ライブドア事件を題材にしたコメントサイトがたくさんある。
南堂氏のサイト
きっこの日記(ホリエモン逮捕前)
きっこの日記(ホリエモン逮捕後)
ホリエモンの錬金術
こういうサイトを読むとそれなりに分かったつもりになるが自分の意見があるわけではない。むしろサイトの文章を読むたびに影響を受けていると思う。
冒頭の南堂氏のサイトは他とは異なる見方が面白い。比較的考え方が近いように感じる。彼の著書には「考えろ」と出てくる。情報を整理する事と自分の考えをまとめることは全く異なることに気づかされる。
一体自分自身はどのように考えているのか・・・わからない。
自分の意見が無い事に気づく。格好良く言うと「私は何も知らないことに気づいた」かもしれない。他人の意見を拝聴するとそれが真実と思いこみやすいが、そこに至る前に何故そう思ったのかと問い返すことが大事なのだろう。
こんな事を考え出したきっかけは「何故ふらいふぃっしんぐが楽しいのだろう」と問い直した事に始まる。その答えはまだ出ていない。
問い始めると危ない問いかけも出てくる。「何故働くのだろう」とか。
その辺の本を読めば得られる回答、どちらかというとそういうどこかに隠れている回答を探し出す様な思考を訓練してきたように感じる。
技術系職務はデータを基に矛盾がないように説明するという事が多い。そこで冒頭のライブドア事件を考えると余りにも判断材料(=データ)が少ないことに気づく。
これは意図的な情報操作を受けているのかも知れない。
得られたデータから判断するだけではなく、さらに隠されたデータを見いだしてそこの意味を推し量る事も必要なのだろうか。その考え方は文学だよなぁ。
南堂氏のサイト
きっこの日記(ホリエモン逮捕前)
きっこの日記(ホリエモン逮捕後)
ホリエモンの錬金術
こういうサイトを読むとそれなりに分かったつもりになるが自分の意見があるわけではない。むしろサイトの文章を読むたびに影響を受けていると思う。
冒頭の南堂氏のサイトは他とは異なる見方が面白い。比較的考え方が近いように感じる。彼の著書には「考えろ」と出てくる。情報を整理する事と自分の考えをまとめることは全く異なることに気づかされる。
一体自分自身はどのように考えているのか・・・わからない。
自分の意見が無い事に気づく。格好良く言うと「私は何も知らないことに気づいた」かもしれない。他人の意見を拝聴するとそれが真実と思いこみやすいが、そこに至る前に何故そう思ったのかと問い返すことが大事なのだろう。
こんな事を考え出したきっかけは「何故ふらいふぃっしんぐが楽しいのだろう」と問い直した事に始まる。その答えはまだ出ていない。
問い始めると危ない問いかけも出てくる。「何故働くのだろう」とか。
その辺の本を読めば得られる回答、どちらかというとそういうどこかに隠れている回答を探し出す様な思考を訓練してきたように感じる。
技術系職務はデータを基に矛盾がないように説明するという事が多い。そこで冒頭のライブドア事件を考えると余りにも判断材料(=データ)が少ないことに気づく。
これは意図的な情報操作を受けているのかも知れない。
得られたデータから判断するだけではなく、さらに隠されたデータを見いだしてそこの意味を推し量る事も必要なのだろうか。その考え方は文学だよなぁ。