たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子 山辺皇女 3

2019-05-27 13:23:25 | 日記
女官の燭台の灯りに照らされ大津さまは部屋に入って来られた。

ー美しいお顔だちー

「よう参られた。疲れたであろう。そなたもゆっくり休むがよい。今宵、そなたには一本も触れぬ。安心するが良い。」と大津さまは穏やかに申せられた。

私は驚き一瞬何かよく分からなかった。

婚姻をした二人が寝ることを共にしない。

「私は大津さまに相応しくないと…。お気に召されないと…」

私は混乱していた。

「それはない。そなたとはゆっくりと…正直まだ、よく知らぬ相手とそういうことにはなりたくない、我のこだわりだ。許せ。」

大津さまは頭を下げられた。

頬を伝う雫が苦い味に感じた。私は泣いていた。

「もしお気に召さなかったら…」

「それはないであろうよ。明日は朝見の式もある。ゆっくり眠ろう。私はあちらを向いて眠る。そなたも眠るがよい。」

大津さまの気遣いなのかもしれない。その大きな背に顔を寄せ「ありがとうございます。ゆっくり眠ります。」と答え大津さまに背を向けた。

殆ど眠れなかった。途中大津さまが床を出られたのは知っていたけれど、眠ったふりを続けていた。

明朝、夫婦となったことを天皇皇后にお会いしご挨拶を申し上げた。

「皇太子大津、皇太子妃山辺の末永きしあわせを祈る」

天皇皇后のお言葉を戴き身が引き締まると同時に嘘をついているようで申し訳なく…

その後の祝いの宴も心そぞろだったわ。

私と大津さまは真の夫婦ではないのに。

川嶋の兄上が「大津、伊勢から戻ったばかりなのに大変であったのう。斎宮さまもお喜びであろう。」と嬉しそうに話しかけてきた。

その時大津さまは笑って「ありがとう、川嶋。」と仰言ったあと盃に顔を向けられた一瞬、何も見えておられないような冷たさしか感じられない無表情の大津さまを私は初めて見たの。後にも先にも、初めてだったわ。

斎宮さま…大津さまの姉上の大伯皇女さま。

その時のお二人の気持ちは露ほども知らなかったわ。