厚生労働省「労働基準関係法制研究会」は「新しい時代の働き方に関する研究会」につづいて設置された厚生労働省の有識者会議になり、検討事項は「『新しい時代の働き方に関する研究会』報告書を踏まえた、今後の労働基準関係法制の法的論点の整理」と「働き方改革関連法の施行状況を踏まえた、労働基準法等」とされていますが、2024年4月23日に開催された第6回研究会の議事録は7月1に公開されました。
なお、この議事録を読み最も印象に残った発言は「実質的に家庭責任を多く負っているのが女性であって、多くの女性たちが長時間働けないことから、フルタイムで働くことがかなわない実態があるような状況をこのままずっと放置していくということでいいのだろうか」と問いかけた首藤若菜メンバー(立教大学経済学部教授)の言葉でした。
第6回「労働基準関係法制研究会」議事録(抜粋)
石﨑由希子メンバー(構成員)
「前回、労働時間制度の意義について、ワークライフバランス的なところも入れるべきではないかということに関して、島田先生、神吉先生から御意見が出され、他方で、安藤先生のほうから、負の外部性が生じないようなところについて、どこまで強い規制を入れるのが適切なのかというような趣旨の御議論があったかと思います。その中で、島田先生がおっしゃられていたと思うのですが、今後、労働時間規制を考えていくときに、労働者像を転換していく必要があるのではないか。また、その際、家庭責任を担っている労働者だけではなくて、自己研さんとか、そういったことに時間を使いたい労働者のニーズも踏まえた上で労働者像の転換を図っていくのではないかという御意見があって、そこには非常に共感したところでございます。
また、ワークライフバランスに関わる問題に関しましても、非常に長時間労働が著しいということになりますと、要するに家庭が壊れていくというような形で、その問題も決して負の外部性が生じない問題ではないということはいえようかと思うのです。ただ、安藤先生がおっしゃられたところの、どこまで強い規制でそこに臨めるのかという問題意識にも、実は同時に共感しているところでもあります。
前回の御議論の中では、その議論が上限規制との関係で議論されたというような記憶がございまして、私自身、そういった上限規制の時間を改めて見直していくという方向について、決して反対というわけではないわけですけれども、他方で、その上限規制の最後の歯止めとしての機能に鑑みますと、実際、どこまでそこを短縮できるのかというのはなかなか難しい部分もあるのではないかという気もしております。
そうした中で、むしろ労働者像の転換といったようなところを考えていったときに、法定労働時間について、現在の1日8時間でいいのかというところも、実は改めて検討する必要があるのではないかと思った次第です。実際問題、今、リスキリングといったこともいろいろ言われているのですが、8時間、しっかり働いて、帰って、かつ、そこで残業がなくてもリスキリングできる方というのは、相当タフな方々であろうというところもありまして、そういったことを本当に促進していくのであれば、法定労働時間自体、見直していったほうがいいのかもしれないですし、そこが短くなってきますと、これまで時短とかを取っていた家庭責任を抱えている方々と、それ以外の労働者との実質的平等というのもより図られていくのではないかというようなことを思ったところであります。
また、もう一つ、上限規制の引下げというところに関連してですけれども、昨今、長時間労働の背景に、もちろん、その企業としての体質とか風土もあるのだろうとは思うのですけれども、それ以外にいろいろな業界の取引慣行であるとか、そういったものが長時間労働の要因になっていたりするという部分もあると認識しております。そうすると、上限規制引下げを目指していくということであるのであれば、そこの長時間労働の要因を探るような、そういった要因を検証させて、そこに改善を図っていかせていく、そういうPDCAを回していくような規制手法というのを、まずは入れていって、そこでさらに上限のほうの引下げも目指していく方向性というのは考えられるのではないかというようなことを思った次第であります」
水町勇一郎メンバー(構成員)
「(厚生労働省の)他の局で育児・介護休業法とか少子化対策を議論した中で、保育園の問題とか、育児休業制度、産休・育休制度を男性も取る、どういうふうにするかという議論もありましたが、そこを動かしても必ずしも少子化は改善しない。諸外国と比較してみると、労働時間が長い。男性も女性も、キャリアを積んでいってレギュラーのメンバーとして会社で働こうと思う人たちが長時間労働なので、長時間労働、残業を前提とした働き方というのが日本の少子化問題を改善させない大きな要因になっている。
フランスなんか、出生率が2.0に近いところに行っているところは労働時間が短くて、フルタイムで働いていても、男性・女性がきちんと分担しながら育児も家庭生活も送れるという前提があるので、そういう他の政策目標の観点からも、どういうふうな労働時間制度にするかということを、広い意味ではワークライフバランスに入るかもしれませんが、そういう日本の置かれている政策的な状況とかを踏まえながら、どういう手法で労働時間を短くしていって、働きやすい環境をつくっていくかということが大切かなと思います」
神吉知郁子メンバー(構成員)
「労基法の使用者に最低基準を罰則付きで強制するという性質を踏まえれば、その上乗せになるような契約の在り方の問題は別規制で考えていくべきだという基本的な考え方については、全く異存はございません。
その上で、労働時間規制が特殊だと考える点について申し上げます。本来、労基法の最低基準は法定労働時間であるはずなのですが、労基法の定める最低基準であるところのその基準が労使協定という集団的な合意によってデロゲーションが認められている。そして、法定労働時間が有名無実化し、最低基準としては多くの事業所で機能していないという点です。
例えば、労働時間と対峙されるものとして最低賃金法の枠組みがあります。しかし、最低賃金よりもっと安ければ働ける人はいるし、全然それで構わないという人に対する雇用機会の保障や意思の尊重を理由に、労使協定で最低賃金のデロゲーションを認めることはされておりません。それにもかかわらず、労働時間に関してはもっと働きたい人の意思を尊重する趣旨でデロゲーションが非常に大きいというところが問題だと思います。
先ほど石﨑先生の御提案で、法定労働時間こそ見直すべきだというのは、それは法定労働時間を短縮することで対処するのでしょうか。私は上限規制よりもさらにラディカルだなと思いますが、それはそれで1つの方策と感じます。
それから2点目としてですけれども、最低基準としては健康確保を主眼に置いて、ワークライフバランスは最低基準の問題ではなく、何らか別の上乗せ的な個人の自由が尊重される余地の大きい契約の在り方の問題として別に考えていく考え方もあるのでしょうが、私は、ワークライフバランスを上乗せ的な要請と考える点に疑問がございます。ワークライフバランスと言うときに、家事責任は一例ではあるのですが、本来的には、ライフは生命であり、人生であり、また生活ということですので、それは限られた人間の人生の中でのワーク以外の部分を指すと思います。
そうすると、健康確保とも当然切り離せないものですし、非常に多様なライフ全体の中でのワークの浸食を許すかという問題だと考えます。ですので、まさにワークライフバランスを考えること自体が、1日の間にどれだけ使用者が使用することを許すかという観点から考えることであり、ワークライフバランスという観点が最低基準と関わらないというふうには、私は決して考えておりません。
そうした意味では、ワークライフバランスに関係する最低基準は、結局、私生活の保障、生活時間の保障で、それは家庭責任を持っている人に関しては家庭責任と具体化されるのかもしれないですけれども、家庭を持たない人にも関係ないかというと、それは自律的な生活、自分のケアを自分ですることであったり、よりキャリアアップを目指せるような自己研さんに使うような自律的な生き方の保障につながっていくのではないか考えております」
首藤若菜メンバー(構成員)
「ワークライフバランスとの観点から言いますと、私も今、神吉先生がおっしゃった点と、先ほど水町先生もおっしゃっていましたけれども、労働基準法自体が本当に健康、つまり人が死なずに働けるということだけを保障するものでいいのだろうかという問題意識を持っています。実質的に家庭責任を多く負っているのが女性であって、多くの女性たちが長時間働けないことから、フルタイムで働くことがかなわない実態があるような状況をこのままずっと放置していくということでいいのだろうか」
第6回 労働基準関係法制研究会 議事録(厚生労働省サイト)
厚生労働省 労働基準関係法制研究会とは
「労働基準関係法制研究会」は「新しい時代の働き方に関する研究会」につづいて開設された厚生労働省(労働基準局)有識者会議になります。
「労働基準関係法制研究会」の目的は「今後の労働基準関係法制について包括的かつ中長期的な検討を行うとともに、働き方改革関連法附則第12条に基づく労働基準法等の見直しについて、具体的な検討を行うこと」とされ、検討事項は「『新しい時代の働き方に関する研究会』報告書を踏まえた、今後の労働基準関係法制の法的論点の整理」と「働き方改革関連法の施行状況を踏まえた、労働基準法等」とされています。
また「労働基準関係法制研究会」のメンバー(構成員)には、荒木尚志・東京大学大学院法学政治学研究科教授(座長)、安藤至大・日本大学経済学部教授、石﨑由希子・横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授、神吉知郁子・東京大学大学院法学政治学研究科教授、黒田玲子・東京大学環境安全本部准教授、島田裕子・京都大学大学院法学研究科教授、首藤若菜・立教大学経済学部教授、水島郁子、大阪大学理事(兼)副学長、水町勇一郎・早稲田大学法学学術院教授(元 東京大学社会科学研究所比較現代法部門教授)、山川隆一・明治大学法学部教授 (50音順)が選任されています。
労働基準関係法制研究会(厚生労働省サイト)
なお、この議事録を読み最も印象に残った発言は「実質的に家庭責任を多く負っているのが女性であって、多くの女性たちが長時間働けないことから、フルタイムで働くことがかなわない実態があるような状況をこのままずっと放置していくということでいいのだろうか」と問いかけた首藤若菜メンバー(立教大学経済学部教授)の言葉でした。
第6回「労働基準関係法制研究会」議事録(抜粋)
石﨑由希子メンバー(構成員)
「前回、労働時間制度の意義について、ワークライフバランス的なところも入れるべきではないかということに関して、島田先生、神吉先生から御意見が出され、他方で、安藤先生のほうから、負の外部性が生じないようなところについて、どこまで強い規制を入れるのが適切なのかというような趣旨の御議論があったかと思います。その中で、島田先生がおっしゃられていたと思うのですが、今後、労働時間規制を考えていくときに、労働者像を転換していく必要があるのではないか。また、その際、家庭責任を担っている労働者だけではなくて、自己研さんとか、そういったことに時間を使いたい労働者のニーズも踏まえた上で労働者像の転換を図っていくのではないかという御意見があって、そこには非常に共感したところでございます。
また、ワークライフバランスに関わる問題に関しましても、非常に長時間労働が著しいということになりますと、要するに家庭が壊れていくというような形で、その問題も決して負の外部性が生じない問題ではないということはいえようかと思うのです。ただ、安藤先生がおっしゃられたところの、どこまで強い規制でそこに臨めるのかという問題意識にも、実は同時に共感しているところでもあります。
前回の御議論の中では、その議論が上限規制との関係で議論されたというような記憶がございまして、私自身、そういった上限規制の時間を改めて見直していくという方向について、決して反対というわけではないわけですけれども、他方で、その上限規制の最後の歯止めとしての機能に鑑みますと、実際、どこまでそこを短縮できるのかというのはなかなか難しい部分もあるのではないかという気もしております。
そうした中で、むしろ労働者像の転換といったようなところを考えていったときに、法定労働時間について、現在の1日8時間でいいのかというところも、実は改めて検討する必要があるのではないかと思った次第です。実際問題、今、リスキリングといったこともいろいろ言われているのですが、8時間、しっかり働いて、帰って、かつ、そこで残業がなくてもリスキリングできる方というのは、相当タフな方々であろうというところもありまして、そういったことを本当に促進していくのであれば、法定労働時間自体、見直していったほうがいいのかもしれないですし、そこが短くなってきますと、これまで時短とかを取っていた家庭責任を抱えている方々と、それ以外の労働者との実質的平等というのもより図られていくのではないかというようなことを思ったところであります。
また、もう一つ、上限規制の引下げというところに関連してですけれども、昨今、長時間労働の背景に、もちろん、その企業としての体質とか風土もあるのだろうとは思うのですけれども、それ以外にいろいろな業界の取引慣行であるとか、そういったものが長時間労働の要因になっていたりするという部分もあると認識しております。そうすると、上限規制引下げを目指していくということであるのであれば、そこの長時間労働の要因を探るような、そういった要因を検証させて、そこに改善を図っていかせていく、そういうPDCAを回していくような規制手法というのを、まずは入れていって、そこでさらに上限のほうの引下げも目指していく方向性というのは考えられるのではないかというようなことを思った次第であります」
水町勇一郎メンバー(構成員)
「(厚生労働省の)他の局で育児・介護休業法とか少子化対策を議論した中で、保育園の問題とか、育児休業制度、産休・育休制度を男性も取る、どういうふうにするかという議論もありましたが、そこを動かしても必ずしも少子化は改善しない。諸外国と比較してみると、労働時間が長い。男性も女性も、キャリアを積んでいってレギュラーのメンバーとして会社で働こうと思う人たちが長時間労働なので、長時間労働、残業を前提とした働き方というのが日本の少子化問題を改善させない大きな要因になっている。
フランスなんか、出生率が2.0に近いところに行っているところは労働時間が短くて、フルタイムで働いていても、男性・女性がきちんと分担しながら育児も家庭生活も送れるという前提があるので、そういう他の政策目標の観点からも、どういうふうな労働時間制度にするかということを、広い意味ではワークライフバランスに入るかもしれませんが、そういう日本の置かれている政策的な状況とかを踏まえながら、どういう手法で労働時間を短くしていって、働きやすい環境をつくっていくかということが大切かなと思います」
神吉知郁子メンバー(構成員)
「労基法の使用者に最低基準を罰則付きで強制するという性質を踏まえれば、その上乗せになるような契約の在り方の問題は別規制で考えていくべきだという基本的な考え方については、全く異存はございません。
その上で、労働時間規制が特殊だと考える点について申し上げます。本来、労基法の最低基準は法定労働時間であるはずなのですが、労基法の定める最低基準であるところのその基準が労使協定という集団的な合意によってデロゲーションが認められている。そして、法定労働時間が有名無実化し、最低基準としては多くの事業所で機能していないという点です。
例えば、労働時間と対峙されるものとして最低賃金法の枠組みがあります。しかし、最低賃金よりもっと安ければ働ける人はいるし、全然それで構わないという人に対する雇用機会の保障や意思の尊重を理由に、労使協定で最低賃金のデロゲーションを認めることはされておりません。それにもかかわらず、労働時間に関してはもっと働きたい人の意思を尊重する趣旨でデロゲーションが非常に大きいというところが問題だと思います。
先ほど石﨑先生の御提案で、法定労働時間こそ見直すべきだというのは、それは法定労働時間を短縮することで対処するのでしょうか。私は上限規制よりもさらにラディカルだなと思いますが、それはそれで1つの方策と感じます。
それから2点目としてですけれども、最低基準としては健康確保を主眼に置いて、ワークライフバランスは最低基準の問題ではなく、何らか別の上乗せ的な個人の自由が尊重される余地の大きい契約の在り方の問題として別に考えていく考え方もあるのでしょうが、私は、ワークライフバランスを上乗せ的な要請と考える点に疑問がございます。ワークライフバランスと言うときに、家事責任は一例ではあるのですが、本来的には、ライフは生命であり、人生であり、また生活ということですので、それは限られた人間の人生の中でのワーク以外の部分を指すと思います。
そうすると、健康確保とも当然切り離せないものですし、非常に多様なライフ全体の中でのワークの浸食を許すかという問題だと考えます。ですので、まさにワークライフバランスを考えること自体が、1日の間にどれだけ使用者が使用することを許すかという観点から考えることであり、ワークライフバランスという観点が最低基準と関わらないというふうには、私は決して考えておりません。
そうした意味では、ワークライフバランスに関係する最低基準は、結局、私生活の保障、生活時間の保障で、それは家庭責任を持っている人に関しては家庭責任と具体化されるのかもしれないですけれども、家庭を持たない人にも関係ないかというと、それは自律的な生活、自分のケアを自分ですることであったり、よりキャリアアップを目指せるような自己研さんに使うような自律的な生き方の保障につながっていくのではないか考えております」
首藤若菜メンバー(構成員)
「ワークライフバランスとの観点から言いますと、私も今、神吉先生がおっしゃった点と、先ほど水町先生もおっしゃっていましたけれども、労働基準法自体が本当に健康、つまり人が死なずに働けるということだけを保障するものでいいのだろうかという問題意識を持っています。実質的に家庭責任を多く負っているのが女性であって、多くの女性たちが長時間働けないことから、フルタイムで働くことがかなわない実態があるような状況をこのままずっと放置していくということでいいのだろうか」
第6回 労働基準関係法制研究会 議事録(厚生労働省サイト)
厚生労働省 労働基準関係法制研究会とは
「労働基準関係法制研究会」は「新しい時代の働き方に関する研究会」につづいて開設された厚生労働省(労働基準局)有識者会議になります。
「労働基準関係法制研究会」の目的は「今後の労働基準関係法制について包括的かつ中長期的な検討を行うとともに、働き方改革関連法附則第12条に基づく労働基準法等の見直しについて、具体的な検討を行うこと」とされ、検討事項は「『新しい時代の働き方に関する研究会』報告書を踏まえた、今後の労働基準関係法制の法的論点の整理」と「働き方改革関連法の施行状況を踏まえた、労働基準法等」とされています。
また「労働基準関係法制研究会」のメンバー(構成員)には、荒木尚志・東京大学大学院法学政治学研究科教授(座長)、安藤至大・日本大学経済学部教授、石﨑由希子・横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授、神吉知郁子・東京大学大学院法学政治学研究科教授、黒田玲子・東京大学環境安全本部准教授、島田裕子・京都大学大学院法学研究科教授、首藤若菜・立教大学経済学部教授、水島郁子、大阪大学理事(兼)副学長、水町勇一郎・早稲田大学法学学術院教授(元 東京大学社会科学研究所比較現代法部門教授)、山川隆一・明治大学法学部教授 (50音順)が選任されています。
労働基準関係法制研究会(厚生労働省サイト)