振り向かない

by 山崎まさよし

 

彼に初めて逢った場所に行った。

ちょうど彼に初めて逢った正午前の時間帯だった。

彼の体型に似た白っぽい服の男性が前から歩いてきた。

その男性は小声で「あっ」って言った。

その男性の顔を見ていなかったし、見られなかった。

私はセラさんと一緒にいたから。

正確には、私の前をセラさんが歩いていた。

 

もしも私が１人でいて、その男性とすれ違ったら、

きっと顔を見ただろう。

でもセラさんと一緒にいたから、

振り返らずにひたすら前を向いて歩いた。

 

多分その男性は彼じゃないと思うんだ。

お盆休みの昼前に、彼があの場所にいるわけない。

「あっ」って言ったのだって、ただの独り言かもしれない。

でも私、彼とデートした時の服装やカバンだったから。

もしあの男性が彼だったら、私だってすぐわかったかもしれない。

 

 

あの場所に行くと必ず思う。

彼の年代で彼のような格好いい男性はまずいない。

彼みたいに好きになれる人なんてもう出てこない。

それ以前に両思いになる人なんて金輪際現れない。

だけど、やっぱり、逢えなくて辛い思いはしたくない。

苦しくて悲しい思いはしたくない。

彼を責めたくない。

あんな負の部分を、黒い部分を、見せたくない。

彼にこれ以上嫌われたくない。

この思いがあるからこそ、理性が制している。

彼を愛した思いが、彼の愛した思いが

いつまでも私を囲っている。

いいんだもう。多分私は、死ぬまで彼を好きだろう。

忘れられないだろう。

彼の思い出と共に生きている。