”スローライフ滋賀” 

「ウォーキング三昧」ブログの続編です。令和元年(2019年)5月1日に移行しています。

2つの社歌への熱い思い入れ

2021-10-14 06:00:00 | わたしの仕事人生
 今ではOBだが私には2つの社歌がある。
理由は会社(公共企業体)が民営化され新しい会社となったからである。
 久しぶりにこの2つの社歌を聴いて、高度成長期時代を皮切りに懸命に、日々技術を高めるため真剣に、まじめに生きた時のことを思い出し胸が熱くなった。

 1つ目の社歌は戦後、新しい使命を持って発足した公共企業体の社歌である。さすが今では少々時代性を感じさせるが「TTS事業」の使命を体する朗々とした社歌だった。入社した時、この社歌を聴き、自分もよき技術者になり会社、社会に貢献したいと思ったものだ。正に今日のIT時代の先端先駆け会社であった。
 只、民営化前のサラリーは民間と比べて劣っていて、会社の事業と技術者の端くれとしてのやり甲斐・誇りがなければ転職していたかもしれない。現に結婚当時、商社勤務の妻のボーナスは桁違いに差がありショックだった。私が主夫になった方が良いのではないかくらいの惨めな有様だったのを覚えている。
しかし、仕事は楽しかった。また、努力すれば成長できる、社会に役立っているなどの実感も持てモチベーションは下がらなかった。

 もう1つの社歌は1985年に発足した新しい会社である。
この会社は何年間かの助走期間を経て民業化された。この時、私は既に30歳を越え中堅に差し掛かっていたが待ちに待った待望の新会社の発足だった。
 この社歌の歌詞は社員から募集されたもので、新しい会社の使命や未来への夢を感じさせ、民間企業として社会に漕ぎ出す社員の熱い心意気を体現するものだった。新しい社章を胸に、誇りを持って生きたことを昨日のように思い出す。

 民営化前は典型的なドメスティック企業であったが民営化後、社歌にもあるようなグローバルビジネスへの道が私自身にも開けて来たのである。結果、人生の半分くらい国際ビジネスに関与したことになる。
 民営化後、前述のサラリーの格差は解消し、民間並みになり励みの1つになったのは言うまでもない。希望を持ち努力すれば小さいながらも実現できる時代だった。

 ちょっと脱線するが、毎年秋、東京ドームでの都市対抗野球大会において応援団が総立ちして歌う社歌斉唱の様は昔の自分の姿と重なる。また、チアリーダーが歌う社歌がいささか音程が外れるが現役、OBなど関係なく全員起立で歌う光景は微笑ましい。
今年も古巣の会社の2チームが都市対抗野球大会に出場するのでその光景が見られるだろう。楽しみである。
 新しい社歌が出来て早や36年が経つが今なお新鮮さを失うことはない。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 10/15〜 天皇賜杯第76回全日... | トップ | ローゼル栽培、知名度アップ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

わたしの仕事人生」カテゴリの最新記事