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落語の神様

ひとりの神様がいた。

神様の数え方の単位は、柱(はしら)ですから、

正確には、ひと柱の神様がいらっしゃった、

という事になるので御座いましょうか。



この国には、

八百万神(やおよろずのかみ)という具合に、

いろいろ沢山の神様がいらっしゃる、訳で御座います。

その中でも、

わたしが、お話したいのは、

落語の神様、のことで御座います。

その神様は、

外見は、白髪を背後(うしろ)に流され、

細身で、眼鏡をかけておられ、

よくタバコを吸われるので御座います。



ある日、ある用事で、とある会館を、訪れました。

その会館の、ホールロビーの掲示板に

いま、売れ始め、

チケットが入手困難な落語家さんが、

そこの会館で、

落語会を演られるチラシが貼られておりました。



最近、追っかけはじめておりましたので、

落語の会を主催する、その会館の窓口に伺い、

チケットが、まだ、残っているかどうかを、

お訊ねますと、

もう、完売です。と、

窓口の女性から、きっぱりとした返事が、

返って来ました。

残念に思い、引き返そうとした、わたしの後ろ姿に、

ちょっと、

お待ちください。

まだ、チケットは、ございますので、

是非、お越しください。

という、有難い、ご丁寧な、お言葉が、

かけられたのでした。



これが、落語の神様との、

有難い出逢いだったので御座います。



この出逢いをきっかけにして、

わたしは、この神様のお力に、

随分と、お世話になるように、なったので御座います。



当時、前日か、当日にならないと、

自分のスケジュールも、はっきりとしないような、

仕事に従事していたので、

先の予定が立たない状況で御座いました。



そこで、

前日、いや、当日に、神様にお願いを致しまして、

貴重なお座席を、おわけ頂いておりました。

 

もちろん、

チケット代は、お支払いさせて頂いておりました。

とは、言っても、

お支払いをさせて頂いたチケット代とは、

当のチケット代と同等の金額ですので、

お布施の役割を果たしていたのかどうかは、

定かではありません。



こんな、我儘な、他所(そと)から見たら、

身勝手な神頼みにも、

ニコニコ笑って、お応えして頂いていたのが、

この落語の神様だったの御座います。



さらに、

この落語の神様の、素敵な計らい、天恵は、

有難い落語を観させて頂いた後に、

やって来たので御座います。



打上げへの参加の切符を、

毎回、有難くもお与え頂く恩恵で御座います。

もう、盆と正月が、合わさってやって来たような、

そんな陳腐な表現では、収まらないので御座います。

この落語の神様の、

打上げに参加させて頂く切符の気風の良さ、

なんて、駄洒落では、済まないので御座います。

 

お懐の深さであり、大いなるお慈悲で御座います。

 

打上げに参加させて頂いたことで、

わたしの落語への、落語家さんへの、

造詣が深まった事は、

勿論、間違いがないと、

言っても過言ではないで御座いましょう。



落語の神様に、

いくら、感謝をしても、感謝しきれないものが、

御座いますのは、当然の事で御座います。



しかし、

わたしの生活の変化により、

落語会や、寄席から、足が遠のき、

もっぱら、寝床の落語のCDが、

日々の慰安と成りまして、

未だ、落語の神様への、この御恩に、

なにも、報いたり、恩返しが、出来て御座いません。



義理を欠いている人、とか、

後ろ指を差されても、石つぶてを投げられても、

何も言い訳が、出来なく、

唯々、落語の神様への、懺悔をしなくてはならない、

ところで御座います。



しかし、

「借りた恩は、

 早く返すモンじゃない」

という、立川談志さんの言葉を信じる、

わたしは、詭弁や、言い訳ではなく、

これからですが、

ゆっくりと、少しずつでは、ありますが、

お返しさせて頂こうと思っているので御座います。

 

どのように、

お返しをさせて頂くのが良いのかも、

深慮しなくてはなりません。

それがわたしのような者の考える事で御座いますので、

独りよがりで、あるかもしれませんが、

きっと、落語の神様には、

赦して頂けると信じております。


落語の神様、

どうか、それまで、

お達者で、ご長命で、いらっしゃって、くださいませ。



神様に、

お達者で、ご長命で、とお願い致しますのも、

落語っぽい物言いだと、思っている訳で御座います。

 

 

初出 17/09/11 05:56 再掲載 一部改訂

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