2024.5.18.sat.
その朝、前夜の夜更かしが祟ったやや重い体に鞭打ちつつ、俊輔は営業後そのままにしてあったグラスを洗っていた。
そして、以前から曇りが気になっていたカクテルピンを入れたグラスを洗い直そうと思い立つ。
小さな本体と、埃除けの目的でそれに被せたやや大き目なグラス。
そのカクテルピンを立てた方のグラスから中身を一旦全部出すことにする。
俊輔は、その底に切れたゴールドのネックチェーンを忍ばせていることを、記憶力が心許なくなってきた昨今でもハッキリ覚えている。
勿論、それが何故切れたかも。
それは1979年の盛夏、とある日曜日の昼下がり。
俊輔がケイと暮らしてた埴生荘に突然訪ねてきた好造は、予期せぬケイの存在に驚いた様子。
俊輔は、隠すこともないので、事情を説明する。
そして三人でバドワイザーを飲みながら歓談していると、段々好造の話し方がなにやら剣呑になってくる。
俊輔は、好造から明らかに喧嘩を吹っかけられてるようだ。
初めはなんとなく往なしてた俊輔も『なんでそこまで言われなきゃならん』と段々腹が立ってきた。
そして、22歳の若い二人はついにその臨界点を超える。
表に出ろ!
なにやら陳腐なドラマの科白めいてるが、正しくそのままの言葉を吐いて、二人はアパートの外に出る。
どちらが先に殴り掛かったのか、それとも同時だったのか、それは判然としない。
すると、「二人ともやめなさい」と制止する男が登場。
見れば、隣の部屋の住人だ。
「悪いけど聞くとはなしに二人のやりとりは聞こえてきた。その上で、僕は西村さんは悪くないと思う」
好造に向かって「あなたが一方的に仕掛けた喧嘩だ、こんなのはおかしい」
と言いながら、二人を分ける。
それで二人は素直に喧嘩をやめる。
元々、どちらも憎しみがあった訳じゃない。
兎に角、好造は俊輔のことが許せなかったのだ。
俊輔にはその理由が判っていた。
好造は、俊輔が傷つけたリコの存在を知っている。
その上で、現状を目の当たりにして、腹に据えかねたのだろう。
こうしてネックチェーンは切れた。
それは、1978年の12月に西武新宿ペペの中にある宝石店で、お互いへのクリスマスプレゼントとして、二人で求めたものだった。
以来、二人はそれをずっとお互いの身に着けてきた。
その後、12.23.にケイは一旦東京を後にする。
でもその翌年の春、旅行の帰りに寄ったまま実家に帰らず、居ついたのだ。
俊輔はその切れたネックチェーンを大切に持って帰ってきた。
引っ越しのどさくさにも紛れず、置き場所を変えながらも、その存在を忘れたことはない。
ただ、記憶違いが一点のみある。
なんと、切れたままだと思っていたそれは、修復されていた。
誰かに直してもらった?
店に持ち込んだ?
なにはともあれ、件(くだん)のネックチェーンは健在だったのだ。
そこで、シルバーチェーンで身に着けていたモルダバイトのそれをゴールドに着けかえる。
次に切れるまではそのままでいようと。
あれから46年、今、俊輔はこんな風に思っている。
ケイ、キミのそれは今どうなってる?
もうそんな経緯すらも忘れてるかもな。
ボクは明日で68歳になるよ。
キミはもう少し後だね。
孤独な老人の域に差し掛かった今、それでも残った時間を噛みしめながら生きて行こうと思ってる。
そして、これが存外シアワセなんだよ・・・
Mr. サマータイム - サーカス
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