>>「人生の達人 稲盛・五木氏語る--夫婦といえども他人同士」
何かとお騒がせのテレビ朝日の玉川徹氏(55)は、バツイチであることを自ら明かしておられます。「家事をあまりしていなかった」とも告白されています。家庭をあまり顧みなかったことが離婚原因の一つであったようです。裏返すと、妻はお手伝いさんではない。夫婦で支え合って生活することが大事、ということではないでしょうか。
もし、玉川さんが稲盛和夫氏と五木寛之氏の対談集『人は何のために生きるか』を読んでいたら、離婚とはならなかったのでは・・・・・・。
◆-夫婦といえども他人同士 -三度に一度は自分でお茶を入れる-
稲盛和夫氏と五木寛之氏は対談集『人は何のために生きるか』で、家庭でのお茶くみを例にして"夫婦のあるべき姿”を語っています。
稲盛「お茶を入れてとは言うけれど、三度に一度は自分でお茶を汲みに行くんです、悪いと思ってね。」
五木「それがないともちませんね、人間同士は。その根底には夫婦といえども他人同士なんだよ、他人同士が共同生活をするんだよ、だから最低のマナーは守っていかなきやいけないよ、という思いがあるわけです。」
『人は何のために生きるか』p220
五木 夫婦だから助け合うのは当たり前とか、兄弟肉親だから愛し合うのは当たり前だとかという前提に立ってしまうと、そこに欲が出てくる。兄弟だからもっとよくしてくれてもいいだろうとか言う人がいるでしょう。他人だと思えば、そういう欲は出てこない。
五木 生まれも育ちも違って、違う人生観を持っている人間が共同して二十年も三十年も一緒に過ごせるわけがないと私は思うんです(笑)。他人だと思っていると
ーうちの場合には一緒になって五十年がたちますけれど、「五十年間この人と一緒に暮らしてきたのか」「他人同士がよく五十年間も、生活を共にして支え合って生きてきたものだな」「何とありがたいことだろう」と感激するわけです。
p224
稲盛 それでですね、お茶を入れてとは言うけれど、三度に一度は自分でお茶を汲みに行くんです、悪いと思ってね。
五木 それがないともちませんね、人間同士は。その根底には夫婦といえども他人同士なんだよ、他人同士が共同生活をするんだよ、だから最低のマナーは守っていかなきやいけないよ、という思いがあるわけです。
稲盛 すばらしい教えだなあ。これは人間関係をつくるのにはほんとにすばらしい考え方ですね。
(この稿、続く)