さて、蕎麦屋を始めたのは、60歳からです。今になって考えてみると、蕎麦屋の名前を「そば切り 一燈」と付けたのはよかったなァと思っています。いろんな店名を考え、あれこれ迷いましたが、でもどうしても自分の思いとピッタリ来なかったんです。
そんな時、仏典の中にある「貧女の一燈」という言葉が思い浮かんできました。貧女とは「貧しい女」と書きます。この話は、昔ヒマラヤに近いインドの祇園精舎というところに仏様がやってくるということで、その国の王様や大富豪達が燈明を焚くことになった。それを知った一人の貧しい老女は「私も仏様の説法をどうしても聞きたい、そして、少しでも仏様の通る道を明るくして差しあげたい。」と思い、その老女は自分の髪の毛を切ってそれを売り、油にしようとしました。そして、油売りの所へ行ったのです。油売りはそのけなげな老女の気持ちに感動し、少しばかり余計に油を手渡したそうです。そしていよいよ仏様の一行が祇園精舎に差しかかった時、風が吹いたり、雨が降ったり、油が尽きたりしてほとんどの燈明は消えてしまった。しかし、その老女の僅かばかりの燈明だけは朝まで消えずに灯っていたというお話しです。お弟子様が不思議に思い、そのことを仏様に尋ねると「信仰の厚いものの燈明はたやすく消えるものではない、その女性は、遠い未来のその功徳により素晴らしい仏になるであろう」と云われたそうです。「賢愚経」等に出てきます。この貧女の一燈のお話しが頭の中に残っていて、そうだ「一燈だ。」ということになりました。 続く。
そんな時、仏典の中にある「貧女の一燈」という言葉が思い浮かんできました。貧女とは「貧しい女」と書きます。この話は、昔ヒマラヤに近いインドの祇園精舎というところに仏様がやってくるということで、その国の王様や大富豪達が燈明を焚くことになった。それを知った一人の貧しい老女は「私も仏様の説法をどうしても聞きたい、そして、少しでも仏様の通る道を明るくして差しあげたい。」と思い、その老女は自分の髪の毛を切ってそれを売り、油にしようとしました。そして、油売りの所へ行ったのです。油売りはそのけなげな老女の気持ちに感動し、少しばかり余計に油を手渡したそうです。そしていよいよ仏様の一行が祇園精舎に差しかかった時、風が吹いたり、雨が降ったり、油が尽きたりしてほとんどの燈明は消えてしまった。しかし、その老女の僅かばかりの燈明だけは朝まで消えずに灯っていたというお話しです。お弟子様が不思議に思い、そのことを仏様に尋ねると「信仰の厚いものの燈明はたやすく消えるものではない、その女性は、遠い未来のその功徳により素晴らしい仏になるであろう」と云われたそうです。「賢愚経」等に出てきます。この貧女の一燈のお話しが頭の中に残っていて、そうだ「一燈だ。」ということになりました。 続く。