR西日本からすると(京阪神)エリアの端っこかもしれませんが、滋賀県にとっては基幹の路線。長浜、米原、彦根、近江八幡、どの町も中心に駅があって京都や大阪と結ばれています。
滋賀県南部は京都、大阪のベッドタウンとして発展してきて、数少ない人口増加地域です。どれくらいの運行頻度でどれくらいの所要時間なのかが、選ばれる街になるかどうかの分岐点になります。資産価値にも直結し、死活問題と言えます。滋賀県内の市町村に意見を聞くと「不便になった」「以前の運行本数に戻してほしい」という話をたくさん聞きます。
滋賀県ではもう1つ、「近江鉄道」の存廃問題があります。約120年の歴史がありますが、施設や車両の老朽化が進んでいました。2016年ごろから議論を始めて、鉄道施設を滋賀県を含む沿線自治体が保有する「上下分離方式」で存続させることを2020年3月に決めました。コロナ禍の後だったなら、この合意形成は更に難しくなっていたと思います。
「近江鉄道」は総延長が約60km、33駅あります。全線の輸送密度(1km当たりの1日平均利用人員。平均通過人員とも言う)は1902人(17年度)ですが、1000人に満たない区間もある一方で、近江八幡(滋賀県近江八幡市)~八日市(滋賀県東近江市)間は4681人(同じく2017年度)と相当の利用があります。企業や学校が沿線に立地し、通勤通学の足として使われているのです。この区間をバス転換したら、バスが何台も必要になり、運転手も必要でコストが余計かかる。交通渋滞も招きます。鉄道のほうが合理的な区間です。
一部をバス転換し、鉄道を部分的に残すことも検討しました。しかし、鉄道の新たな車庫をどこに置くのか、バスが何台必要になるのかなどを考えていくうちに、鉄道を全線残したほうが効率的な運営ができるという結論に達しました。
沿線には5つの市と5つの町があります。単体の市町村だとエリアが限られ「俺たちの町には必要だけれども、あっちから先はいらない」といった議論になりがち。だから広域自治体である滋賀県が乗り出す意味があります。交通ネットワークという観点で議論するのが大事で、滋賀県が入らなければ合意形成はできなかっただろうと思います。
滋賀県で上下分離をやったことはないですし、全国的にも前例は少ない。コストもかかれば、リスクもあります。沿線市町とは、とにかく安全が大事だと議論しています。鉄道設備と車両を、自治体が責任を持って守っていけるのか。手間もかかりますが、街づくりという観点でこれから可能性があるテーマだと思います。今は、鉄道資産を引き継ぐ組織作り(編集部注:「近江鉄道線管理機構(仮称)」)に向けて対話を重ねているところです。
滋賀県が維持管理費用の約半分を負担するということで近江鉄道の全線存続が決まったわけですが、私の政治リスクは大きかった。滋賀県西部や滋賀県北部の県民には関係がない話ですから。「なぜ滋賀県が費用の半分も持つのか」と政治争点化されていたら厳しかったでしょう。
私は滋賀県知事になる前、国会議員の時代から、公共交通の活性化に取り組んできました。交通税のアイデアは民主党政権時に持っていた
2003年に民主党所属で衆院議員になった直後から「交通基本法」の策定を目指しました。2009年の政権交代で国土交通大臣政務官になると、(国土交通副大臣に就任した)辻元清美議員と交通基本法の検討会を立ち上げ、法案を作成して国会に提出しました(編集部注:東日本大震災の影響を受け成立には至らなかったが、2013年に「交通政策基本法」が成立した)。
法律をつくる過程で、公共交通をより便利にするには財源をどうすべきか議論になりました。道路予算の一部を公共交通に回せばいいのではと考えましたが、道路特定財源など特定財源をなくそうという民主党のそれまでの主張とかみあわず、うまくいきませんでした。残念ながら国政では実現できず、民主党は野党になり、私は滋賀県知事となって地元に帰ってくることになりました。
しかし、滋賀県政世論調査をすると、何とかして欲しいという不満の1位は交通。毎年、不動の1位なのです。やはり公共交通は大事です。
そこでJRなど民間事業者に要望や提言をしたり、利用促進のためのプロジェクトを作ったり、国にも支援・検討を要望したりしてきたわけですが、数年前から思い始めたことがあります。民間企業の頑張りや利用者の負担、国の支援だけでは回らないのではないかということです。
国政レベルでの「国民が等しく、少しずつ負担して公共交通の財源をつくる」というアイデアは挫折したわけですが、滋賀県で独自に「交通税」をつくったらどうなるのか。そこで19年に税制審議会を立ち上げ、税制財政の専門家である諸富徹先生(京都大学大学院経済学研究科・地球環境学堂教授)に会長になっていただいて10数回議論してきました。滋賀県にふさわしい税制のあり方を考える中で、地域公共交通を支えるための税制をつくるのなら、どういう点に留意すべきか、諮問したのです。
「交通税」が既にフランスなどにあることは心得ていますが、税制の制度や自治体の形、仕組みが違います。日本にそのまま持ってくるのは無理で、独自に作るしかありません。滋賀県にはすでに「琵琶湖森林づくり県民税」という、滋賀県民みんなが少しずつ負担する税の仕組みはあります(編集部注:個人は年800円の負担)。
「交通税」をどういう徴税にするかは決めていませんが、所得課税、資産課税、住民税の超過課税(編集部注:地方税法で定められた標準税率よりも高い税率を課すこと)などが選択肢の1つになるでしょう。
この「交通税」は、近江鉄道の上下分離や維持費用など(特定の用途)のために提案しているのではありません。滋賀県民が等しく少しずつ分担し、滋賀県全体の地域公共交通をよりよくするための財源として持つのはどうでしょう、という提案です。
この「交通税」は、近江鉄道の上下分離や維持費用など(特定の用途)のために提案しているのではありません。滋賀県民が等しく少しずつ分担し、滋賀県全体の地域公共交通をよりよくするための財源として持つのはどうでしょう、という提案です。
そうすると「何に使うの?」となりますよね。今、公共交通のビジョンづくりの作業をしているところで、そのビジョンを実現するための財源として、「こういう使い方ができる」「こういう施策が打てる」と示していく。負担のレベル、財源の規模がある程度イメージできないと議論が進まないので、ビジョンと税負担はセットで議論していきたい。
近江鉄道だけでなく、滋賀県全体の公共交通の維持管理の財源にしたいという。
コロナ禍、インフレと厳しいときに、新たな税は少しずつの負担でも重いでしょう。だから議論は丁寧にやらないといけません。普段公共交通を使わずにマイカーに乗っている滋賀県民は「なんで自分たちが負担するの?」となる。では家族はどうですか、将来クルマを運転できなくなったらどうですか、と。周りにいる公共交通を使う人のために、どういう負担なら許容できますか。そういった合意形成ができないかと考えています。
(県知事の任期である)今後4年間で徴税を始め、財源を作るところまで行けるかどうかは微妙なところです。しかし知事3期目の政策集、公約に交通税を入れているので、「ここまで議論が進んだね」という何らかの前進、進捗を滋賀県民に感じてもらうことは重要と考えています。
今、全国でローカル線の存廃が議論になっています。どこの自治体にとっても共通のテーマなので、国が一律の制度を設けることになればいいとは思いますが、防衛予算も社会保障も増やさなければいけない中で、公共交通にどこまで財源が回るのか。待っていては間に合わないので、滋賀県は先に行くということです。
私は政治家になる前の1994年から2001年までJR西日本に勤務し、運転士も経験しました。国会議員として公共交通に関する法律の制定にも関わり、今は自治体の長を務めています。それぞれの内情をある程度知っている立場からすれば、交通事業者と自治体との議論は早く始めたほうがいいと思います。共通認識を持ち、力を合わせて解決のために一歩踏み出すことです。
滋賀県で言えば、「近江鉄道」は厳しい状況にありますが、JRはまだ可能性があり、元気なうちに(議論を)やり始めるのが重要なことかもしれない。「交通税」の議論を進めていく過程で、交通事業者とも「もっと運賃を下げてほしい」とか、「運行ダイヤを何とかしてほしい」といったキャッチボールをできるようになるのかなと思っています。(談)
(日経ビジネス 佐藤嘉彦、伊藤正倫)
近江鉄道だけでなく、滋賀県全体の公共交通の維持管理の財源にしたいという。
コロナ禍、インフレと厳しいときに、新たな税は少しずつの負担でも重いでしょう。だから議論は丁寧にやらないといけません。普段公共交通を使わずにマイカーに乗っている滋賀県民は「なんで自分たちが負担するの?」となる。では家族はどうですか、将来クルマを運転できなくなったらどうですか、と。周りにいる公共交通を使う人のために、どういう負担なら許容できますか。そういった合意形成ができないかと考えています。
(県知事の任期である)今後4年間で徴税を始め、財源を作るところまで行けるかどうかは微妙なところです。しかし知事3期目の政策集、公約に交通税を入れているので、「ここまで議論が進んだね」という何らかの前進、進捗を滋賀県民に感じてもらうことは重要と考えています。
今、全国でローカル線の存廃が議論になっています。どこの自治体にとっても共通のテーマなので、国が一律の制度を設けることになればいいとは思いますが、防衛予算も社会保障も増やさなければいけない中で、公共交通にどこまで財源が回るのか。待っていては間に合わないので、滋賀県は先に行くということです。
私は政治家になる前の1994年から2001年までJR西日本に勤務し、運転士も経験しました。国会議員として公共交通に関する法律の制定にも関わり、今は自治体の長を務めています。それぞれの内情をある程度知っている立場からすれば、交通事業者と自治体との議論は早く始めたほうがいいと思います。共通認識を持ち、力を合わせて解決のために一歩踏み出すことです。
滋賀県で言えば、「近江鉄道」は厳しい状況にありますが、JRはまだ可能性があり、元気なうちに(議論を)やり始めるのが重要なことかもしれない。「交通税」の議論を進めていく過程で、交通事業者とも「もっと運賃を下げてほしい」とか、「運行ダイヤを何とかしてほしい」といったキャッチボールをできるようになるのかなと思っています。(談)
(日経ビジネス 佐藤嘉彦、伊藤正倫)