下記の記事は東洋経済様のホームページからお借りして紹介します。(コピー)です。
東京都内の都営住宅に住む本宮忠夫さん(仮名、79歳)は今、わずかな年金でぎりぎりの生活をしている。
現役時代の年収が低かったわけではない。大学卒業後、米系の大手ホテルチェーンに勤め、海外で長く働いた。「転勤時に現地で加入した公的年金を脱退し、清算金を受け取った」(本宮さん)ため、日本国内での年金としては国内勤務の期間分となり、月5万5000円しかない。
以前は妻の昌代さん(仮名)と2人暮らしだったため、年金は合計で月17万円を超え、生活はずっと楽だった。昌代さんは長く働いていたので年金額も高かったからだ。
妻が亡くなり半額以下に
ところが2018年6月、昌代さんが病気で亡くなると生活は一変した。昌代さんの遺族年金や、所得の低い年金受給者に国から出される年金生活者支援給付金を含めても計7万円ほどしかないからだ。
写真はイメージ(写真:PIXTA)
「海外赴任中の年金はその都度清算して、結構使ったのもいけなかったけど、単身になって急に年金が減ったのは痛かった。そうなることは分かっていたのだけどね」。本宮さんは諦めたようにつぶやく。
今は光熱費に月3万円、携帯電話など通信関連料金が同1万2000円で、介護などの保険料を払うと残りはわずか。都営住宅の家賃の軽減措置を受けているものの、食費は月に2万5000円までと決めている。「外食なんてもってのほか。スーパーの特売日に買いだめして、1日3食自炊でどうにか生きている」と話す。
私たちの老後を支える年金が今、様々な問題にぶつかっている。1つは、高齢者の貧困拡大だ。
阿部彩・東京都立大学教授の分析によると、1985年に約23%だった高齢者(65歳以上)の相対的貧困率はその後、少しずつ低下を続けたが、2012年の19%を底に反転し、18年には再び約20%に上がってきた。相対的貧困率とは、その国・地域の世帯所得で最も多い層(中央値)の半分に満たない低所得層が全体に占める比率を示すものだ。
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大きな要因は単身者の増加。高齢社会白書によると、00年に約30
8万だった単身世帯は19年には736万に急増し、40年には896万へ増えていくと予測されている。本宮さんのように低年金になると、一人暮らし世帯は貧困化しやすくなる。
単身者所得6割は公的年金
さらに、高齢の親と中高年の独身の子供が同居する「1人親未婚子世帯の貧困率も上昇している」(阿部教授)という。80代の老親が50代で引きこもりの子供の面倒を見るいわゆる「8050問題」もその一つ。高齢の親の収入の頼りは年金になるだけに、貧困化の恐れは小さくない。
高齢者貧困増加の要因の2つ目は、高齢女性の貧困化だ。
千葉県西部に住む高田美代子さん(仮名、79歳)は、60歳で離婚した。40代の息子と娘はとうに独立し、一人暮らしを長く続けている。高田さんもまた月10万円ほどの年金で細々と生活をしている。長く働いてきたことで厚生年金があり、この額になっているが、2Kの団地の家賃は月4万円。残りは6万円で、「孫にお年玉をあげたり、冠婚葬祭など何かあったりするとすぐ赤字になる」と嘆く。
働いていた頃の貯金を少しずつ取り崩してやりくりしてきたが、それもあと数百万円。「これがなくなったら生活保護を受けるかなと考えることもあるけど、(申請時に)子供や親類に言われるのも嫌だから何とか頑張るしかない」と顔を曇らせる。
阿部教授によると、高齢女性の相対的貧困率は18年で22.9%と、高齢男性より約6.6ポイントも高い。それは当然ながら、高齢者の世帯タイプ別所得にはっきりと表れている。
単身男性のうち、年収200万円未満の層は19年で50.5%なのに対し、単身女性は68.8%に上った。どちらも夫婦世帯(13.4%)よりかなり高いが、単身女性の所得の少なさは目立っている。
単身者全体の所得のうち、公的年金の占める比率は64.3%、夫婦世帯も56.7%で圧倒的に多い。ただし、公的年金額は05年から19年まで単身者の場合、ほぼ横ばいで、夫婦世帯では259.2万円から242.5万円へやや減っている。公的年金は生活を支える力を徐々に弱めており、今後、さらに公的年金が減っていけば、単身女性を中心に生活が厳しくなる恐れは大きくなるだろう。
高齢者間で大きな貯蓄格差
所得以上に大きな問題になろうとしているのが資産格差の拡大だ。厚生労働省の国民生活基礎調査によると、貯蓄がゼロから300万円の低貯蓄層は、19年に男性単身者で45.7%、女性は37.9%に達し、夫婦世帯でも24%もあった。この比率は07年以降だけ見ても、女性は少し下がったが、他はほとんど変わらない。
その一方、1000万円以上の高貯蓄層は男性単身者が07年の18.5%から19年には26%に、女性単身者は同じく20.9%が25.7%へ。夫婦世帯も38.9%から41.3%に拡大していた。金融資産は明らかに二極化しているのである。
この間、「高所得の高齢者が増えたわけではない」(岡田豊・みずほリサーチ&テクノロジーズ上席主任研究員)。むしろ年収500万円以上の中・高所得層は、男性単身者では1999年の15.9%から2019年には6%、女性は2.3%が1.9%へ、夫婦世帯も23.5%が23%と減っている。
駒沢大学の田中聡一郎・准教授が同じ調査を基に1985年から2015年までの間の高所得層、中間層、低所得層の規模(人口割合)の推移を独自の方法で推計したところ、00年以降では中間層は59.4%から56.9%へ2.5ポイント、高所得層も4.5ポイント減少し、低所得層が7ポイント増えていたという。全体で所得層の“低下”が進んでいるのである。となれば、現役時代から老後に備えた生活防衛的に貯蓄をする層が拡大しているのかもしれない。
「老後2000万円問題」。金融庁が19年6月、老後の備えに2000万円必要と試算した報告書をまとめたところ、「年金だけでは暮らせないということか」と強い反発を受けた。当時の麻生太郎金融相が報告書を受け取らないという事態にまで問題は広がり、年金への懸念や老後への不安を示す象徴的な出来事となった。
これも含めて見渡してみれば、岩盤のように厚い低所得層を抱える高齢者は、老後に備えた貯蓄など金融資産の多寡で生活に格差が生まれつつあるということなのだろう。その不安は、徐々に下の世代にも広がっている。
田村 賢司
日経ビジネス編集委員