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長期間のコロナ自粛でほとんど外に出ない高齢者が増加している。精神科医の和田秀樹氏は「かなり足腰が弱り、歩けなくなってしまった人もいる。筋力や認知力の低下により、フレイル(要介護状態の前段階)になる高齢者も多い。5年後には要介護者が急増し、介護費は推計を大きく上回る可能性がある」と指摘する――。
コロナ自粛で高齢者の筋力・認知力低下→廃用症候群・要介護者急増
コロナ感染拡大の影響で病院の外来患者が減っている。顕著なのは高齢者だ。私は高齢者専門の精神科医として認知症や老人性うつ病などの患者の診察をしているが、最近、本人ではなく家族が来院し、薬だけ取りにくるというパターンが目立つ。その際、患者の様子を家族に聞いている。
「足腰は衰えていませんか?」
「以前と比べて認知症状は悪くなっていませんか?」
大半の家族は、「ほとんど外に出なくなった」「そのせいでかなり足腰が弱っている」などと答える。歩けなくなってしまったという人もいた。
こうした機能低下は「廃用症候群」と言われる。高齢者の場合、使わなかった体の器官の衰えが激しい。若い人なら、スキーで骨を折って1カ月寝ていても、骨がつながるとすぐに歩ける。ところが高齢者の場合、風邪をこじらせて寝込んでしまうと1~2カ月で歩けなくなり、リハビリをしないといけないことが多い。
寝込むまでいかない場合は、外に出歩かないという状態が1~2カ月続いても歩けなくなることはめったにないが、1年近く続くとかなり歩行困難をきたすことが多いようだ。
コロナ禍の自粛生活が続くと、歩く量が大幅に減り、高齢者の筋力低下がかなりの確率で起こる。またお腹がすかないので栄養状態も悪くなる。高齢者の運動機能と認知機能の低下がいま確実に進行していると私は見ている。2月2日に緊急事態宣言が10都府県において1カ月間延長されることが発表されたが、これでますます機能低下を引き起こす高齢者が増えるのではないか。
フレイル、プレフレイル、要介護者が数年後に大量に出る
高齢者などが要介護状態になるのを防ぐために「フレイル(虚弱高齢者)」という概念が近年、論じられている。海外の老年医学で用いられる「frailty」の訳語として老年医学会が2015年に提唱した言葉だ。
簡単にいうと、要介護状態の前段階のような状態で、体重減少、疲れやすい、歩行速度の低下、握力の低下、身体活動量の低下、の5項目のうち3項目以上あてはまるとフレイル、1項目でもあてはまるとプレフレイル(フレイルの前段階)とされる。
フレイル状態になると死亡率が上昇し、身体能力の低下がおきるほか、病気にかかりやすく、ストレス状況に弱くなるとされている。コロナ感染者に関しては、無症状の高齢者がいるいっぽう、重症化する人もいる。高齢者全員がコロナに弱いわけでなく、フレイル高齢者が弱い可能性がある。
フレイルのうちにきちんとそれなりの対策を打てば、もとの活発な高齢者に戻ることができるが、これを怠ると要介護高齢者に陥ってしまう。
旧厚生省が高齢者の健康増進のために設立した長寿科学振興財団が運営する「健康長寿ネット」には、このフレイルの予防の項目として「持病のコントロール」「運動と栄養」「感染症の予防」の3つが挙げられている。高齢者は持病が悪くなると一気に元気や体力がなくなる。またインフルエンザや風邪をこじらせるとやはり急激に衰える。
日常生活でもっとも注意すべきなのは、なんといっても「運動と栄養」だ。東京都医師会のホームページでも、中高年から高齢になれば、メタボ対策よりフレイル予防が大切であるとしていて、何もしないと筋肉が衰えてしまう、と警鐘が鳴らしている。
以上のように、厚生労働省や老年医学会がこの10年近くにわたって要介護高齢者の増加を食い止めるためにフレイルやサルコベニア(フレイルの一要素である筋力低下)の対策を行ってきたのが、1年近く続くコロナ自粛によって、水の泡になりかねない。
要介護者急増で将来の介護費用が推計を大きく上回る絶望シナリオ
本連載の趣旨は、「何が賢い人間をバカにするのか」ということである。今回問題にしたいのは、不安に煽られ近視眼的な対応に走ってしまうと、長期的には大きな損害をもたらすリスクを見落としてしまいがちということだ。
コロナの感染予防が大切なのは言うまでもない。だが、その長期的な影響を考えないともっと大きな問題が起こる。
長年、日本老年医学会などはサルコベニアやフレイル対策などをメインテーマにして活動してきたが、コロナ自粛をすることのリスク(フレイルなど)を訴えるような声明やアドバイスについては2020年3月に一度「高齢者として気をつけたいポイント」というチラシのようなものを出しただけだ。感染対策ばかりでフレイル対策の啓蒙
けいもう
活動をまともに行っているように思えない。
5兆円の介護費用増、国はどのように捻出するつもりなのか
要介護高齢者の激増は、国家の財政を直撃する。
2020年3月に発表された2019年3月現在の要支援・要介護認定者数は約658万人。高齢者の6人に1人に近い数だ。また2019年度の自己負担分を含めた介護費用の総額は過去最高の10兆5095億円だった(2001年度の約2.4倍)。
1年以上続くコロナ自粛生活で、今後、どのくらい介護費用が増えるかは予想がつかない。だが、例えば5年後、高齢者増加に伴うコストの自然増だけでなく、コロナ自粛の反作用によるプラスαのコスト増が巨額なものになるのではないか。
コロナ禍で運動機能に問題のない普通の高齢者の一部がフレイルに陥り、フレイルの人は要介護に近い状態になり、要介護の高齢者のうち、まだ歩けていた人が相当の歩行困難となっている。臨床の現場にいると、相当数の高齢者が介護を要する状態になってしまうと容易に想像できるからだ。
高齢者増加に伴うコストの自然増に加え、仮に5年で5割上がるということになれば軽く5兆円以上の介護費用増である。これを公費でまかなっていかないといけないのだが、国はどのように捻出するのだろうか。
「運転中止した高齢者が要介護状態になる危険性8倍」が意味すること
コロナとは異なるが、こんな話がある。
2017年に75歳以上の高齢者に認知機能検査を義務付ける改正道路交通法が施行され、その頃から免許返納運動が盛んになった。これで、高齢者ドライバーによる逆走やブレーキとアクセルの踏み間違いが減る、と多くの人がこの施行に賛成したが、「返納率増加が要介護率を大幅に上げる」という調査研究があるのをご存じだろうか。
筑波大学の市川正雄教授らのチームが愛知県の約3000人の高齢者を対象に行った追跡調査によれば、運転をやめた人はそうでない人に比べて6年後の要介護リスクがなんと2.09倍に上がるという。つまり、介護コストも同じレベル増える可能性があるということだろう。
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なぜ運転をやめると要介護リスクが高まるのか。考えられる理由は、高齢者が免許を返納したり、運転をやめたりすることで外出の機会が激減することだという。こうした分析結果は、過去のフレイルにまつわる研究でも、私の臨床経験からもうなずける話だ。
国立長寿医療研究センター予防老年学研究部も高齢者の運転に関する同様の調査をしている。結果は、衝撃的な内容だ。運転を中止した高齢者は、運転を継続していた高齢者と比較して、要介護状態になる危険性が約8倍に上昇することが明らかになったというのだ。
社会との接点の激減が、要介護になる危険度を急増させる。コロナ自粛でも、似たような現象が起きないか私は大いに危惧している。
コロナであれ、高齢者の事故であれ、社会活動する上では常に何かの「危険」を伴う。だが、それを封じ込める対策をするだけで、他の対策を怠ると将来的に負の現象が起こる。為政者や官僚はそこをよくよく考えないと、ツケはきわめて甚大なものになる。
- 和田 秀樹(わだ・ひでき)
- 国際医療福祉大学大学院教授
- アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化した「和田秀樹 こころと体のクリニック」院長。1960年6月7日生まれ。東京大学医学部卒業。『受験は要領』(現在はPHPで文庫化)や『公立・私立中堅校から東大に入る本』(大和書房)ほか著書多数。