Dr.keiの研究室2-Contemplation of the B.L.U.E-

75回目の8月15日ーこれからの幼児教育を考える

1945年8月15日、日本はアメリカに完全に敗北した。

あれから75年が過ぎ、2020年8月15日。

75回目の夏が訪れた。

今、僕が思うことを、ここに記しておきたい。これからの僕の最大のテーマになる話。

戦争と幼児教育

戦争を語れなくなってきた時代に、どう「戦争」を語り継いでいくか。また、「二度とあの悲劇を繰り返さない」ために、何をどうしたらいいのか。


戦争をどう語るか。

そのメカニズムは変わらない。「誰かの命令に従うこと」。命令に従うということが、戦争の本質。だから、小さい頃から「誰かの命令に従うことの気持ち悪さ」を教えていくことが何よりも大事なのだ。それが、ドイツの「アウシュヴィッツ以後の教育」で僕が学んだことの本質だ。

いつの時代も、戦争は「国家」と「国家」の対立にある。その国家が戦争をするぞと言った時に、誰もその命令に従わなければ戦争は回避できる。けれど、その命令に従順な人間が多ければ多いほど、戦争を起こすことは容易になる。これはアドルノから学んだこと。同調しない力を学ぶ必要がある。

でも、今の日本を見ていると、「命令に従うこと」と「同調すること」がかなり強烈に心に根づいているように思えてならない。国が言うことを鵜呑みにして、まわりの人間に逆らわずに同調する。そういう人間が多いと、国家が暴走した時に、誰もそれを止められなくなる。過去の過ちを忘れるべからず…

かつての太平洋戦争がどうだったのかの細かい知識もあるに越したことはないけど、なくてもいい。大事なのは、「命令に従うことの怖さ」と「同調することの怖さ」を色んな形で学ぶことだ。ドイツ人と日本人は特にこのことを強く学び続ける必要があるんだ。

アドルノの見解によれば、「命令に従うことへの嫌悪」や「同調することへの嫌悪」は、幼児教育の段階で教えなければいけない。僕もそう思う。戦争の愚かさを幼児期に学べば、後にそれを望むことはない。逆に、それを学ばなければ、命令に従順で同調することを希求する人間になってしまう。…

かつての日本は、まさに幼児教育の段階で、「命令に従うこと」と「同調すること」を子どもたちに教育した。その結果、どうなったか。そういう視点でかつての「太平洋戦争」を学んでほしいと願う。この国も今、曲がり角に来ている気しかしない…

でも、思い返すと、幼児教育で「命令に従っちゃダメ!」とか「みんなと一緒じゃなくていいんだよ」って言う先生や保育者を見たことがほとんどない。この現状を少しでも打破できるよう、僕は尽力しなきゃいけないな、と心から思うし、そう決意する。

「子どもの主体性を大切にする保育」とは、つまりは、「命令に従わせない」と「みんなと一緒じゃなくていいんだよ」って言い続ける保育ではないのか!?、と。保育業界全体を敵に回しそうだけど、これはもう言い続けるしかない。

けれど、…保育士養成課程がむっちゃ権威主義的だからどうにもならない。(「主体性」という言葉は飛び交うが、その主体性を説明することなく、ただ淡々と膨大な量のカリキュラムをこなすだけになっているという悲惨さ…)

この権威主義的風土を「戦略的」に利用して、「命令に従うような保育をするな」とか「みんなと一緒に!と言うような保育者になるな」って、徹底的に伝えるっていう手はまだ残っているかもしれない。戦争は語り継げなくても、これならこれからも実行することができる…かもしれない。

子どもに「命令に従うこと」を教えるな!

子どもに「同調すること」を教えるな!

戦争に向かうあらゆる道を断つためには、これを叫ぶ必要がある。

これまでアウシュヴィッツの強制収容所他、たくさんの収容所を見てきて、また、サイパンやパラオの「戦争の爪痕」を残す場所を見てきて、広島や沖縄も見てきて、僕が心から伝えたいことはこれだけだ。

思想的に右だろうと左だろうと中道であろうと、それは(僕的には)どうでもいい。どんな思想を持とうとも、「命令に従うこと」と「同調すること」を賛美する人間になってはならない。(どういう思想を持っていても、そういう権威主義的な人間は必ずいる…)

僕としては、「Hiroshima/Nagasaki以後の教育学」を打ち立てたいと密かに思っている。

二度とあの愚かで悲惨で誰も止めることのできなかった悲劇を繰り返さないために…。

日本軍の暴走で、またあのファシズム的な軍国主義で、いったいどれだけの命が無残にも奪われたことか。

また、日本軍がどれだけの国や島を侵略して、多くの犠牲者を生みだしたか。

これからが本当の勝負の時…かもしれない。

最後に、ドイツの第六代大統領のヴァイツゼッカーの言葉で終わりたい。

Wer aber vor der Vergangenheit die Augen verschließt, wird blind für die Gegenwart.

(過去から目を背ける人は、未来に対して盲目となるだろう)

***

PS

2015年に作った僕の反戦曲。アウシュヴィッツ強制収容所の画像と共に…

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