滋賀県豊郷町石畑にある蒸気ポンプを使った国内初の地下水くみ上げ施設「龍ケ池(たつがいけ)揚水機場」が、2024年度の世界かんがい施設遺産の候補になった。明治の末に建設された当時のままの姿をとどめており、ポンプのほか、写真や図面といった歴史的資料が多く残されていることが評価された。滋賀県内の施設が候補になるのは初めて。
「龍ケ池揚水機場」は当時最新だった英国製の蒸気ポンプを備え付けて1913年に竣功(しゅんこう)し、甲子園球場約8・2個分となる31・7ヘクタールの区域を潤した。人の手で掘られた井戸の隣には、ポンプを収納する建屋と、ボイラーの煙を出すためのレンガ製の煙突がある。蒸気ポンプは完成から10年後に引退したが、揚水機場は今も電気で稼働している。
滋賀県豊郷町は龍ケ池の土木遺産としての価値に着目し、残った資料を頼りに土木工学的な調査を進めた。2023年7月に有識者による調査結果が報告されて機運が高まり、今年2月、「世界かんがい施設遺産」を認定・登録する国際かんがい排水委員会(ICID)の国内委員会に申請した。
今後、ICID本部で登録の可否が審査され、9月にオーストラリア・シドニーで開かれる国際執行理事会で発表される。豊郷町は「町の農業振興の歴史と先人の功績を、世界に広める機会ができ光栄。登録されることを祈っている」としている。
「世界かんがい施設遺産」は、かんがい施設を適切に保全するために、歴史的な施設を認定・登録する制度。国内では、愛知県の西三河地方にある明治用水など51施設が登録されている。
ポンプが伝える住民の熱意
豊郷町石畑は干ばつによる水不足に悩まされ、水を巡る争いが絶えなかった。転機は1909年。雨が降らない日が40日ほど続いたことで、地域の住民らが立ち上がった。
農業用の水を常に確保できる水源を求めて、龍ケ池の建設を計画。千人もの人を動員して井戸を掘り進め、1カ月ほどで豊富な地下水を得た。英国製の蒸気ポンプは今の価値でも1億円ほどする高価なものだったが、町の担当者は「地元出身の近江商人も、農業を取り戻そうと支援したのではないか」と推測する。
揚水機場が動き出してから水を巡る争いは減り、米の収穫量は増えた。二毛作もできるようになり、地域は経済的に発展。同様の施設が周辺地域に広がり、全国から視察があった。
引退後の蒸気ポンプは、戦時下の金属類回収で供出されそうになったが、住民らが守り切った。「ポンプを後世に残そうという、建設に携わった人たちの気持ちの表れだったのでは」。豊郷町の担当者は言う。
地域の人たちの思いも詰まったポンプは今、龍ケ池の歴史を説明するパネルと合わせて、近くの豊郷小学校旧校舎群で展示されている。
<記事・写真: 中日新聞より>