コロナ感染に思う その3 東京五輪 2021/7/7
(6月1日、1回目を、同23日2回目のコロナワクチンの接種をしました。巷間問題視されている副反応は、左腕が3日ほど痛んだ程度で大事ではありませんでした。)
● 7月に入り、近づくオリ・パラについての論議がかまびすしくなってきた。政府のワクチン戦略は、見通しの甘さ、不手際、河野担当大臣の責任を感じさせないような言い訳など、今さらあげつらっても仕方ないですね。危機管理は「最悪の事態」を想定し、そうならないためにはどうすればいいのか?という発想が見られないのは今にかぎったことではない。しかし「まん防措置」等の延長問題や、直近の「オリ・パラ」の山積している課題に「答」を出していかなければならない時を迎えてしまった。
私自身はマラソン大好き人間であるので、大迫や一山選手、トラックの田中希美、求道者のような新谷などの走りもみたい。特に新谷は、五輪選手だけが特別扱いされることに対する疑問を述べていた。ただ最近の選手たちは、「与えられた条件の下で最高のパフォーマンスをしたいという」感想を述べているようだ。
● にもかかわらず、官民一体となった盛り上がりに欠けている。終わってみて「東京五輪は〇〇だった」と言う時、〇〇にはどんな言葉が入るのか危惧している。反対の多かったとか、盛り上がりに欠けた、くらいですめばいいが、最悪の「呪われた」という言葉まで想定できる。そもそも誘致を決めた、安倍首相の「福島の海はアンダー コントロールされている」というまやかしの言葉からして眉唾ものだった。復興五輪とはしゃぎまわった時期もあった。その後の安倍の政局運営を見ても、すり寄る者を重用し、都合悪なれば廃棄・改ざんも辞せず、不正義・不公平感が蔓延したのではなかったか?それでも、コロナ禍にさらされ1年延期が決まるまでは、それなりに「おもてなし」国際交流が追及されていたのだろう。今は、やらないという選択肢を奪われ、表はなしで裏だけの、つまりは「関係者」「ステークホルダーたちの利害」がむき出しになってきた(こんな言葉言い出したのは丸川五輪担当相。でも彼女は何者なんでしょうネ)。国際交流の無い各競技の世界選手権をやってどんな意味があるのだろうか? たしかクーベルタンは「参加することに意義がある」と言ったのではなかったか?
● コロナ禍で退陣した安倍同様、もう一人小池都知事のシナリオも大きく変更を余儀なくされたと推察できる。「東京オリンピック」を成功裏に導き、翌年には国政に復帰のはずが、1年延期で狂ってしまった。当初、コロナ禍をなめていたのではないか。ロックダウンという横文字で国民をびびらせ、あとは、コピーライターの如く、流行語を連発していった。マスコミへの露出度きわめて高かった。しかし、まさに国際キャピタルであるだけに、コロナ禍は猖獗を極め、「東京オリンピック」そのものの開催に異議が唱えられる事態に陥ってしまった。そして7月4日の都議選である。過労・体調不良による入院騒ぎである。私なら、この時期何があろうとも雲隠れせざるを得ないと思っていた。詐病とは言わないが、告示初日に「都民ファースト」にどう挨拶するか、大変お悩みになったと推察できるからである。自民との関係も難しいし・結果はそれなりのバランスが取れたようだが・
● かくて、わけのわからぬうちに、オリ・パラになだれ込んでいきます。今日は7月7日七夕、情勢は刻々と変化していくのでしょう。
(6月1日、1回目を、同23日2回目のコロナワクチンの接種をしました。巷間問題視されている副反応は、左腕が3日ほど痛んだ程度で大事ではありませんでした。)
● 7月に入り、近づくオリ・パラについての論議がかまびすしくなってきた。政府のワクチン戦略は、見通しの甘さ、不手際、河野担当大臣の責任を感じさせないような言い訳など、今さらあげつらっても仕方ないですね。危機管理は「最悪の事態」を想定し、そうならないためにはどうすればいいのか?という発想が見られないのは今にかぎったことではない。しかし「まん防措置」等の延長問題や、直近の「オリ・パラ」の山積している課題に「答」を出していかなければならない時を迎えてしまった。
私自身はマラソン大好き人間であるので、大迫や一山選手、トラックの田中希美、求道者のような新谷などの走りもみたい。特に新谷は、五輪選手だけが特別扱いされることに対する疑問を述べていた。ただ最近の選手たちは、「与えられた条件の下で最高のパフォーマンスをしたいという」感想を述べているようだ。
● にもかかわらず、官民一体となった盛り上がりに欠けている。終わってみて「東京五輪は〇〇だった」と言う時、〇〇にはどんな言葉が入るのか危惧している。反対の多かったとか、盛り上がりに欠けた、くらいですめばいいが、最悪の「呪われた」という言葉まで想定できる。そもそも誘致を決めた、安倍首相の「福島の海はアンダー コントロールされている」というまやかしの言葉からして眉唾ものだった。復興五輪とはしゃぎまわった時期もあった。その後の安倍の政局運営を見ても、すり寄る者を重用し、都合悪なれば廃棄・改ざんも辞せず、不正義・不公平感が蔓延したのではなかったか?それでも、コロナ禍にさらされ1年延期が決まるまでは、それなりに「おもてなし」国際交流が追及されていたのだろう。今は、やらないという選択肢を奪われ、表はなしで裏だけの、つまりは「関係者」「ステークホルダーたちの利害」がむき出しになってきた(こんな言葉言い出したのは丸川五輪担当相。でも彼女は何者なんでしょうネ)。国際交流の無い各競技の世界選手権をやってどんな意味があるのだろうか? たしかクーベルタンは「参加することに意義がある」と言ったのではなかったか?
● コロナ禍で退陣した安倍同様、もう一人小池都知事のシナリオも大きく変更を余儀なくされたと推察できる。「東京オリンピック」を成功裏に導き、翌年には国政に復帰のはずが、1年延期で狂ってしまった。当初、コロナ禍をなめていたのではないか。ロックダウンという横文字で国民をびびらせ、あとは、コピーライターの如く、流行語を連発していった。マスコミへの露出度きわめて高かった。しかし、まさに国際キャピタルであるだけに、コロナ禍は猖獗を極め、「東京オリンピック」そのものの開催に異議が唱えられる事態に陥ってしまった。そして7月4日の都議選である。過労・体調不良による入院騒ぎである。私なら、この時期何があろうとも雲隠れせざるを得ないと思っていた。詐病とは言わないが、告示初日に「都民ファースト」にどう挨拶するか、大変お悩みになったと推察できるからである。自民との関係も難しいし・結果はそれなりのバランスが取れたようだが・
● かくて、わけのわからぬうちに、オリ・パラになだれ込んでいきます。今日は7月7日七夕、情勢は刻々と変化していくのでしょう。