Dr.keiの研究室2-Contemplation of the B.L.U.E-

【実践論】実践記録の意味

 

教育、保育、福祉の世界では、「実践記録」を書く、ということが極めて重視されている。実践記録を文書化した書物は、この日本にとてもたくさんある。日々の教育活動、保育活動、福祉活動が、色んな人によって克明に記述され、そのつどの人間関係が記録されている。

この「実践記録」は、活動の予定表、いわゆる「プランニング」とは違い、活動の事後報告書である。「これから起こすこと」ではなく、「すでに起こったこと」を書くのが実践記録であり、根本的に、実践記録は、書き手に「反省」をうながす。「自分は何をしたのか?」、と。実践記録を書くことは、輝かしい未来や理想を描写することではなく、自分が既にしてしまったことを再度考え直すことであり、まさに「反省文」を書くことに限りなく近いのである。

しかし、単なる反省文であっては、実践記録には成り得ない。いわゆる「反省文」は、出来事の再現を目指すのではなく、自己の内的な省察を目指す。「申し訳なかった」、「すまなかった」等、自己を否定し、自己の至らなかった点を明文化することを行う。実践記録は、そういうことを目指すのではない。実践記録が目指すのは、「起こった出来事が一体どんなことだったのか」、「その出来事の意味は何だったのか」を言葉にして、「意味」を見出すことである。そして、偶然の一つの出来事を深く掘り下げることで、ただの一つの事例から、他の実践にも通用し適用し得る見解を示すことである。

この「他の実践にも通用し適用し得る見解」というのは、いわゆる「一般法則」とは違う。一般法則を見つけ出すことも、人間の知性にとって大きな意味をもつものではあるが、(教育・保育・福祉の)実践者の記録が目指すものではない。むしろ、一般法則を崩していくことが、実践者の記録の意義かもしれない。一般法則は、どの場面においても通用する規則・ルールのようなものであり、過去の反省ではなく、未来の規定を行うものである。一般法則は、過去の出来事の意味を明らかにはしない。一般法則は、過去・現在・未来といった時間性を超越し、過去の出来事を無化してしまうだろう。

だから、「他の実践にも通用し適用し得る見解」は、一般法則を見つけ出すことではない。むしろ、その見解は、他の実践においても、その実践を反省する手がかりとなるような言葉や見方や視点となるようなことである。他の実践者が、そうした見解を手にしたときに、その他の実践者が「なるほど、そういう意味(考え方)もあるのか?!」、と唸ることができるような記録ほど、よい記録となるのである。一般法則であれば、「なるほど、そうやればよいのか」、と言ってしまうだろう。

例えば、(一般法則化できず、他の実践においても通用するような)そういう見解として挙げられるのが、「愛すること」、「待つこと」、「対話」、「コミュニケーション」、「対人関係」、「意識」、「相互主観性」(主体性、受動性、感受性)、「逃走」、「基本的信頼感」、「多様性」、「個人と社会」、「コンピタンス」、「沈黙」、「実存」、「理解」、「変化(変身)」、「メタファー」、「模倣」、「遊び」といった概念であり、学術的な反省に耐えることのできる言葉たちである。

これらの概念は、実践的な事柄であり、人間の営みを無視して語ることのできないものばかりである。が、またその一方で、個々の人間の営みを越え出る事柄でもある。これらの概念は、ただ実践していれば必然的に手に入るものではなく、よく考え、よく学び、よく知ることを通じて、深い洞察へと変わっていくような概念ばかりである。当然、本を読んだり、他の実践者と対話をしたりしながら、ゆっくりと時間をかけて獲得する言葉であるし、また、こうした概念をもってのみ、他の実践者と相互に意見を交わすことも可能となるはずである。

実践記録の意味は、このように、一つの小さな身の回りの出来事から出発して、それを乗り越えて、他者との議論を可能にするような洞察やその手がかりを提示することにある。ゆえに、安易な一般法則や説教的教えやその出来事の原因(因果関係)の究明が、実践記録の果たす役割ではないのである。

実践記録を書く者に必要なのは、①実践をすること、②実践を振り返ること、③実践記録をていねいに具体的に細かく深く記述すること、これだけではなく、④おのれの実践において問題となることは何かを考えること、⑤他の実践と共通する(他の実践にも通用する)諸概念を探すこと、⑥他の実践者とそれについて議論することができるような言葉を見出すこと、⑦そうした言葉を語れるだけの知識や他者の言葉をもっておくこと、が必要になってくるのである。

実践者だからこそ必要な知識、実践者が記録を書くために必要不可欠な概念、そうした知識や概念をもっとしっかりと打ち出していく必要があるようにも思う。

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