数年前に佐渡島に住む お二人を お泊めしたことがあります。義兄が お世話になった方です。
『いつか 佐渡島にも来てくださいね』と お別れしました。行く予定もないのに パソコンで佐渡島を観光して巡りました。
佐渡島は米所で、酒蔵が多い場所です。『利き酒ツアー』が多くありました。ある酒蔵の徳利に見覚えがあるのです。
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義母の古い食器を片付けた中によく似た徳利があったのです。
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これです。
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注ぎ口が三角で、模様も よく似ています。両親が 昭和二十年前に北九州から引っ越した時に持ってきたものです。有田焼と思われます。
佐渡島と九州は 遠いのに似ている食器があるのは不思議に思いましたが 昔日本史で習った『北前船(きたまえぶね)』のことを思い出しました。
大阪を出港し 西回りで各地の港に寄り、日本海を経由して北海道まで荷物を運ぶ帆船です。
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九州に寄港した時に伊万里焼を積んで運んだと思います。
当時は周辺で作られていた磁器は総称して伊万里焼と言われていました。有田焼も含まれます。
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北前船によって北九州の磁器が佐渡島に行き着いたと想像すると、妄想が止まりません。
実は新潟や佐渡島には江戸時代から伊万里焼が運ばれていて 遺跡の中から『古伊万里』がたくさん発見されるのだそうです。
『新潟日報』の昨年の記事です。
『北前船』によって 有田焼を含めた伊万里焼が佐渡島に伝わっていき その後も取り引きが続き、現在の佐渡島で使われているのも不思議ではありません。
佐渡島の徳利と、我家の徳利が似ていたことから、昔学んだ『北前船』に思いを馳せました。
いつか 佐渡島にも行ってみたいと思うようになりました。