水瓶座時代 マドモアゼル愛オフィシャルブログさんより
月星座の最終解説第五回「月がいて座・やぎ座」
月星座が示す人物像は本当のあなたではありません。なので、大変辛辣な内容ですがこだわりなく語っております。月は本当の自分とはまったく関係ないにも関わらず、私たちにそれを自分と思わせ、私たちに常に不完全感を与えるように働きます。月が示すものは能力ではないにも関わらず、幼少時代の印象から、それがあたかも自分が得意かであるように、また、それが本当の自分であるように見せます。
その結果、私たちは月の幻影を自身の姿と思い込み、不完全なその姿をいけないものととらえ、それをどうにかしようとして焦り、煩悶し、悩みます。それは単に苦手なものであって「ああ、それ、私はできないよ」と気楽に考えれば何の問題もないにも関わらず、それができないことは、一大事であるかのように考えさせる、、、それが月です。
人には苦手なものや不得手なものがたくさんあるのに、なぜか月が示す事柄に関してだけは、そうであってはいけないような、自分を責める気持ちを生じさせます。子供時代にそれがもっとも得意だと思っていたためです。
そのため、月を自分だと思うと、不得手で能力のない分野に全エネルギーをつぎ込んでしまいますので、私たちは生きるために必要なエネルギーのほとんど、場合によってはすべてを月に奪われてしまうのです。どんなに努力しても報われることのない生涯を送らせるのは、月です。
月から自由にならない限り、私たちは本当の自分の人生を生きることはできないでしょう。一般の占星術では月が才能であったり、美徳であったり、適正であるように語っていますが、それは見事に反対であり、それだけはやってはいけないことです。それでもやるというのでしたら、苦しい人生を選ぶことになるでしょう。どんなに努力しても月並み以上には発展できないためです。
月の意味と意義は、私たちが描いた純粋な子供時代の心をそこに残している点です。この世で永遠に達成できない能力ではあるものの、純粋な思いを持ち続けられるということが月の命です。私たちは、月については、その星座が示す思いを純粋にただ思い続けるだけで価値があるのです。この世の形にできないということで、純粋性を保てるのです。
自身の思いを犠牲にして自身の生涯では得られないものを、人類の全体の夢として持ち続けることができるのは、月の働きなのです。月を自分のために、自分の人生の目的に使うことはできませんが、それを純粋に保持できる働きに意義があるわけです。本当に占星術はものすごい構造をしていると思わざるを得ません。宇宙学問であり、人間が考えたものとは、おそらく違っていると思います。無意識にとらえられて自分の人生が生きられないという心理学の重要テーマは、見事に月の星座で理解できることになるわけです。
さて、今回は残り四星座のうち、いて座とやぎ座の月についてです。かなり厳しい内容になりますが、それは本当のあなたではなく、嘘の自分を自分だと思っている際に生じるものとして語っているのです。そのことに気づくことで、私たちは迷妄を取り去り、本当の自分の人生を送れるようになります。月が自分だと思っているうちは、自分の人生ではない、苦しい生涯を歩むことになるでしょう。
月がいて座
いて座は火のエレメンツの最終星座です。火は自我を表し、その最終段階にあるということは、この人の自我が際限なく広くいきわたることと関係しています。この世のことを学び、この世がよくなるという前提で自身の生き方を考え、実行するのがいて座の性格。月はそれに対する欠損ですので、月いて座はそうしたものをもっていない、、となります。
世の中が良くなってほしい、、、この世がどういう仕組みでどのように動いているのか、、、高度の学問を学ぶとはどういうことか、、、ということを本気で考えられるのが、いて座です。しかし、月は欠損であり、その反対となります。一言でいうと、物事を深く理解する点において問題が生じるのが月いて座の特徴なのです。しかし、月いて座の人は自分に理解力がないとは、絶対に考えません。月星座について、他の星座では、自身に照らし合わせて理解していただけることがほとんどですが、月いて座の人はほとんどが認めません。
いて座は高度の学問や高度の社会性、そして正直で善意の星座ですが、月はその逆ですので、月いて座の人は、社会性も本当にはないし、正直でもない、、となると、確かに認めたくないことでしょう。まして、理解力がない、、、と言われては納得できなくても当然でしょう。
しかしそれでもなを、やはりいて座の要素が月いて座にはないのです。語学にしろ高等な学問にしろ、憧れはあり、ある程度はこなす人が多いのは事実ですが、では本物の通訳になれるほど語学力があるのか、本当に深い学問に進むほど能力があるのか、、となるとやはり疑問なのです。月いて座の自己イメージは高度ですので、それがない、ということに耐えられないケースが多くなります。
月いて座の社会理解は、どこかで読んだものであったり、誰かが言ったもの以外にありません。自身で考え理解することができないので、どうしても社会的に認められている権威に頼ります。それも深くは学んでいませんので、月並みで当たり前のことしか言えないでしょう。社会や世間から自分がどう見られているかは非常に気になる人ですが、建前の知識しかありませんので、深い自信に支えれていませんから、社会的にはにこやかに接し、社会正義を持つイメージを強調しますが、心底からの正義ではなく、あくまで正義の人に見られるようにふるまうのが特徴です。また、論理性も形だけのものですから、すぐに行き詰まります。しかし、決して自分の間違いを認めませんので、つい手が出るなどの暴力性が内在しています。
いて座は発展の木星を守護星に持つ星座ですが、月いて座には、その発展性がないのです。自分の中から何かを編み出し、発展させていくことが本当はできないのです。しかしそうした自分を絶対にこの人は受け入れませんので、自分が思ったことを絶対視し、その間違った信念を固執する以外に社会的に進むことができなくなります。
それが偶然にうまく運ぶことはありますが、理解力と判断力に問題があるので、連続してすべてがうまく進むことはなく、どこかでぼろが出たり、すぐに限界が訪れます。なので、この人にとっては受け身が本当の姿です。受け身でいかねば世の中を渡っていけないと考えるため、感じの良い態度や言動が重要な要素となるわけです。月にとらわれると、自分のいたらない考えに固執するだけの、発展性のない生涯になりがちです。また、容易に反正義、反社会性に傾く可能性もあります。
なんだか悪いことばかりあげつらいましたが、それらは、本当のあなたではないと言いたいからです。ただ、月が自分だと思っている限り、上記の運命はかなりの確率で現実になるはずです。月が自身ではないことに気づくまで、この人は月の幻影に振り回され、その生涯は一人勝手な周囲との関係性の少ない浮きあがったものになります。
月いて座の格言
あなたは自分が思っているほど良い人でもないし、社会的正義感も嘘です。ただ、それはポーズの上では見事に貫きますが、実際に自身の損得と関係する場面ではあっさりと正義など捨て去ります。もともとそうしたものがないからです。あなたの開運は高度な自己イメージにとらわれている限りは厳しく、自分はそんなに立派な人間ではない、、、結構適当で軽い人間かもしれない、、、勉強も学びも本当はポーズにすぎないのかもしれない、、と認めることができてはじめて、あなたの本当の人生が手ごたえをもってスタートできます。
月がやぎ座
月星座もいて座以降は最終星座となるため、その幻影も大きく、重たいものとなります。
そのため、周囲にもたらす影響も大きくなるのが特徴です。月の欠損は最終4星座においては自身の運命とともに周囲をも巻き込む大きな幻影となる傾向があります。
やぎ座は地のエレメンツの最終星座です。物質とのかかわりの最終的な姿を意味しますので、企業経営や組織的なあらゆるものなど、この世の中の物質の最終的な存在と関係するため、その影響も個人だけのものではなくなります。
やぎ座は仕事を表す星座ですので、太陽がやぎ座にある人なら、通常は仕事熱心であり何等かの成果を仕事で打ち出すことが多くなります。しかし月は欠損ですので、月やぎ座の人にとっては、仕事は怖いものであり、やりたくないし、関わりたくないという本音をもっています。ただし、表向きは仕事熱心なうえ、何とかして仕事で成果を出さなくてはいけないと必死になります。
家庭の主婦の場合でも、人間の価値は仕事ができて、収入を上げることができる、、、との気持ちが強い人となります。家でどんなに働いても、家事ではダメだというかたくなな思いがあることが多く、収入をあげないと一人前ではない、家事だけではいけない、というような錯覚に陥っている人もいます。と言って、本当は働きたくなどないのですが、そうしないといけないような気持ちでいるため、苦労して働くことで、家事がおろそかになったり、夫や子供も本当は母に働いてなどもらいたくないと思っているにも関わらず、かたくなに働かねばダメだ、、、との信仰を持ち続けたりしています。
さて、やぎ座は社長や代表という上の立場を示す星座ですので、月の場合では、自分もそうならなくてはいけない、、、と思っています。
しかし月は欠損として働きますので、その能力はないと考えます。なので、月やぎ座の人が上に立った企業や団体、事業はやがて
解体し、この世の存在を消す形として働くことになります。二代目社長に月やぎ座が就くような形になると、その会社はつぶれると思ってほぼ間違いありません。
月はこの世的な事柄が幻想であることを実証する星ですので、ほとんどの場合でそうなります。物質的欠損は最初おうし座で原初的な形を取り、お金を所有できないというところからスタートします。次におとめ座の第二段階を経て、物を管理したり保持できない段階にすすみ、最終的にやぎ座の月において、この世で形なしたものを消失させる運命として機能します。
ただし、これらも、月が自分であるとの観点に立った場合であり、自分が月とは関係ないとの立場に立てば、そうした現実は起きないわけです。月はあなたをあらわしてなどいないのです。しかしかたくなにあなたが月の捕われた結果として現れることに他なりません。月は最終的な星座に行くほど、大きな影響を与えますので、とても重要だと思われます。
月やぎ座の格言
やぎ座的な幻想にとらわれず、自分の生き方を追求することです。社会的な意味ある存在になろうとする誘惑は本当のあなたの姿ではありません。仕事や社会的立場に、必死になって自身を失うことの無いようにしてください。他の方法でお金を得ることも、あなたの場合ならできるはずです。それでも働かなくてはならないのが通常だと思いますが、職場において、自分が上に立って能力を発揮しようとしなくても何等かの女房役や職場を楽しく家庭のような環境にすることで、あなたの存在感は増し、自身の居場所があたえられるはずです。
月の最終解説第六回「月がみずがめ座」
月についてこの一年半の間、ブログで10回以上、YouTubeや動画で10回ほど語ってきました。今回の12星座の月解説は一応、最終回として位置づけさせていただきました。この一年半に語ってきました内容は、正しいか正しくないかは別として、きちんとした体系になっていますので、私が何を語りたかったかについては、お調べいただければわかると思います。
何度もいただいたご質問としては、太陽と月が同じ星座の場合はどうなるのか、、、とのお尋ねでした。できるだけその都度お答えしているつもりですが、改めてお答えしておきたいと思います。
太陽と月が同じ、、、すなわち新月に近いお生まれの方の場合です。結論からいいますと、月から自己認識が始まりますので、月が太陽を最初は隠す形となります。
通常の人の場合よりも、太陽を獲得しにくい面があります。
太陽と月が同じ星座にある人は、月の影響をむしろ受けやすい面があります。太陽は誰でも、基本的に獲得するものであり、太陽意識を得ることができればあらゆる問題は解決します。それは自己実現の星であり、自己実現の前ではどのような苦しみも、人を破壊や崩壊に導くことはできません。
反対に月は、私たちの人生や生涯を破壊と崩壊に導く働きをします。しかしそれも月が悪いわけではなく、月が示す才能や能力は7歳の時点で止まっているためです。しかし、7歳と言えば、すでに自分とは何者であるかとの意識はありますので、そのまま、一生月の自分像を追いかける形となります。
しかし、月をどんなに追いかけても、それは幻想であり、追いかけても追いかけても手にできない幻です。追いかけること自体、それが本質で無いことの証明なのですが、私たちは自分のイメージにこだわり、月に支配される生涯を送りがちです。常に月を気にし、常に月に追われ、常に月を求めるものの、何ひとつ得ることができないのです。
しかし、これほどこの世を端的に表現するものはなく、月を通してこの世が幻想であり、実体は現実に見えるものと異なるものであるとの出発点を月は私たちに与え続けてくれます。哲学、心理学が求めるスタート地点と月は同じわけです。
哲学で、心理学で、自分が何を迷妄としてこの世を見ているか、感じているかを知るには、一生涯かかるかもしれませんが、占星術で出生時の月の星座を調べるだけでそのことがわかるわけです。これほど有利なことはありません。また、月の働きを確信的に理解できたなら、二度と自身の迷妄の世界に戻ることもありません。そこが常々自身を見つめていなければならない、哲学的、心理学的態度と異なり、問題にならないほど有利な点になります。
占星術は本当に人間を助けるために、人間を理解するために生じた学問である以外に考えられないことです。おそらく人間が作った学問ではなく、宇宙的な直観や宇宙的な存在からもたらされたものと考える方が自然です。人間を迷妄から救い、輪廻の輪からの脱出をこれほど見事に捉えた学問はなく、占星術の優れた点であり、本当の目的でしょう。
占星術も哲学も心理学も超心理学も、すべての出発点はこの月にあると言ってよいでしょう。これがわかると、学問分野での数十年の努力と研鑽をわずか数分で通過することができます。
話しを新月に戻しますが、月からスタートした自己イメージは太陽と似てきますので、なかなか太陽意識に逆に到達しにくい面があります。自分が自分だと思っているものが、本当は違っている、、これは月にすべて共通しますが、太陽が同じだとそのことにとくに気づきにくくなるわけです。
伝統的占星術の理解においては、太陽と月が同じ場合、どちらも準ベネフィックの星であり、吉星です。なので、悪かろうはずがないのですが、なぜか、女性の場合はよくない、、、との伝統的解釈がありました。なぜだか私も不思議に思っていたのですが、女性は家庭に入りやすく、太陽意識を獲得する環境と機会がすくなくなるため、月に支配されたまま生涯を送りやすいので、あまりよくない解釈になったものと思われます。
太陽と月が同時に両立することはありません。太陽が出れば、月は完全に姿を隠します。人の明快な意識活動の前で、月の存在は無くなるのです。太陽で生きている人に、迷いは基本的にありません。憔悴をもたらす迷いはないのです。自分が月に支配されているか、太陽で生きているかは、日頃の憔悴の度合いや悩みや煩悶の度合いによって判断できます。要するに、月に支配されているとき、私たちは煩悶を伴って、憔悴を伴って迷い、悩むのです。
太陽意識が勝っているときの迷いや疲れや煩悶とは、まったく違うのです。自己肯定が前提にある人が悩んでも、解決がいつかあるだけですが、月の煩悶と憔悴はその人を滅ぼしていきます。
太陽と月の合の場合、太陽意識に到達しにくい面がありますので、悩みや煩悶の方向でご自身を判断してください。憔悴と自己否定が中心にあれば月による支配ですので、自己イメージを捨て、おのずと表れてくる太陽イメージによる自分を重視していくことです。要するに、憔悴する形で悩み、迷うとき、どのような選択もすべて間違った方向に行っているということです。
不安があっても、これでやる、、、というのが太陽であり、安全を求めるやり方は月です。それも判断基準になると思います。
さて、最後の二星座になりました。みずがめ座とうお座の月について進めたいと思います。必ず、悪く書かれていますが、それはあなたを責めているのではなく、それは本当はあなたではない、、、との視点を持っていただくためのものです。月があなたであるわけなどないのです。ただ、私たちが自分を月だと思ってしまい、いたらない自分を追い責めて、苦しくなっているだけなのです。月に本当のあなたなどいません。まったくの嘘です。囚われているだけだったのです。
月がみずがめ座
みずがめ座は知性のエレメンツの最終星座です。知的な最終星座は知的欠損が社会を巻き込む形で崩壊へ進む可能性を持っています。みずがめ座は自身の発想やアイデア、もしくは思想が社会を解明し、役立つと信じています。この世を平和な楽園にする作り手としての才能や天才性を与えられた星座。しかしそれが月になりますと、そうした面だけがない、ということになります。
これはなかなか受け入れがたい思いを月みずがめ座の人に与えると思います。あなたは自分が思っているような、理想の人ではない、、ということになります。みずがめ座は友好や友人との関係を重視します。月みずがめ座もそれは同様です。しかし、みずがめ座の友好は、同じ考えを持つ者同志が、この世を良い世の中にしようとして、理想実現の元に集まる、、、という形を伴います。
月のみずがめ座にはそうした信念も理念も本当はありませんので、形だけの発想と思いつきによって、ただ人との交際を求めます。内容がない集まりになるのです。目的も発想も信念も理想も形だけの表面的なもので、それでいて形の上では人とのつながりを求めますので、内容の無いことでの集会や集団での活動と関係してきます。
みずがめ座は真実を追求する星座であり、仲間や同志にも同じものを求める一体感がなければ、たった一人でも、信念を持ちつつ、孤独を続ける強さがあります。
しかし月がみずがめ座の場合は、そんなものより、一人がいやなのです。たとえ中味がなくても、一人でいるよりは、まだ人といた方が良いのです。孤独に対する態度が月と太陽とでは根本的に違っています。太陽のみずがめ座は人とつるむことが嫌いですが、月みずがめ座はつるみたいのです。中身がないので、つるんで連帯感を持ちたいのです。
ただ、月みずがめ座自身は本気で自身の活動に従事しますから、求めているものが社会的なだけに、大きな集団になっていく可能性はあります。しかし、どのように大きくなろうとも、中心にあるべきものがないのですから、この人が中心になった会や団体はいずれ消滅していきます。
子供が自分が天才であり、自分だけが何か重大なことを理解した、、、知っている、、わかった、、、というようになりたいと思うのと同じで、この人も自分の発案に奇異性や特殊性があり、あわよくば天才的と思いたいし、思われたいのです。
しかし、一言でいって、本当は平凡です。自分の特殊性の罠にはまると、人を集めるために、発想を世に知らしめるために、、、莫大な金額をつかってしまったり、これまでに蓄えたもののすべてを失うような間違いを犯し勝ちです。知的突出による自己確認の熱望があるのです。しかし、この人には知的突出だけが足りないのです。あると思っているものは、月並みなものでしかないのです。
これを認めることはなかなかできないため、月星座は最終に行くにつれ、作り上げた迷妄の世界を大きくする特徴が出てきます。月みずがめ座の人も、人当たりがよく、友情をベースにする印象がありますが、それも連帯イメージのたまもので本当ではありません。むしろ、こうした月の印象をきれいに排除するには、正反対のしし座を使うと割り切れが早く進みます。
自分が人を集めるのは、自分の命令を聞かせるためであり、自分が威張りたいし、ほめられたいからだ、、、そのために、私は人を集める、、、と思った方がうまくいきます。本音だからです。私が輝きたい、、、それでいいのです。単刀直入であると、すっきりと何かが落ちます。そして生まれ変わったような安心感があなたに出てくるでしょう。知的態度を捨て、情熱的態度で、人の上にたってやる、、、みずがめ座の月を抜け出すには、非常に有効です。今すぐ、知的自尊心や天才的イメージ、人よりも自分は変わっている的態度を捨てて自由になってください。
月みずがめ座の格言
この世が行き詰まり、争いが絶えず、このままでは悪い世の中になる、、、だれか天才的な人が出てきて、素晴らしいアイデアで、素晴らしい世の中を作って欲しい、、、子供が天才科学者のアニメなどを見て、興奮することがあります。そうした夢への純粋な思いがあなたにはあります。その夢は夢として持ち続けることはあなたにしかできません。自分にはそれができないけど、、、との理解があることでその純粋性が保持できるのです。人間の進むべき道、、、ユートピアへの憧れ、、あなたのその気持ちだけが純粋なのです。その純粋性に天が感化を受ける時が必ずあるのです。あなたが天才になってしまったら、それだけのことで終わってしまいます。
月うお座については、長くなると途中で原稿が消えてしまうことがあるので、次回にさせていただきます。
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