⇒ 神谷恵美子著「生きがいについて」・その2は,10月31日(水)に書き込み・掲載します。
NHK「おはよう日本」のキャスターなどを務めた島津有理子アナウンサー(44)は医師を目指すため,今年9月に同局を退局した。担当する大河ドラマ「西郷(せご)どん」の最後に流される「西郷どん紀行」のナレーションは最終回まで務める。島津さんは,東大経済学部卒業後の1997年,NHKに入局。2004年から地上デジタル推進大使も務めていた。
島津アナは,司会を務めたEテレ「100分de名著」(月曜後10・25)の公式サイト,「20年間勤めてきた組織を離れ,医師を目指して大学で勉強することにいたしました」と報告し,「自分の内面と向き合い,幼い頃からの思いを叶えるべきではないかと思うようになりました」と理由を説明した。
デイリー新潮(10月12日)によると,島津さんは今回の決断についてこう語っている。『幼い頃は体が弱く頻繁に病院に通う子でした。家の傍のクリニックにいらした女性の先生に憧れ,ずっと私の中で医師への思いが捨てきれずにあったんです』。その背中を後押ししたのが,「100分de名著」で取り上げた精神科医・神谷美恵子さんの「生きがいについて」という著書だったということである。10月からは医学大学に入学し,学業に専念されています。そして何科の医師を目指すかは学びながら考えるとのこと。
島津さんに医師に挑戦する事を決断させた神谷美恵子さんの本,「生きがいについて」(みすず書房)は,1996年の発売以来,静かに売れているロングセラーである。著者の神谷美恵子さんは,岡山の長島愛生園という,ハンセン病隔離の療養所で,患者に寄り添い続けた精神科医であった。
外に出ることを許されず,子をもつことができなかった患者たちが,身を寄せあっていた。極限を生きる中で打ち込むものを見いだす人々。失った指のかわりに舌で点字の楽譜を読み,ハーモニカに熱中した盲人に,神谷さんは影響を受けた。
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長島愛生園に、近藤宏一という患者がいました。近藤の存在は、『生きがいについて』の誕生において、とても大きな影響を与えています。神谷はこの本の第九章「精神的な生きがい」で、近藤の言葉を複数引きながら、彼とその仲間たちが「生きがい」を発見する姿を描き出しています。
彼はハンセン病の後遺症のため、目が見えず、指先の感覚が麻痺していたので、点字を読むことができませんでした。
しかし、彼はある日、聖書の言葉と出会います。友人が聖書を朗読してくれるのを聞くうちに、自分のなかで制御できない衝動に駆られた彼は、感覚の残る唇と舌先で、点字の聖書を読み始めるのです。
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私の手は指先の感覚がなく、点字の細かい点を探り当てる事は到底無理な事であったから、知覚の残っている唇と、舌先で探り読むことを思いついた。 (近藤宏一『闇を光に』)
点字 〈近藤宏一作〉
ここに僕らの言葉が秘められている
ここに僕らの世界が待っている
舌先と唇に残ったわずかな知覚
それは僕の唯一の眼だ
その眼に映しだされた陰影の何と冷たいことか
〔中略〕
読めるだろうか
読まねばならない
点字書を開き唇にそっとふれる姿をいつ
予想したであろうか……
ためらいとむさぼる心が渦をまき
体の中で激しい音を立てもだえる
点と点が結びついて線となり
線と線は面となり文字を浮かびだす
唇に血がにじみでる
舌先がしびれうずいてくる
試練とはこれかーーー
かなしみとはこれか -
だがためらいと感傷とは今こそ許されはしない
この文字,この言葉
この中に,はてしない可能性が大きく手を広げ
新しい僕らの明日を約束しているのだ
涙は
そこでこそぬぐわれるであろう (同前)
直接の出典:「100分の名著 神谷美恵子 生きがいについて」p110~p113 若松英輔著
⇒⇒ NHK 「100分de名著」 ⇒ 生きがいについて
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/76_ikigai/index.html
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長い一生の間には、ふと立ちどまっ て, 自分の生きがいは何であろう かと考えてみたり, 自分の存在意 義について思い悩んだりすることが 出てくる-- |
生命の芽生えから人生の終章まで、 人のこころの歩みを、その一歩一歩 をたしかめるように、丁寧に辿ってい く。人生への愛情と洞察にみちた静か なことばの数々。悩み、迷う人々のか けがえのない人生の書。 |
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