表千家一期一会

母のお免状



先日名古屋の実家に帰った時
母と探し物をしていて
母の桐箪笥の引出しを開けてみたら

なんと!

母が結婚前にいただいたお茶のお免状が出てきました



私の実家も母の実家も
普段から緑茶と同じように
お抹茶を日常的に飲んではいたのですが

母に「御流儀は何だったの?」とたずねても

「表裏流?・・・忘れた!」
といつもはぐらかされていました



ところが今回
不審菴のお免状が見つかって

母も結婚する前に表千家を習っていたことがわかり
なんだかうれしくなりました


あらためてお免状を見てみると
現在私達がいただくものと少し違っていることに気がつきました




2通あるのですが

上の1通は

母の先生だった柴田宗耕先生宛になっています


荒川順子(母の名)殿

右習事相傳
相済候事


昭和二十九年九月

不審菴 宗左 (即中斎宗匠の花押)

柴田宗耕殿





そして下の1通は

その柴田宗耕先生が母宛に
習事十三箇条を書き記して下さっているようです

右之條々・・・・・・(←読めない)
今般令相傳者也


柴田宗耕先生の花押もあります

日付は同じく昭和二十九年九月になっています


ということは
昔は教える先生が弟子に対して
このような免状を一人ひとりお書きになっていたのですね・・・・


ほんの一昔前には
お茶の先生はこんな風に相伝をされていたことを
知ることができました


相伝ということは
家元が相伝者と認めた方に教授することを
教授者自身が家元から許される
という意味だったのだと
あらためて気づかせていただきました


今年は
社中の方に唐物と盆点を相伝させていただくことに
なっています



単なるお免状の取り次ぎに終わらない
その責任と重みを感じながら
相伝させていただきたいと思います



コメント一覧

tomoko
昭和29年、雲や様はもうお生まれになっていらっしゃったかもしれませんね。
江戸時代や明治時代の話と違って、確かに「ついそこ」と感じますね(^_^;)
思いがけない宝物を発見したような、うれしい気持ちになると共に、相伝について理解が一つ深まったことが、何よりありがたいです。
雲や
お母様の許状確かに拝見いたしました。昭和29年といえばついそこというぐらいの時間ですが、大分様子が変わってホッとすると同時に、相伝の重みがひしひしと伝わりました。いいものを見せていただきました。
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