「世界を見渡すと、国民投票が独裁政権の道具に使われることはしばしばある。一つ間違えると民意を問うどころか、民意が動員される結果を招く。国民投票の誘いに安易には乗れない。」
<信濃毎日社説>憲法の岐路 国民投票 民意の動員になる心配
衆参の憲法審査会で議論が収斂(しゅうれん)したあと、国民投票で改正を問う―。先の参院選開票日の夜、テレビに出演したときの安倍晋三首相の言葉である。
仮に審査会の議論がまとまったとして、国民投票に向けて手続きを進めることをどう考えるか。民として支持できるか。
答えはノーだ。
理由は二つある。第一は投票法の欠陥が直っていないことだ。
投票法には最低投票率の規定がない。どんなに投票率が低くても投票そのものは成立し、有効投票総数の過半数の賛成で改憲が決まる。このところの各種選挙の低投票率傾向を考えると、少ない賛成票によって憲法が変えられる心配が否定しきれない。
最低投票率は投票法の国会審議でも論点の一つになった。ボイコット運動による投票不成立を心配した自民党の反対で盛り込まれないままになった経緯がある。
<欠陥法のまま>
国の針路を決める投票が少数の票で左右される可能性を残す。投票法の最大の欠陥だ。
投票法を成立させたときの参院の付帯決議は、施行までに対処すべき課題として18項目を掲げている。▽投票期日で衆参の議決が異なったときどうするか、はっきりさせる▽「関連する項目ごとに」行うとされている発議の判断基準を明確にする―などである。こちらも手付かずのままだ。
投票法付則の「三つの宿題」もそのまま残っている。(1)国民投票の投票年齢(18歳以上)に合わせた成人年齢などの引き下げ(2)教師など公務員が自由に改憲論議をできるようにする(3)投票に付す対象の拡大―である。
このうち(1)については、選挙権年齢が先の参院選から18歳に引き下げられたものの、民法など他の分野は白紙状態にある。
問題を多く残す法律に基づく投票を認めるわけにはいかない。
理由の第二は、憲法秩序を重んじる姿勢が安倍首相に乏しいことである。「法案は憲法に違反する」との憲法学者の意見を無視して昨年、安保関連法を強引に成立させたのが典型だ。
<首相の強引な姿勢>
憲法改定に関わる首相の言葉を振り返る。
「たった3分の1を超える国会議員の反対で発議できないのはおかしい。そういう横柄な議員には退場してもらう選挙を行うべきだ」。自民党が野党だった2012年10月、党総裁としての演説である。改憲に反対する議員を「横柄」と非難するのでは、まともな議論にならない。
「未来に向かって、責任感の強い人たちと3分の2を構成したい」。今年1月、改憲を主張の柱に掲げるおおさか維新を念頭に、多数派形成に向けての意欲を語った。「責任感」という言葉を使って、改憲に慎重な政党、議員をおとしめている。
「わが党の(改憲)案がそのまま通るとは考えていない。わが党の案をベースにしながら、どう3分の2を構築していくかが政治の技術だ」。参院選の投票日翌日、記者会見で力説した。改憲を巡る政党間の議論を「技術」に矮小(わいしょう)化している。
首相は改憲について「憲法を国民の手に取り戻す」ためだと強調する。自民党の「憲法改正草案Q&A」は、国会の発議要件が厳しすぎると「かえって主権者である国民の意思を反映しないことになってしまう」と説明している。
この言い方はおかしい。
改憲を発議できるのは国会である。国会の多数は政権与党が握っている。与党は世論の動きを見ながら、どんなタイミングでどんな内容の案を投票にかけるかを決めることができる。要件の緩和は、与党のために改憲のハードルを下げる結果を招くだけだ。
安倍首相の下で改憲に向けた手続きが進む場合には、反対論を無視して数を頼んだ国会運営になりかねない。
国民投票がそもそもはらむ危うさも忘れるわけにいかない。
英国で先に行われた欧州連合(EU)離脱についての国民投票は、問題点がさまざま指摘された。離脱は複雑な要素が絡み合う。簡単には答えられないテーマである。イエスかノーかの二者択一を迫られた英国の人々はさぞ戸惑ったことだろう。
<そもそもの危うさ>
結果は51・89%、半数をわずかに上回る賛成で離脱が決まった。投票後は自分の判断を悔やむ人が目立ち、投票やり直しを求める運動が広がった。国民投票は慎重に扱うべき“劇薬”であることを改めて浮き彫りにする政治劇だった。
世界を見渡すと、国民投票が独裁政権の道具に使われることはしばしばある。一つ間違えると民意を問うどころか、民意が動員される結果を招く。国民投票の誘いに安易には乗れない。
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