たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子 山辺皇女4

2019-05-28 19:40:10 | 日記
大津さまは東の方向をよく見つめられる。

茜色に染まる二上山を私が美しいと言っても「そうだな。黄泉の国や極楽浄土があると信じずにはいられないな。こんな美しい風景を見せられると。」と言いつつ青が降りて星が光りはじめる東の空を見つめられる。

まさか大津さまは同母姉の斎宮さまを想っておいでなの…そんな気持ちが私の中で膨らみ始めた。

そんなある日、草壁皇子が訳語田の舎の邸に訪れられ大津さまも留守のため山辺皇女に参っていただきたいと訳語田の舎に仕える者から願いがあった。

「大津さまがお留守とご存知ではないのかしら。朝参はもう済んだのかしら。」

私はとりあえず草壁皇子さまのおもてなしにと訳語田の舎に駆けつけた。

「大津さまが不在のため大変お待たせいたしました。」と申し上げると、すでに草壁皇子さまはお酒をたしなんでおられた。

大津さまの異母弟であらされるだけに面影は似てらしているけれど、大津さまより少し線が細く、こめかみには青い血管が浮き出ているため肌の白さがわかった。やや癇が強そうな…

「少々いただいておった。大津皇子が不在で大津妃のそなたにちょうど伝えたいことがあったわ。」

なるほど…大津さまが不在とわかっておいでになられたのね。

「石川の郎女大名児という采女はご存知か。」

「初めて聞きましたが。その者が何か。」

「我の妃にしたいのだが…大津がそのものに言い寄って困っておる。婚姻早々、夫が我の女人に懸想するのは感心致さぬ。そなたの元を大津が離れぬようちゃんとしてくれぬか。そなたがしっかりしてくれないでは我に迷惑じゃ。よろしくな。大津は昔から我のものを欲しがる癖があるのでな。」と草壁皇子さまは杯を飲み干すと失礼と一言のみ言い去った。

そばにいた女官が「なんと失礼な。お妃さま、お気に召さらず…」と声をかけてくれたが涙が自然に止まらず、「女官の言う通り…」と言った途端私の感情は嗚咽という形で溢れた。

もしかしたら草壁皇子さまは大津さまと私を夫婦でないと見破っているやもしれぬ。

暫く涙が収まるまで女官に時間をもらった。

「泣いたあとは消えたかしら。」
「はい、美しい妃さまです。草壁皇子さまはお二人に嫉妬なさっているのですよ。」と女官は私を励ましてくれた。

この訳語田の邸をでようとすると「山辺!ちょうどいいところへ。」大津さまの声がした。