なにぶん、なりゆき なもんで
、・ 改め らくごしゃ の なりゆき(也がついたり、つかなかったり)
あの大学時代の、馬鹿なオレ。その4 【 おね 】
頂上「ピーク」での
いっときの休憩も、
ザックに、腰掛け、
大きく肩を上下して呼吸を整え、水を飲み、
それで、オレの休憩時間は終了、
おしまい、ジ・エンド。
おい、
眺めのいい景色は、
いったい、何処に、あったんだよぉ。
山の稜線「 尾根 」
峰から峰に続く線を、歩いていくんだが、
寝不足と、疲れたオレの体は、
朦朧として、振らつき、バランスを崩し、
尾根から足を踏み外し、斜面を、落下して行く。
この状態を、専門用語で「 滑落 」と言う。
別に、改めて、
専門用語と言うまでもないんだけど。
尾根の上から、やさしい先輩たちが、
滑落したオレに、怒声を上げる。
「 ワザと落ちてんじゃねぇよぉ、
早く上がって来い !!」
心配は、しないわけね、滑落したオレを。
ザックが重いので、重力の自然の法則から、
ザックがオレの体の下となり、
ザックが、山の斜面を滑り落ちる。
ザックの上にあるオレの体は、
肩バンドで、ザックに固定されているので、
意外と、怪我はないんだが、
自分で背負うことが出来ないザックを、
滑落地点から尾根まで、
ふたたび、自分で引きずり上げるのが、
これまた、ひと苦労なんだよ、まったく。
馬鹿なオレによる、
馬鹿なオレの、
馬鹿なオレへの、
馬鹿な罰ゲーム。
それが「滑落」。
こんな思いまでして、
ワザと滑落するかよ、発想が、狂ってるな、奴らは。
以前に、自分で、ワザと滑落した、記憶が、
そう、叫ばすのか。
どちらにしても、ヤベェぞ、
馬鹿なオレを超えて、狂ってる。
そして、
この道のりは、つづく、
初出 17/09/05 05:55 再掲載 一部改訂
あの大学時代の、馬鹿なオレ。その3 【 イコマ 】
1年坊主、奴隷の
ザックには、
人参、玉ねぎ、じゃがいも、大根、キャベツ、
そして、りんご、オレンジなどの果物。
重い生(なま)のままの食糧に、
塩辛く炒めた豚のバラ肉をビニール袋に詰めたもの。
味噌、醤油、お酢、砂糖の調味料、瓶ごと。
インスタントコーヒーを瓶ごと。
非常用の燃料として、固形燃料にEPI ガスボンベ。
水道水を入れた2リットルの
ポリタンク「 ポリタン 」が、ふたつで4リットル。
衛生水として、自宅で10分以上煮沸して消毒した水、
ポリタンに2リットル、合わせて6リットルの水。
昼食用の炊込みご飯の詰まった飯盒( はんごう )。
背中に、鉄の使い込まれてへこんでいる、
マンホールの蓋くらいある大きさの鍋をくくり付け、
そして、旧軍隊のわさび色のテントに、鉄のポール。
加えて、
全員分のアルミの食器「 バイル 」と、
箸「 武器(ぶき) 」、
登山に立ち向かうための、
栄養補給の重要な道具で、箸を武器、と呼んだ、
そうだ。(当時、2年生の先輩に訊いても不明だった)
熊が出た時の武器としての鉈(なた)。
冗談です。木々や藪を切るためです。
ダンボールでサック状にカバーした包丁に、おたま、
千切り用にスライサー、たわし、ゴミ袋。
そして、
自分の着替えや、合羽、寝袋、
寝袋の下にひくウレタンマット、
ヘッドライト、チョコや飴などの非常食など。
忘れていけない地図とコンパス。
バテてほとんど見ない、けど。
人生の地図とコンパスは、
すでに、見失ってます。
これが、1年坊主、
奴隷の完全装備だ。
当然、ザックは、オレの体重より重くなり、
手で持ち上げても、背負うことは出来ない。
ザックを地面に寝かせ置き、肩ベルトに、腕を通して、
亀が裏返しに転(ころ)げた様子を
思い浮かべてください。
そこから、大きく足を振り上げ、振り子の勢いで、
降り降ろす力を利用して、オレは、起き上がる。
休憩の度に、毎回、
オレは、この亀の儀式を繰り返す。
道中は、ザックが重いため、腰を前傾姿勢に曲げ、
両腕を各々の腿(もも)で支えて、脚を前に出す。
周囲の景色を楽しむ余裕もなく、
オレの視線は、オレの汗で、
確実に、濡れて行くであろう、
その先の、山道を眺めているばかりだ。
苦行僧か!?
そう、苦行僧に、与えらた、もうひとつの試練は、
道中、歌を唄うことだ。
伝統はあっても、宗教性はない。
あるとしたら、
「不合理ゆえ我信ずる」という哲理だ。
楽しくないんだって、負担なんだって、
歌を唄う事なんて、そう、不合理なんだよ。
ピクニックじゃないんだから。
ハイキングじゃないんだから。
山を歩く行為は、同じかも知れないが、
ちゃんと、道ある道を歩くんじゃなくて、
藪を漕ぎ、
装備の荷物の重さが、全然、違うんだよ、
わかってんのか、「伝統という重み」さん、よ。
一歩、一歩、足を前に出すのが、
やっとなんだ。
自然の山の中、
アカペラで歌を唄う、似非(えせ)の歌手の役目は、
平民と奴隷です。
オレの十八番は、
憂歌団の『 イコマ 』
(女町エレジー)。
先輩たちは、オレが唄う事で、
初めて、知ったろ、この唄を、
切ない色街の女性の唄なんだよぉ。
とにかく、歌が、短いンだよ。
カタチは違えど、自分を投影しているんだよ。
急な坂道になり、唄う事が、キツイと、
「えっさぁ〜、こりゃさぁ〜」の掛け声に、
切り替わる。
どちらにしても、
声の発生作業は、休まない。
オレは、よく、息が上がり、疲労と反抗で、
ストライキ、だんまりを決め込み、
平民から、罵声を浴びられても、
それでも、沈黙を続ける、と、
奴らは、「 ちぇッ 」と、舌打ちして、
代わりに唄ってくれた。
優しいねぇ…、
神様、貴族の眼が、怖かったのか?
違った、耳が、怖かったのか。
そして、
この道のりは、つづく、
初出 17/09/04 05:44 再掲載 一部改訂
あの大学時代の、馬鹿なオレ。その2 【 ヤブ 】
藪の中を
歩き進むことを、
「 藪を漕ぐ 」って言う。
藪の中、先に歩いている同期の部員の
キスリング(リュク)の横に突き出た凸の部分が、
藪を、引っ掛け、引っ張り、弓状になり、
それが、弾けて、
後ろを歩くオレの顔を攻撃的に直撃する。
疲労と寝不足で、
朦朧( もうろう )としたオレの頭では、
この野郎、ワザとやりやがって。
と、その同期に対し、被害妄想、怨念の塊となる。
前との距離を置けばいいのだが、
朦朧としたオレの頭では、
前が、見えない藪の中で、音は聴こえるのだが、
はぐれて、迷子になることの方に、
身の危険を感じる、を選択していた。
馬鹿だ。まさに、頭は、藪の中だ。
オレは、機会があれば、何らかのかたちで、
先を歩く同期の部員に、復讐を誓うのだが、
復讐をする機会がないまま、合宿は、終わってしまう。
オレの顔には傷が、残っているのだが、
終わってしまえば、ケ・セラ・セラ。
忘れてしまって、馬鹿げたことと、馬鹿は思う。
なにが、ケ・セラ・セラ、なのか、
馬鹿を、どんどん、こじらせて行く。
そして、
この道のりは、つづく、
初出 17/09/03 00:25 再掲載 一部改訂
あの大学時代の、馬鹿なオレ。その1 【 つめえり 】
あの大学時代の頃、
オレは、学ランを着て、詰襟に、バッジを付けて、
黒の革靴を履いて、キャンパスを歩いていた。
キラキラ輝く、明るい笑顔の中で、不釣り合いだった。
体育会という組織に、所属した。
4年・神様、3年・貴族、2年・平民、1年・奴隷、
と、呼ばれる体育会の階級制のなか、
オレは、1年の奴隷から、2年の平民になった。
ひと階級、上がって、
人間扱いされる様になった時に、
オレは、退部した。
この部の流儀は、
キスリングという凸( でこ )型の、
藪の中を縦走して山を登るこの部には、
非常に、不合理なリュックサック「 ザック 」を
背負うのが、荷物を運ぶ基本の手段である。
雨が降り、夜露で、水を含むと、すべてのその水分が、
重みとして、加わり、
ただでさえ、重いのに、さらに、重みをかさねた。
旧軍隊式の、くすんだ、わさび色のテントに、
テントを支える芯となる、鉄のパイプ。
鉄のパイプって、
学生運動、華やかなりし時の、武器じゃないんだから、
時代錯誤だった。
すべてが、不合理だった。
学生だから、そういう不合理を、
危ない遊戯として楽しんでいたんだろう、と、
いまのオレは、思う。
毎年、テントや、ザック、食糧、の軽量化が、
2年の終わりに、
正式な部員、正部員と認められる
儀式の会議の議題に出るんだが、
オレたちも、改ることは、一切なかった。
伝統だそうだ。
永く続いた伝統を
自分たちの手で改めるのを、ひとは畏(おそ)れる。
オレたちも、同様に、畏れたのだ。
伝統を
守るのもいいだろう。
しかし、所属する部員が、年々、減少する中で、
この装備を、このやり方を、継続するには、
そろそろ、破綻の時期が、来ている様に、
皆んな同様に感じていたはずだけれどもだ。
社会に出る前に、学生が、
不合理、不条理、理不尽を楽しむのは、勝手だ。
社会に、出てからも、当然、それは、ある。
その課題を、予行練習するのも、いいんだろう。
オレは、そう、理解して、
永く続いた、この伝統を、壊すのが怖くて、守った。
組織としては、オレは、この伝統を守ったが、
個人としては守る気がしなかった。
だから、組織に伝統を残して、
オレは、組織から退部した。
この伝統は、過去に、過酷さゆえ部員を、
山で亡くしている。
そして、亡くなった先輩に対して、
頂上(ピーク)では、黙祷を捧げていた。
そして、これも伝統になっていた。
そして、
この道のりは、つづく、
初出 17/09/02 16:07 再掲載 一部改訂
こちらが葛飾区亀有公園前派出所
真っ青の雲ひとつない
夏空の
灼熱の太陽のもと
老舗のお酒メーカーの営業で、
亀有駅前のバス停で、
お客さんのスーパーへと向かう為に、
バスの到着を待っていた。
商談用の商品を入れたキャリーバッグを
汗だくになりながら、ガラガラ転がし携えて。
バスが来て、目的のバス停で降りた。
突然の外気の暑さで朦朧となりながら、
我を取り戻し、
商談内容を復習(さらお)うとして、
資料と商品の事を気にした時、
手もとに、キャリーバッグがない事に気が付いた。
いつも店長がいる時間なので、
幸い、先方には、アポは取っていなかった。
慌てた、ぼくは、乗って来たバス会社に連絡をして、
バスの便名を伝え、バスの中を調べてもらうと同時に、
亀有駅前のバス停に忘れていないかを訊ねた。
が、しかし、
バス会社の窓口担当が応えるには、
乗車していたバスの運転手から
見当たらないと言う報告だし
バス停に出発を待つバスの運転手も、
バス停にないと言う。
記憶をたどるが、バス停まで転がした覚えがあるが、
なんせ、茹だるような暑さだ、曖昧である。
JR亀有駅の窓口にも、キャリーバッグの特徴を伝え、
届いていないか訊ねたが、期待は、はずれた。
金銭的には、大したものではないのだが、
商談セットを、また、一式、創り直すには、
ひと苦労ではある。
太陽の強い陽射しと、
この状況に眩暈(めまい)がした。
ここは、葛飾区亀有だ、
途方に暮れ、額から汗をたらしながら、
葛飾区亀有公園前派出所に、駆け込んだ。
落し物の調書をひと通り書き、
あとは、宜しくお願い致します、と、
まだ、止まらない汗をタオルで拭いながら、
派出所を出て、申請終了のゴングが鳴りやまぬうちに、
腰の曲がった八十歳近いお婆さんが、
日傘を片手に、涼しい顔で、
ぼくのキャリーバッグをゴロゴロ引いてきた。
奇跡である。
お婆さんは、この得体の知れない、
不審物のキャリーバッグが怖くなかったのか。
すべてこの暑さが、恐怖心すら取り除いたのか。
人生の歴史の重さを感じつつ、畏(おそ)れ入った。
お礼を言い、手前勝手ではあるが、
手持ちの商材用の商品を謝礼に渡そうとしたのだが、
お婆さんの、応えた言葉に痺(しび)れてしまった。
「いや、バス停に、誰のものか判らず
このバッグがあったから、持ってきただけだよ。
そんなものは、いらない、もうバスの時間だから」
と、曲がった腰で、すたすた、猛暑を忘れたように、
立ち去ってしまった。
当たり前のことを、当たり前にした。
そこには、邪推なんてはさむ余地はない。
大変、有り難く、嬉しい事ではありますが、
複雑な気持ちであります。
この複雑の気持ちは、
八十代のお婆さんの素朴な親切な気持ちと、
現在の社会の複雑な問題との接点のない
交差点だと思うのだが、
今回、お婆さんと複雑な問題はすれ違い、
いまさら、他所(よそ)に逃げることは出来ない。
ただ、こちらは、他所でなく、
亀有区亀有公園前である。
土地柄、このような話は、当然で、
「こち亀」も200巻のネタの宝庫にも
なったんでしょうから。
ご存知でしょうが、
亀有駅前に、派出所はありますが、
「葛飾区亀有公園前派出所」という名称では
ありません。
もちろん、
派出所内を探しても、
両さんも、中川くんも、麗子ちゃんも、
見当たりません。
奇跡的に、
お婆さんが、彼らを、連れてきてもくれません。
深くは、関わっていないけど、
葛飾区亀有、いい街だと、感じた。
この猛暑の夏が手伝ってくれたから、
だけじゃない。
眼を細め、目頭がちょっぴり熱くなったのも、
まぶしい太陽のせいじゃないと思う。
初出 17/12/25 20:03 再掲載 新版改訂