土曜日は定休日。
携帯の鳴っている音で起こされた。
どうやら、サッカー観て、ソファーで寝てしまったようだ。
電話なんかかかってくることないから、どうしたんだろか?
“はい…”
“やっち、寝てた?”
軽くバレる寝ぼけ声。
同業であり、行きつけの居酒屋の店主。
ソウルメイトであり古い友人だった。
“どしたの?”
“A子の墓参り行くんだけどさぁ”
“私も行ったらダメかなぁ…”
三年前に38歳の若さで自ら命を絶ったバカ野郎。
辛い恋を苦にして亡くなったA子。
奴と出会ったのは、カウンターだけの某居酒屋。
お互いたくさん抱えた訳あり女。
いつもお互い酔っぱらってしか会った事がなかった。
一緒に笑った。
一緒に泣いた。
一緒にキレた。
バカだけど、温かくて優しい女だった。
一緒に河原でバーベキューした時も、みんなに(子供にも)水かけられてビチョビチョになってたっけ…
軽く扱われていたよなぁ…
十月祭の開店祝いに来てくれた奴は、入り口に“OCTOBER”(10月だったからね)と書かれた看板みて、うちより手前のスティッキーフィンガーに入った…。
しかも、私がいると思い込んでいるから。
“やっちーーー!”
と叫びながら入店したそうだ。
奴のアホ伝説はキリがない。
大好きだった。
付き合っている人がいること聞いていた。どうやら辛い恋をしているようだった。
でもさ、今度一緒に暮らすことになったって…
言ったよね?
何で死んじゃったの?
奴は、ビルから飛び降りて命を絶った。
それを聞いたのは、奴が亡くなってから数ヶ月経った時だった。
例の居酒屋の店主が、いい感じで酔っぱらって十月祭に入店してきたんだ。
ハイテンションだしヘラヘラしてるんだけど、何か違ったんだ。
お客さんが引けて二人になった時、彼は詰まりながらボソッと呟いた。
“A子が死んだ”
は?
ずいぶん会ってないとは言え、上手くいってたんじゃないの?
何で?
何で?
何で?
そんなだから、私の中で解決出来ずにいる。
電話は好都合だった。
彼は車で私を迎えに来て、墓に着く手前の鶴川駅で私を下ろした。
私はどうしても白い百合、カサブランカを飾りたかったんだ。
花束を作っている間に、ビールやら何やら買い込んで乗車。
“いちいち時間かけてゴメンね。何でもこだわっちゃうんだ。”
って言ったら。
“大変だな”
って彼は笑った。
霊園は、近頃流行りの低い墓石のせいで、見晴らしがきく明るい所だった。
奴の名字を探し、墓碑名を見ると…
奴の名前があった…
何でこんなになっちゃったんだよ。
墓石に水をかけ、花を供えて、線香をあげ、手を合わ…
…せ、られなかった。
同世代の友人に手を合わせる事になるなんてさぁ。
ふざけんな!
ばーか!
墓石に向かって罵声をあびせて号泣した。
しばらくして、涙をふいて、鼻かんで、不細工な腫れた目で、ようやく手を合わせることができた。
持ってきたビールの栓を抜いた。
奴には好きだった白ワインとヱビス。
彼はそのヱビスにタバコを差した。
“こんなの供えられるって、どんな奴って思われるね”
そう言って笑いながら3人で乾杯した。
地面に座り込んで、飲んだくれながら、たくさんぶちまけてやった。
そっちの世界には辛いことがないのかい?
楽になったのかい?
周りの墓石見たらジーサンバーサンばかりじゃね?
若い奴いねーだろ!
つまんなくね?
似たような経験を持つ女が、目の前に眠っている。
ギリギリなのに、お前と私は違う世界にいる。
同じ世界に行ったはずの私は、単に助けられてここにいる。
生きていくって大変だけどさ、仲間泣かしちゃだめだろ!
お前のための新しい墓石、親はどんな想いで建てたと思うよ!
私がそうした時、発見したのは親だった。
泣かれたぞ…
もう出来ないや…
言ったところでね…
残された人間は悩むんだ。
もっと何とか出来なかったか。
だから私は他人に介入する。
余計なお世話でも、嫌われても構わない。
生き方は人それぞれなんかじゃない。
人は皆、愛されたい。理解されたい。子孫を残したい。
これは本能だ。
上手くいってると思い込んで距離を置いてしまった。
まだ若かった私の早とちりと、理解してる“フリ”。
奴のこと救えたかもしれない後悔。
店を閉めて、たまに月忠の方の暗闇から私を呼ぶ声が聴こえるんだ。
“やっちーーー!”
多分死ぬまで忘れられない。
カサブランカがとても似合っていたよ。
私が逝くまで待っててくれよ。