たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子67

2019-05-05 20:05:54 | 日記
二上山から降りてふりむくと西の空は茜色に染まり厳かな山の表情が大伯に迫ってくるようであった。

二上山はこれほどまでに、人間に畏怖を抱かせる…大伯は生と死を改めて見せつけられるように思った。

我はこの世の孤児になった…と思った。二度目だ…初めは斎宮になった時だった。会えはしないがその時父上、大津もいた。今度こそはもう一人…

輿に乗ろうとした時、美しい女人が大伯に御目通りをと願い出た。

「そなたは。」

「大名児でございます。」

「そなたが。」

「恐れ多いことでございます。」

大名児は伏したままだった。

大伯は大名児の手を取り「すまぬ…あまりに急で…今、たった今大津をこの二上山に。大津は二上山となった。」と詫びた。

「有り難く…」と大名児は偲び泣き始めた。

「辛かったな…。すまぬ。後追いした山辺のことしか頭になく…そなたの話は伊勢で聞き及びした。ここは寒かろう。この辺に當麻の氏の寺がある。寄らぬか。」大伯は大名児を麓の寺に誘った。

「お気遣い有り難く…」と大名前児は答え寺で時をいただくことにした。

「シラサギ、すまぬが」と大伯が言いかけると大名児が「シラサギ…息災であったか。」と言い「大名児さま、あまりに急に物事が運び連絡が後手に回り申し訳ありませぬ。」とシラサギは伏していた。
大伯は「二人で話すが良い。シラサギにも大名児殿に伝えたいことがあるであろう」と言いその場から離れて二上山を見つめていた。

大伯は我の知らぬ大和での大津がいるのじゃな…と感慨深かった。

山辺も大津の和子を身籠っていた。山辺の死はあまりに酷い。しかし草壁は許せない。しかし許せないという気持ちを持つと神の御心から離れてしまう。大津もそんな我の気持ちを見て喜びなぞしないであろう。
この世にいる限りこの泥々とした感情に向き合わなければならない。

大津…そなたのもとへまいりたい…許してはくれぬか…どうやって我を保てば良いのじゃ

大名児にことの詳細を伝えたシラサギが大伯に声かけた。
「シラサギも良ければ一緒に。」と大伯は言ったがシラサギは恐縮し「お待ちしているのでどうぞ大名児さまとごゆっくりお話しくださいますように。」と言った。