アブクマポーロが亡くなりました。
当時からダート好きだった私ですが、とにかく強かったことしか覚えていません。
コンサートボーイやメイセイオペラとの地方勢との名勝負もですが、当時の中央勢でダートの強者だったキョウトシチーやトーヨーシアトルとも鎬を削り、勝っていきました。
今になって思えばあの頃今ほど交流重賞が整備されていたら…とも思いますが6〜8歳の本格化した後のG1クラス4勝を含め、整っていなかった地方グレードレースを総ナメにした32戦23勝の猛者でした。
フリオーソに抜かれるまでダートの賞金王でしたね。8億円を超える賞金は立派の一言でした。
アブクマポーロといえばピンクと緑の勝負服、石崎隆之騎手との名コンビでした。
2年連続でのNAR年度代表馬はまさに納得。メジロドーベルが勝ったオールカマーで唯一の芝挑戦など、強いけれど挑戦する姿が好きでしたね。
あの頃検討されていたようですが、全盛期に海外に挑戦していたらどうなっていたか…
残念ながら種牡馬としても中央1勝、地方50勝程で後継は残せませんでしたが、その強烈な強さは今もなお我々の心に残ってます。
今の地方中央の活発な交流の引き金になった1頭で、我々交流好きダートマンとしては感謝と尊敬の念しかない船橋のスターホースでした。
アブクマポーロ、ありがとう。
合掌。
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