先生に土曜日からのオヤシラズの痛みを説明した。
右の奧齒で食事をしようとしても、左下のオヤシラズ附近の肉を噛んでしまつて、痛くて食事が出來ないこと。
お蔭で、2日間、まともな食事がとれず、流動食をとつてゐること。
先生は、オヤシラズに隣接する頬の内側を無造作にぐいと引つ張る。
痛さのあまり、からだがびくんとなつてしまつた。
先生曰く、「かうするだけで膿が出てくる」
「前に云つたけれど、自分でかうして膿を出すと少しは樂になるんだけどね」
先生、そんなこと痛くて自分ぢや出來ませんて。
おそるおそる訊いてみた。
「これ、やつぱり拔いたはうがいいんでせうか?」
先生、答へて曰く、
「それは拔いたはうがいい、もし拔くんだつたら 病院 を紹介するけど」
病院?
なんで?ここでは拔けないのか?
レントゲンを見せて説明してくれた。
私のオヤシラズは眞つ直ぐに生えてをらず、本來上にある部分が前齒の方向に向つてゐる状態。
つまり、横向きに轉がつてゐる。
それだけならまだしも、レントゲン寫眞を見るかぎり、オヤシラズと 顎下腺管 が接觸してゐる可能性がある。
顎下腺管を痛めないやうにしてオヤシラズを拔くのは、病院の口腔外科でして貰つたはうが安全だ。
なんだか、豫想外におほごとになつてきた。
拔くこと自體はやぶさかではないのだが、拔くタイミングが問題だ。
それに、拔いた後に痛みがなくなるまでどれくらゐかかるかも氣にかかる。
11月の前半にはひとり旅を目論んでゐるので、いまから紹介状を書いて貰つて、はたしてそれまでに完治してゐるのだらうか・・・
私は、はたから見てもわかるほど心配さうな顏をしてゐたのだらう。
先生、「まあ、炎症を抑へれば、とりあへずは大丈夫だけどね」
その提案に飛び付いた私。
ロキソニン(消炎鎭痛劑)とジスロマック(抗生物質)を頂いて歸つて來た。
2007年5月 、 2008年12月 と、2年半のわたつてお付き合ひしてゐるこの痛み、まだしばらくはお付き合ひすることになりさうだ。
右の奧齒で食事をしようとしても、左下のオヤシラズ附近の肉を噛んでしまつて、痛くて食事が出來ないこと。
お蔭で、2日間、まともな食事がとれず、流動食をとつてゐること。
先生は、オヤシラズに隣接する頬の内側を無造作にぐいと引つ張る。
痛さのあまり、からだがびくんとなつてしまつた。
先生曰く、「かうするだけで膿が出てくる」
「前に云つたけれど、自分でかうして膿を出すと少しは樂になるんだけどね」
先生、そんなこと痛くて自分ぢや出來ませんて。
おそるおそる訊いてみた。
「これ、やつぱり拔いたはうがいいんでせうか?」
先生、答へて曰く、
「それは拔いたはうがいい、もし拔くんだつたら 病院 を紹介するけど」
病院?
なんで?ここでは拔けないのか?
レントゲンを見せて説明してくれた。
私のオヤシラズは眞つ直ぐに生えてをらず、本來上にある部分が前齒の方向に向つてゐる状態。
つまり、横向きに轉がつてゐる。
それだけならまだしも、レントゲン寫眞を見るかぎり、オヤシラズと 顎下腺管 が接觸してゐる可能性がある。
顎下腺管を痛めないやうにしてオヤシラズを拔くのは、病院の口腔外科でして貰つたはうが安全だ。
なんだか、豫想外におほごとになつてきた。
拔くこと自體はやぶさかではないのだが、拔くタイミングが問題だ。
それに、拔いた後に痛みがなくなるまでどれくらゐかかるかも氣にかかる。
11月の前半にはひとり旅を目論んでゐるので、いまから紹介状を書いて貰つて、はたしてそれまでに完治してゐるのだらうか・・・
私は、はたから見てもわかるほど心配さうな顏をしてゐたのだらう。
先生、「まあ、炎症を抑へれば、とりあへずは大丈夫だけどね」
その提案に飛び付いた私。
ロキソニン(消炎鎭痛劑)とジスロマック(抗生物質)を頂いて歸つて來た。
2007年5月 、 2008年12月 と、2年半のわたつてお付き合ひしてゐるこの痛み、まだしばらくはお付き合ひすることになりさうだ。
良いですね!
やっと行けそうですか?
何よりです。。
人は誰だって一人で気ままに旅!
私もいつか、いつか必ず一人で行くーー!
9月の後半に家族3人で北斗星に乗って東京へ
行ったの。。
凄く楽しかったww
でも、いつか一人でゆーっくり
北斗星の旅。。したいなー
仙丈さん!応援してるよ~~ん^^
オヤシラズがおいたして、いたいねん。
まともなもんが喰へないのが悲しい。
でもダイエットにはなるかな?
北斗星て寢臺列車だよね?
私も大阪發のトワイライトに乘つて、北海道に行きたいなあ。
それでもつて、レストランでディナー!
いつかそんな旅をしてみたい。
今囘は近場で京都。
交通費が往復千円ほどで行けるのがいい。
その分、向ふで美味いものを喰はうといふ目論見。
ミシュランの星を獲得した店は無理にしても、私としては奮發するつもり。
食事のことばかり考へて、まだ觀光は考へてないのです。
もともと京都に5年もゐたしねえ・・・