月刊「地方財務」の4月号で苦戦している。
2月と3月は、新城の穂積さんの協力で、「合併の収支表」をめぐる対談だった。穂積さんとの対談は、とても気楽で、私は問題を投げかけるだけで、いい答えが返ってきて、そこから、さらに深みに入れるので、質の高い対談になる。私にとっては、おいしい対談である(今回も好評ということなので、第3弾も目論んでいる)。
しかも、今回は、上と下の2回なので、まるまる1か月何もしないで、過ごすことができた。その間、『若者と議員の明るいワークショップ』や「NPOの事業継承」の論文を書くことができた。
しかし、そろそろ地方財務にかからねばと考えて、立ち止まってしまった(ぎょうせいの編集者の人が、このブログを見ているといけないので、「やってる」アピールもしておきたい)。
候補は「有償ボランティア」であるが、これは難物である。とても4000字程度には収まる内容ではない。しかも、難しい。他にも材料がないわけではないが、一定のけりをつけたいと思っているので、昨日から取りかかり始めた。
普通、最初が書ければ、すっとかけるが、これはそうはいかないようだ。いつもは、6ページであるが、今回は、4ページでまとめようとも弱気になっている。
これはさぼっているわけではなく、この連載は、もともと4ページだったが、4ページではきつくて、3回目くらいから6ページになってしまったものである。
ただ、これなどはいい方で、以前連載していた条例論では、1000文字くらいと言っていたのを最初に一万字書いてしまい、それ以後1万字の連載になってしまったことがあった。大阪国際大学にいたころの原稿で、新幹線のなかで書いた原稿である。それが『政策条例のつくり方』(第一法規)である。
一応4ページと言っているが、書き始めると6ページになってしまうかもしれないが、「ボランティアと有償化はミスマッチか」で書いてみよう。
書き出しはこんな感じである。
ボランティアと有償化はミスマッチか
1.はじめに
■考えてみてほしい
授業で、学生に対して次の質問を出したことがある。次のような行動は、ボランティアといえるか。
(1)手話の教室で、週1回指導をしている。受講生から、教材の費用費と町内会館までのバス代をもらっている。
(2)(1)に加えて、相場より安い月謝をもらっている。
(3)あの小澤征爾さんが3万円で、地元のために指揮をしてくれる。
■学生たちの意見
学生たちの意見の大半は、(1)と(2)は、ボランティアとは言えないという。ボランティアは無償が前提で、これらはお金が絡んでいるので、ボランティアではないというものである。ところが(3)はボランティアだとする。小澤征爾さんに正式に依頼したら、とても3万円では頼めないというのが理由である。
ここから、垣間見れるのは、ボランティアかどうかの判断は、お金の介在そのものだけではなく、お金と活動の対価性も重要な要素だということだろう。