保育士資格取得希望者はなぜ「社会福祉」の科目が苦手なのか?
先日、とある人からこんなご指摘を受けました。「保育士資格を取ろうと頑張っている人の多くが【社会福祉】の勉強に苦しんでいます。どうしてでしょうね?」、と。
このご指摘を聴いた時に、直感的に「これは実に興味深い」と思いました。保育士資格を国家試験で取得したい人にとって、【社会福祉】は、敷居の高い分野だというのは、僕も薄々と感じていました。
そこで、「保育士資格取得希望者はなぜ社会福祉が苦手なのか」という問いに答えたいと思います。保育士資格取得希望者の人のお役に立てれば嬉しいな、と思います。
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経験的に端的に言うと、保育士資格取得希望者の多くは「子ども」以外にほとんど興味をもっていないからなのではないでしょうか。障害児とのかかわりには関心をもつ者はいますが、公的扶助や高齢者福祉にはほぼ興味がないように思われます。例えば、生活保護や後見制度や社会保障制度や高齢者介護等については関心度ゼロと思ってよいでしょう。保育は、広い意味では「社会福祉」の中の一領域ではありますが、その一領域の内部にしか関心を持っていないように思われます。なので、社会福祉が苦手、というよりむしろ、社会福祉に興味がない、というのが事の真意なのではないでしょうか?-ただ、それは仕方のないことのようにも思えます-
また、保育士資格取得希望者の多くは「社会福祉(ソーシャルワーク)」を学ぶ意義を見いだしていません。動機付けがなされていないのです。出題傾向を見ても、法律や制度の変更点を問うような「つまらない問題」が多く、モチベーションが極めて低い状態で資格試験を受けているのではないでしょうか(このことは以下で具体的に見ていきます)。僕もずっと昔から、「社会福祉だけはどうしてもムリ」という声(叫び)をたくさん聴いてきました。
日本の社会福祉にも問題があります。社会福祉(学)は、基本的に「恐ろしくつまらない学問」になっているという指摘があります(*何人ものソーシャルワーカーからそういう話を聴きました)。社会福祉学の担い手は主に「天下り官僚」であることが多く、「お役人」気質の人、行政文書作成に長けた人、法律マニア的な人が多いとも聴きました。教科書等を見ても、恐ろしくつまらないのです。頭の固い役人が書きそうな文体で、法や制度や行政の話ばかりが延々と続くイメージですかね。ソーシャルワーク本来の「何が何でも人を救う!」という泥臭い部分が全く見えないんです。
よって、保育士資格取得者の社会福祉へのモチベーションをどう高めるかが重要なポイントとなるかなと思います。
では、実際に2021年の「保育士試験2021年前期」の社会福祉の問題内容を見てみましょう。
問題1 ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)
思想・欧米思想:Normalization, Integration、Inclusionの流れを抑える。ユニバーサルデザインも。
問題2 社会保障制度審議会(社会保障審議会)
社会保障・公的扶助:厚生労働大臣の諮問、社会保障制度、人口問題
問題3 2000年「社会福祉法」成立前後の制度変更
法律:「社会的養育ビジョン」(2017年)が問われている。
問題4 「要保護児童・要支援児童」はどんな子どもか
社会的養護・こども福祉:児童福祉法が出ているが、知らなくても解ける。
問題5 社会福祉上の権利擁護 第三者評価、被措置児童等虐待届出等制度、成年後見制度。
権利・法律:保育所の第三者評価事業は「努力義務」になっている。二種の「後見人」は重要。
問題6 母子及び父子並びに寡婦福祉法
法律:法律を知らなくても解ける。全記述〇の奇問。
問題7 生活保護制度
公的扶助:扶養義務者の扶養範囲等。 生活保護の条件や手続きについて。他の扶助に優先されない点が大事。
問題8 障害児の福祉サービス
障害児福祉:不適切問題? 全問正解問題(たまにある)。
問題9 各施設相談員
婦人相談員、身体障害者福祉司、家庭支援専門相談員、児童福祉司(保育士以外の専門職の問題は頻出問題)
問題10 民生委員問題
【任期3年】 民生委員 無償で任期3年。
問題11 パールマンの【4つのP】
相談援助:Person/Problem/Place/Process ケースワーク論。
問題12 インテーク、インターベンション、モニタリング、評価
相談援助:ソーシャルワーク(社会福祉援助技術)の基本の基本。アセスメントも重要。
問題13 バイスティックの七原則
相談援助:欧米思想 最も代表的な援助技術理論。
問題14 アウトリーチ、カンファレンス、ソーシャルアクション、ケアマネジメント
相談援助・欧米思想:どの言葉も社会福祉では定番の「概念」。知っていれば解ける問題か?
問題15 グループワークの過程
相談援助:ケースワークと並ぶ代表的援助技術。自助グループ・ピアカウンセリング等の知識も。
問題16 福祉サービス第三者評価事業
福祉行政:難問奇問系。社会福祉協議会の権限
問題17:福祉サービス利用援助事業・日常生活自立支援事業
福祉制度・福祉行政:地域包括支援センター、社会福祉協議会。
問題18 高齢者虐待
高齢者福祉:「経済的虐待」を知っているかどうか。身体的虐待が多数。
問題19 人口・世帯問題 総務省の人口推計・厚生労働省の人口動態統計
社会統計:2005年以降人口は減少し続けている。
問題20 「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」
法律:福祉と医療の違い(リハビリは医療)。介護保険法との違いを知る。
この上の20問が直近の「保育士資格試験」の「社会福祉」の問題テーマとなります。
この出題内容をざっくり分類すると、
●社会福祉の思想と歴史 1, 13, 14
●社会福祉の法・制度・実施体系 3, 5, 6, 10, 16, 17, 19,
●相談援助(社会福祉援助技術)・ソーシャルワーク 11, 12, 13, 14, 15
●公的扶助(社会保障・生活保護) 2, 7,
●こども(家庭)福祉 4, 5, 6, 9,
●障害者福祉 8, 9, 17, 20,
●高齢者福祉 18,
となるかなと思います。
(「子どもが好き💓」という若い保育士希望者にしてみたら苦痛でしかないであろう)法や制度や行政の問題と(保育所等では絶対に使わないであろう)援助技術-社会福祉援助技術-の問題が多いことが分かります。これに興味を持て!と言っても、それは少し残酷のような気がします。ただし、社会福祉学全体を俯瞰すると、わりと基本的でオーソドックスな内容で、決して難しい問題ではないと思われます(社会福祉士の国家試験と比べると、かなり簡単な問題に設定されています)。つまり、あまりにも興味がもてない問題+そんなに難しくはない問題がほとんどなのです。
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では、どのように社会福祉を学ぶモチベーションを高めるか?
①まず、社会福祉の全体像として、①思想と歴史、②法と制度、③援助技術、④4種の援助対象(失業者・こども・障害者・高齢者)があるということを知ること、ですかね。大枠を知ることって大事なことですから。
②法と制度の問題が多く出題されていますが、その法や制度を知らなくても、設問を読めば分かる問題が多数あります。常識的に考えて分かる問題も多いので、社会福祉に苦手意識をもたないこと(むしろ社会福祉への無関心に気づいてほしいですかね)。社会福祉関連法令の内容(大意)をつかんでおきましょう。
③保育士は、子どものお父さんやお母さん(20代~40代)にかかわる専門家です。そのお父さんやお母さんが困ったときに必要な助言ができるよう、社会福祉を学んでおこう、と考えたいです。後見人や民生委員(児童委員)の支援が必要な子どもについても、具体的にその理由を知ればすごく興味深いはずです。
④社会福祉は、(誤解される可能性もありますが、すごく単純化して言えば)一般企業等で働くことが困難な人(働けない人)への支援のお話です。誰もが社会福祉のお世話になる可能性をもっていますし、いずれ誰もが働けなくなります。そうなったときのことを想像し、「知っておくと得だよ」と自己暗示をかけることもありでしょう。
⑤日本では、多くの人が「社会福祉のお世話になること」を「恥」だと感じています。「自己責任論」が強く、「みんなの税金」をもらって生活することに負い目を感じています。つまり、話しにくい話なのです。だから、援助技術を学び、相談者との信頼関係を築いて、「この人なら話しても大丈夫」と思ってもらう必要があるのです。リッチモンド、バイスティック、パールマン等の理論はそういう観点で学びたいところです。「危機的に困っている人にどのような支援ができるのかを知ろう」、ですかね。
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これで、社会福祉を学ぼうというモチベーションが上がるかどうかは分かりませんが、これを読んでから、社会福祉の勉強をすると、全体的にもっと楽しくなるかな、と思って書かせていただきました。
この本はとってもよくまとまっていて、おススメです!
直近の試験問題も全部出ています。