この本が出版され、その内容を知った元首相・菅義偉は「ルール違反だ!」と叫んで激怒した──という話がまことしやかに伝わっている(本当かどうかは知らんが)。その理由は、この『孤独の宰相 菅義偉とは何者だったのか』の著者で日本テレビの記者、柳沢高志が、官房長官時代から菅の番記者として菅の懐深くに入り込み、その言動を間近で見てきた人物だったからだ。そしてこの本には、柳沢とのプライベートなやり取りを含めた、本来外に出るはずのない菅の言葉が明らかにされている。
日テレのアメリカ特派員だったのが急に官房長官番として政治部に異動になった柳沢を菅はことのほか可愛がり、柳沢が「菅長官をテーマにした本を書いてみたい」と話すと
一枚岩を誇ってきた安倍官邸の結束が失われ政策が迷走する中、当の安倍が体調不良を理由に二度目の政権投げ出し。そして間髪を入れず幹事長の二階俊博が流れを作り、菅政権が成立する。しかし、その菅もわずか1年で退陣を余儀なくされた。その間、その内側では何があり、どんなことが語られていたのか──それについては本書を読んでほしいが、これは単純な“内幕暴露本”ではない。そうならないよう柳沢が、菅を批判すべき部分は批判しつつも、持ち上げるべき部分は持ち上げ、非常に気を使って書いていることがわかる。だからこそ、こういう本を読む時は「何が書かれているか」という以上に「何が書かれていないか」に注意する必要があると思っている。例えば、菅の長男が絡んだ総務省幹部への接待疑惑について、この本は既に報道で明らかになっている事柄を淡々と述べているのみである(もちろんそれは、柳沢がそれ以上のことを何も知らない、ということかもしれないが)。
最後に、この本を読んで「最強の官房長官」、「鉄壁のガースー」の異名を取った菅の政権がなぜ1年で崩壊したのかについて、ふと思ったことがあるので、私自身の意見としてそれを述べておきたい。菅が首相に就任した当時、安倍が「安倍政権には菅官房長官がいたが、菅政権に菅官房長官はいない」と発言して話題になったが、その見方は間違っていたのかもしれない。菅は何かを構想したりするより目の前の問題を解決することを信条とする(逆に言えばそれしかできない)政治家で、自分の政権発足後も官房長官時代と同じように(あるいは、それ以上に)実務に邁進した。その結果、菅政権には加藤官房長官はいたものの、実質的には菅が官房長官を務めていたようなものだった。つまり菅政権には菅官房長官はいたが、首相がいなかったのである。
日テレのアメリカ特派員だったのが急に官房長官番として政治部に異動になった柳沢を菅はことのほか可愛がり、柳沢が「菅長官をテーマにした本を書いてみたい」と話すと
その数カ月後、菅は国会の廊下で私の姿を認めると、手招きして大臣室に呼び入れた。初めて入る大臣室に戸惑う私に、菅はソファに座るように指し示す。そして、向かいに座ると、腕を組んだまま顔を近づけた。そのくらい取材者として菅との密接な関係を築けた柳沢だからこそ、菅も他の人の前では漏らせない本音を吐露することもたびたびあったし、側近もとっておきの話を披露してくれていたようだ。例えば2019年の年末、岸田文雄がTV番組に出演して語ったことについて
「俺の本、書いて良いから。ただし、官房長官を辞めたときにな」
そのことだったのかと驚き、慌てて頭を下げる。
「ありがとうございます。でも、まだまだ官房長官を辞めないでしょうから、随分先の話ですね」
すると、ふっと鼻息を漏らす。
「今から書き溜めておけばいいから」
「岸田さんに驚いたのだけれど、BSフジの番組で『総理になって何をやりたいか』と聞かれて、『人事です』と答えたんだよ。(中略)そんなの当たり前のことなんだから。(中略)何もやらない、と言ってることに等しいよね」(中略)またこの頃、菅の事務方の話として、講演会の準備中に
「本当に(安倍)総理は岸田さんを後継指名する気があるんですか」
菅が首を横に振る。
「それをやっちゃったらおかしくなるよ。後継指名なんてするべきではない。みんなに支えてもらっているんだから」
「『次の総理を目指すのですか』という質問には、いつもの通り『まったく考えていません』という答えでいいでしょうか」しかし「モリ・カケ・桜」という安倍を巡る一大スキャンダルを何とか耐え凌いだかに思われた2020年、コロナ禍に見舞われた日本では、これまで「危機に強い」と喧伝してきた安倍政権が、本物の危機の前に機能不全に陥っていく姿を衆目にさらすことになった。
すると菅は、ニヤッと笑ったという。
「『俺と河野(太郎)と小泉(進次郎)で20年はできます』と答えたら、みんなびっくりするだろうな」
一枚岩を誇ってきた安倍官邸の結束が失われ政策が迷走する中、当の安倍が体調不良を理由に二度目の政権投げ出し。そして間髪を入れず幹事長の二階俊博が流れを作り、菅政権が成立する。しかし、その菅もわずか1年で退陣を余儀なくされた。その間、その内側では何があり、どんなことが語られていたのか──それについては本書を読んでほしいが、これは単純な“内幕暴露本”ではない。そうならないよう柳沢が、菅を批判すべき部分は批判しつつも、持ち上げるべき部分は持ち上げ、非常に気を使って書いていることがわかる。だからこそ、こういう本を読む時は「何が書かれているか」という以上に「何が書かれていないか」に注意する必要があると思っている。例えば、菅の長男が絡んだ総務省幹部への接待疑惑について、この本は既に報道で明らかになっている事柄を淡々と述べているのみである(もちろんそれは、柳沢がそれ以上のことを何も知らない、ということかもしれないが)。
最後に、この本を読んで「最強の官房長官」、「鉄壁のガースー」の異名を取った菅の政権がなぜ1年で崩壊したのかについて、ふと思ったことがあるので、私自身の意見としてそれを述べておきたい。菅が首相に就任した当時、安倍が「安倍政権には菅官房長官がいたが、菅政権に菅官房長官はいない」と発言して話題になったが、その見方は間違っていたのかもしれない。菅は何かを構想したりするより目の前の問題を解決することを信条とする(逆に言えばそれしかできない)政治家で、自分の政権発足後も官房長官時代と同じように(あるいは、それ以上に)実務に邁進した。その結果、菅政権には加藤官房長官はいたものの、実質的には菅が官房長官を務めていたようなものだった。つまり菅政権には菅官房長官はいたが、首相がいなかったのである。
※「本が好き」に投稿したレビューを採録したもの。
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