深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

問い

2019-08-08 11:48:12 | 趣味人的レビュー

「読んでから見るか、見てから読むか」というキャッチコピーを流行らせたのは角川映画だが、私は断然「見てから読む」派だ。というか、私のモットーは「見てから読め、読んだら見るな」である。なぜなら映画は尺の関係で長大な原作を丸ごと映像化することが難しく、結局は原作の薄っぺらなダイジェストになってしまったり、原作の中のいくつかのエピソードをブローアップしただけものになってしまいがちだから。そういう意味では原作を全く知らなければ「面白い」、「いい作品だ」と思う映画が、原作を知っていて見ると「何じゃこりゃ…、これ“原作レイプ”じゃん」となってしまうのだ。

直木賞と本屋大賞をダブル受賞した恩田陸の『蜜蜂と遠雷』が映画化されて2019年10月から公開される、ということで、私はそれを見に行くつもりだったのだが、たまたま図書館で原作を見つけて読んでしまったため、その予定はなくなった。( ´△`)アァ-ア

さて、これはブックレビューなので、本来ならここで『蜜蜂と遠雷』の粗筋紹介と、読んでみての感想を書くべきところなのだが、その前に最近ちょっと思っていることがあって、それを前置きとして述べたい。それは「表面的に語られることは、あまり重要ではない」ということだ。これは人との会話でも小説でも同じだと思う。

では『蜜蜂と遠雷』が表面的に語っていることとは何だろう? それはもちろん世界的なピアノコンクールに出場する並外れた実力と才能を持ったコンテスタントたちと、それを審査する審査員たちの苦悩や葛藤、そして喜びの人間ドラマである。
ハードカバーで2段組500ページの大作だが、目は滑るように活字を追い、長さを感じさせない。私は恩田陸は他に3,4冊くらいしか読んだことはないが、これは群像劇として本当に書けていた。「○○賞受賞作」と鳴り物入りで宣伝されていても、読んでみたら意外にスカだったりすることも少なくないが、『蜜蜂と遠雷』に関しては2冠達成というのも十分頷ける作品だ。

だから読み終わった後、「あー面白かった\(^▽^)/。次は何読もう」でもいいのだが、それだけでは寂しいので、この『蜜蜂と遠雷』が表面的に語っていることの裏で何を突きつけているのかについて語りたいと思う。それは実は非常に明示的に、しかも繰り返し書かれていながら、物語の中に上手に埋め込まれているため、読み手はそのことをほとんど意識することなく巻を閉じてしまうだろうものだ。

コンテスタントの中に風間塵(じん)という少年がいる。この塵は、伝説の音楽家で生前ほとんど弟子を取らないことで知られていたユウジ・フォン=ホフマンの推薦状を手に、このコンクールの予選に現れた。他にコンクールへの出場経験もないどころか、自前のピアノすら持たず(今回のコンクールで入選すればピアノを買ってもらえることになっているらしい)、その演奏は天衣無縫で審査員の半分から反感を買うような塵の存在は、ホフマンの推薦状に書かれていた

文字通り彼は『ギフト』である。恐らくは、天から我々への。だが、勘違いしてはいけない。試されているのは彼ではなく、私であり、審査員の皆さんなのだ。(中略)彼を本物の『ギフト』とするか、それとも『災厄』にしてしまうのかは、皆さん、いや我々にかかっている。

という言葉そのもので、彼の存在は他のコンテスタントたちや審査員たちに衝撃と混乱を引き起こすと同時に、彼ら(特に一部のコンテスタントたちを)予想もしなかった高みへと引き上げていく。

こうした天衣無縫の天才が音楽コンクールに現れて…という話は一色まことのマンガ『ピアノの森』にもあるが(ちなみに、こちらはその天才が主人公)、『蜜蜂と遠雷』の風間塵は、彼自身は何も変わらないという意味であくまで触媒であり、他の登場人物たちに自身の存在を相対化させ再構築を迫る「装置」として配置されている。彼の存在は他の登場人物にこの問いを突きつけるのだ。

「あなたは誰ですか?」

そして、この問いと真剣に向き合い、答を出すことのできた者が、次なるステージに立つことができる。この時が突きつけられるのは実は読み手も同じ。だが、ほとんどの人はこの問いを意識の下に追いやり、この作品をただ「あー面白かった\(^▽^)/」で終わらせているのだろう。なぜなら、それに答えることは今の/今までの自分自身を全否定することにもなりかねない、怖い問いだから。だから見なかったことにして、意識化しないようにしてやり過ごすのだ。

かくいう私も、この問いにはまだ答えられていないから、人様に偉そうに何事かを語れるわけもないが、少なくともこのレビューを読んだあなたも、この問いを知ってしまった以上、何らかの答を出す必要があるのではないか? その際、まだ未読なら彼らがどんな答を出したのか参考までに知っておくのに、『蜜蜂と遠雷』を読んでみるのもいいだろう。

※これは「本が好き」にアップしたレビューを再録したもの。


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