こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

マリのいた夏。-【9】-

2022年12月09日 | マリのいた夏。

 

『きのう何食べた?』は、ドラマやってた時、何故かよくテレビのチャンネルが偶然あってた番組でした(風呂上がりにピッとリモコンつけたらそれだった、どっかから帰ってきてテレビつけたら……みたいなことが、4~5回あったのです)。

 

 でも、見なかった!!!「西島秀俊さんと内野聖陽さんがホモの話だっけ?でもべつにいいや。そーゆーの……」とか思ってたのです。いえ、今にして思えば、「馬鹿っバカッ!なんでその時見なかったのよ~ん。おんおん☆(←?)」とか思います。

 

 いえ、まだ1巻だけ無料で読んだだけなのですが……すっっごく面白かったので、たぶん2巻以降も買って読もうと思っています。きっかけはまあ、『窮鼠はチーズの夢を見る』を読んだあと、萩尾先生が『一度きりの大泉の話』の中で、

 

 >>「マイナーなジャンルだったのに、いつの間にか市民権を得、講談社の週刊誌『モーニング』によしながふみさんが『きのう何食べた?』というゲイカップルの日常をテーマにした連載を始めた時は、メジャーなジャンルになったなあ、と感心しました。その作品のサブキャラのニックネームが「ジルベール」です。よしながさんが竹宮先生のファンであっただろうことが読み取れます」

 

 と書いておられたのを思いだし……ふと、「西島秀俊さんと内野聖陽さんのどっちがジルベールだ!?」と、なんとなく気になったわけです(あ、でもサブキャラだから、また別にいるってことかな?)。

 

 で、わたしまだ1巻しか読んでないので、この謎(?)はまだ解けてないのですが……今はちょっと『7SEEDS』に夢中になってるので(まだ15巻までしか読み終わってません。でも続きが楽しみなので、じっくりゆっくり読んでいきます!ぐふへのひ☆)、その次くらいにでもと思ってます

 

 あ、なんでまだ1巻しか読んでないのにこんなこと書いてるかというと……今回本文のほうがちょっと長めなため、前文を短めに終わらせる必要があったからだったり(じゃなかったら、もっと色々書きたいことあったのに!^^;)

 

 それではまた~!!

 

 

     マリのいた夏。-【9】-

 

 キャンプ場へ到着してからわかったのは、今年はリムジン組の女子たちがペンションを借りなかったということだった。今回の宿営地は去年とはまた別の、グリーンパークリゾートキャンプ場というところであり……誰もゴルフするためにやって来た者はいないのだが、国内屈指のゴルフコースがあるキャンプ場として有名な場所だった。

 

 他に、温泉やサウナ、あるいは大きなウォータースライダー付きプールが近くのリゾートホテル内にあり、そちらは入場料さえ支払えば、隣接のキャンプ場の人々もホテルへの宿泊なしで、使用自体は可能となっている。

 

 つまり、リムジン組の女子たちはこちらのホテルの中でもスペシャル級五つ星ホテルへ最初から泊まる予定であり、近隣にあるオマケのような古いキャンプ場のことなど、最初から眼中にすらなかったわけである。

 

「マリ!もし暇があったら、少しだけでもこっち来ない?まあ、わたしたちのやることなんて、毎年大体同じで、バーベキューやって、ビール飲んで騒いで……みたいな、大体そんなところだけど、でも今年で高校最後って思ったら、早々みんな顔を合わせることだってもうないだろうし……」

 

「うん。それもそっか。でもロリ、逆にあんたがこっち来たっていいのよ。なんだっけ……スパとかなんか色んなコースがあるみたいだし、明日の昼間とか、みんなも誘ってプールで遊ぶとか。ただ、わたしは一応あんたの彼氏ってことになってる、ノア・キングのことは連れてきて欲しくないんだけどね」

 

「えっ!?そんなの無理だってば、マリ。ノア、一応おととしキャンプに参加してて、少しくらいは面識あるにしても……わたしがいなかったらほぼ赤の他人に囲まれるみたいになって、きっと居心地悪いだろうし」

 

「そう?キャンプの時っていっつも、野郎どもは野郎同士で『これは男の仕事だよなー』みたいな感じで、勝手にテントおっ立てて、バーベキューの焼き加減がどうだこうだやりだすじゃない。で、そこになんとなーく参加さえしとけば、オレたちゃ仲間だー、みたいなノリで、そのあとはビール飲んで篝り火囲んで騒いで……だから、ラースかライアンあたりにでも一言頼んでおけば、べつにどうってこともないんじゃない?」

 

「んー、それはそうかも、なんだけど……」

 

 荷物のバスケットを両手で持ったまま、ロリが困ったように首を傾げていると、最近モデルの雑誌にでるようになったというリサが、リムジンから降りてきた。ホットパンツ姿のリサは、眩しいばかりに白い美脚を容赦ない太陽光にさらしており、去年以上に輝くばかり綺麗だった。

 

「ロリー!わたし、あんたに会いたかったのよ。こっちのリゾートホテルに泊まれるようにしてあげるからさ、夜、遊びにきなよ。なんだったら、ノアとふたりきりで過ごせるようにしてあげることも出来るけど、どう?」

 

「リサ!余計なこと言わないでったら。わたし、デート前に歯みがきガムくちゃくちゃ噛んで、自分が匂ってないかどうか体臭チェックしてるような男とロリが一緒にいるってだけで鳥肌立つんだから!っていうか、あんたがそんな小細工したら、わたし絶対一晩中邪魔して、ノア・キングの奴とロリを一緒に寝かせたりなんかしないわよ」

 

(あっらー)というように、リサはシャネルのサングラスを外すと、ホットパンツのポケットにかけた。上は白のTシャツだったが、日本の可愛いアニメキャラがバックにプリントされている。

 

「まーねー、我が昔の義弟ながら、あいつ間違いなく頭おかしいわ。結婚するまで待つとか、むしろなんか怖くない?ていうか、わたしだったら絶対やだなー。結婚してからセックスの相性最悪とかわかるのって」

 

 リサはそのまま、エレノアやシンシアと一緒に、ピンク色のパラソルに囲まれた、薔薇色のリゾートホテルのほうへ行ってしまった。つい最近も、四人で東南アジアのほうまで卒業旅行へ行ってきたというのだから、きっと仲のほうは問題なくいいのだろう。けれどこの時、マリは本気で怒っているように見えた。

 

「ロリ、もしかしてあんた、結婚するまで待ってくれるような誠実な人間だから、ノア・キングとこのままつきあってもいいかなとか、そんなふうに思ってるわけ?」

 

「ち、違うよ。そーゆーことじゃなくって……うまく言えないけど、ノアはいい子っていうかいい人っていうか、とにかく、一緒にいてすごくラクなの。ただ、そんなふうに将来のこともちゃんと考えてるとか言われると……えーと、わたしが言っていいようなことじゃないけど、軽く重いかな、みたいな……」

 

 ロリの声はだんだん小声になっていった。そうこうするうち、向こうの真紅のセレナのほうから、「ロリー!そろそろ行くよお」と友人らの呼ぶ声がしてくる。

 

「じゃあ、とにかくまたあとでね、マリ!」

 

「…………………」

 

 ――ロリは、今年のキャンプにおいて、突然にして急激に何かが変わる出来事が起きるとは思っていなかった。ただ、高校時代の終わりを記念して、例年通りみんなでワイワイ騒ぎ、篝り火を囲んで思い出話に花を咲かせた最後、綺麗に星が輝く夜空を眺めることになるのだろう……何か漠然と、そんなふうに想像していたような気がする。

 

 けれど、実際には彼女が思ってもみないところで、それは起きた。キャンプ初日は、それこそ例年通りといったところだった。必要な分のテントを立てる仕事は、ほとんどの部分放っておいても男子たちがやってくれ、女子たちは指示されたとおり、「ちょっとここ、押さえててくれ」と言われた場所を押さえてみたりと、言われたとおりにしているだけだった。バーベキューについても、<男の仕事>を自負する彼らに任せておき、女性たちはタープテントの下あたりに集まると、アイスバーをかじりながらおしゃべりしているというところだった。

 

「ねえ、見てみて!このコーンピラーすごくない!?ほら、こうやってトウモロコシの粒を一気にざあっと簡単に取れるの。サラダ作る時、すっごく重宝するよ!」

 

 ドミニクがそう言って持参してきたコーンピラーでトウモロコシの粒を一気に削ぎ落とすと、テーブルを囲っていた全員が笑う。

 

「ドミ、あんた、まるっきり深夜の通販番組の回し者みたいじゃないの!」と、エリ。そう言う彼女の手には、アボカドの種を取るための便利グッズが握られている。ちなみに、99セントショップで買ったものだった。

 

「わかってないわね、ドミは」と、何故か勝ち誇ったようにオリビア。「こういうキャンプ場へきたら、トウモロコシは当たり前みたいにかぶりつかなきゃダメでしょ。あとは持ってきたフルーツのうち、冷やせるものは冷やしておかなきゃ……あ、でもスイカってフルーツじゃなくて野菜なんだっけ?」

 

 女子側では、いつも通りリーダーのオリビアを中心にして、主食であるバーベキュー以外のサラダやデザートを用意しておくといったところだった。

 

「でもさ、オリビア。ラースとあんなにラブラブだったのに……ただ距離が離れちゃうからってだけで、『これからはいいお友達でいましょう』なんて、割り切れちゃうもん?」

 

 エミリーが、サイダーバーにかじりつきつつ、本当に何気なくそう聞いた。

 

「……だって、しょうがないでしょ!一年に数回会えるかどうかで、遠距離続けられる自信がラースにはないって言うんだから。わたしはね、別れたくなんかなかったよ。でも、わたしにはエリやエミリーみたいに、ユト大へ合格できるほどの頭はなくても……国内で三番目くらいにいいって言われる大学には合格できたんだから、親がそっちへ行かないだなんて一生後悔するぞ、なんて言うし」

 

「オリビア……」

 

 不意に泣きだしたオリビアを見て、みな一瞬無言になった。

 

「ごめんっ!やっぱりわたし、まだなんか色々ツラい。だってあいつ、大学へ行ったら自分は絶対他の女の子に目移りすると思う、なんて言うんだもんっ。『一生ずっと一緒にいよう』とか、『子供は最低ふたりは欲しい』とか、結婚式はああするとかこうするとか……色々話しあってたあの時間はなんだったわけ!?高校卒業すると同時に突然、ハッと何か目でも覚めたみたいに、『君とのことはいい思い出だ』ですって!?あんた一体どういうつもりよって感じっ!!」

 

 ドカッ!とオリビアが包丁をまな板にめりこませるのを見て――彼女を慰めようとするのと同時、今年もバーベキューを囲む中心人物のようになっている、ラース・リンカーンのほうへ全員の視線が向かった。

 

 ラースが誰がどう見ても単純極まりない男で、オリビアに対しても、ただ(自分の気持ちとしてはそう思ってる)ということを、素直に恋人に告げただけなのだろうことはみんなわかっていた。また、初体験後の熱に浮かされたようなラブラブ期間が、ふたりの場合長く続いてもいたわけだったが、その時彼の口にした『永遠の愛を誓う』とか、『結婚したら子供はふたり以上は欲しい』といった話も、ラースの場合嘘をついていたわけでないのだろうことは、その場にいる全員が理解していることだった。

 

 男子側のほうで、「こっちはそろそろ用意ができたぞー!」と合図がやって来るのと同時、オリビアはまな板から包丁を引き抜き、目尻に浮かんだ涙をぬぐっていた。本人はしきりと「大丈夫だから」と言い、その後も<いつものオリビア>といったようにしか見えなかったとはいえ――心配になったロリは、(今夜マリのいるホテルのほうへ行くのは無理だな)と判断していた。

 

 実際、篝り火を囲みつつ、ビール片手に高校時代の思い出話に花を咲かせる仲間たちの輪から外れ……オリビアがいつになく早くテントへ引き上げるのを見て、ロリは彼女のあとを追いかけることにしていた。

 

「オリビア……」

 

 体を震わせて泣くオリビアのことを見て、ロリは彼女の傍らに座り込んだ。いつでも仲間内のリーダーで、明るくて賢くて優しい彼女は、クラスでも人気者だった。その上、容姿的にも美しいときたら、オリビアとつきあえる男はこの上もない幸せ者だろう――といったように、誰もが思っていたほどだ。

 

 そして、そんな彼女の心を射止めたのが、こちらも学年で目立つ存在のサッカー部のエースストライカー、ラース・リンカーンだったわけである。彼の欠点は、やや酒に酔いやすく、人より短気という点だったかもしれないが、それ以外では男子・女子どちらからも好かれるといったタイプの、単純でわかりやすい好青年だったと言える。

 

「つらいよ、ロリ……っ!!自分ではもっと、全然ヘーキな大人の女の振りを出来るかと思ってた。もちろんね、誰に相談しても言われることは大体同じだよ。ほら、大学へ行ったらきっともっといい出会いがあるとかなんとかいう話。でもわたし、ほんとはそのこともすごく不安なのっ。もちろん、車で日帰りできるくらいの距離ではあるけど……そこで、知りあいすら誰もいないのに、一からまた人間関係を築いたりなんだりしなきゃいけないんだよ。わたし、もしかして何か間違ったのかなあ。ランクを少し落として、ユトレイシア市内にあるどこかの大学を選んでたら良かった。そしたら、ラースとも別れなくてすんだし、みんなとだって一緒にいられたと思うんだ。この間もこのことでお父さんやお母さんと喧嘩しちゃうし……」

 

「オリビアはすごいよ。みんな、そのことはよくわかってる。わたしたち、中学でも高校でもずっと一緒だったじゃない。オリビアはいつでも、いじめられそうな子とか、立場の弱い子のことを守ってあげようとしたり……それでいて、優等生くさくなくてみんなから好かれるイケてる子だった。ねえ、オリビア。学年のほとんどの子がオリビアみたいになれたらなって、あんたはそんなふうに誰もが憧れる存在だったんだよ。だからみんな、気休めとかじゃなくて、オリビアなら新しい環境へ入っていってもきっとうまくやれるって、無責任に聞こえるくらい、つい簡単に言っちゃうんだと思うな」

 

「そう、かな。でもわたし、そんなすぐ次の彼氏とか探そうとすら思ってないよ。それに、『ラースよりもっといい男が』とかなんとか、そんな慰めの言葉、聞きたくもないし……ねえロリ、あんたはあんたで、あのノア・キングって男にほんとに決めちゃうつもり?」

 

 荷物や寝袋、毛布その他が置かれている五人用テントの内部をロリは一渡り見回した。寝ている時に小さな蜘蛛が床を張っているのを見てしまい、「ギャーッ!」と叫んで以降、虫がいるかどうか、無意識のうちにもチェックする癖がついてしまったらしい。

 

 もっともこの場合は、返答に窮するあまり、反射的に虫の姿を探してしまったということなのかもしれないが。

 

「んー、どうだろ……正直いって、本当にノアが初めての相手でいいのかなって思う部分はあるよ。だけどまあ、かといってわたし自身、選り好みできるほど美人ってわけでもなければ、特段スタイルがいいってわけでもないし……そう考えると、結婚なんてことまで視野に入れて、真面目に考えてくれるっていうだけでも、ありがたいって思わなきゃみたいな……」

 

「そうよね。ロリは絶対そういうタイプだと思ってた」

 

 オリビアが目尻の涙を拭いつつ、くすくす笑いだすのを見て、ロリは「どういう意味よお」と、あえて膨れてみせた。もちろん、わざとだ。

 

「だから、なんていうか……わたし、初めての相手がラースで後悔してないとはいえ、でも、向こうからガツガツくるようなプレッシャーみたいのはあったからね。周囲にも、なるべく早くヴァージンじゃなくなりたい、いつまでもヴァージンでいるのはダサいみたいな、根拠不明の空気がなんとなーくあったりするじゃない?そういうことでジタバタしないで、さっさと卒業しちゃえる子のほうがイケてるみたいな……あのね、ロリ。そういうのは結局全部錯覚だからね。わたし、もしこれから自分に娘ができたりしたら、絶対急ぐなって忠告すると思う。それにさ、最初の時には絶対『心から好きと思える男と』みたいに言うでしょ?でも、わたしとラースを見なよ。やっぱりこういうことって基本的に、女のほうが割食うように出来てるんだって。それに、わたし避妊しないでしちゃったこともあったし、これでもしうっかり妊娠しちゃってたりしたらどう?もう目も当てられないっていう話よ」

 

「う、うん……わたしはオリビアの娘ではなくても、今、すごく頼れるお姉さんみたいに思ってる感じかな。ほら、みんなこれから離ればなれになっちゃうところもあるけど、ネットで連絡取りあったりとか、なんだったらズームで全員集合!みたいにも出来るわけじゃない?これからもわたし、オリビアには色々相談にのって欲しいし、そういうのはみんな一緒じゃないかな。もっとも、オリビアのほうで大学生活が充実しすぎてて、『またロリから連絡きてる。最近ちょっとウザい』みたいにならなければっていう話ではあるけどね」

 

 このあと、オリビアとロリは互いに肩を寄りかからせ、なんとなく大笑いした。すると、テント前に人影が現れて、「ちょっとー、今年は夜更けの女子会がちょっと早すぎるんじゃないのー」と言いながら、最初にエミリーが、それから両手にビールを抱えたエリとドミが中に入ってくる。

 

「男どもは男どもで、篝り火囲ってハイになってるから、向こうは向こうで放っときゃいいわ」

 

 はい、とハイネケンを手渡されたロリは、リングプルを引いてぐいっと飲んだ。本当はロリにはまだビールの美味しさはいまいちわからない。でも、お酒が飲める人=ノリのいい人に分類される……ということくらいはわかっていたわけである。

 

「んで、オリビアとロリはなんの話してたの?」

 

「ああ、わたしたちね、ロリがいつノアと初夜を迎える予定なのかっていう話をしてたのよ」

 

 オリビアのこの言葉で、ロリは思わずビールを吹きそうになった。

 

「そんな予定ないってばっ!リサにも、ホテルの部屋用意してあげるからノアと泊まればみたいに言われたけど……そんなふうにまわりに言われれば言われるほど、むしろ萎える。まあね、自然と時が熟したらそれがその時だってわかるみたいな、わたしはそんなふうに思ってるんだけど……それって変?」

 

 ロリのこの言葉については、四人ともが納得し、猫好きのドミに至っては「うんにゃ」と首を振っていた。

 

「っていうか、わたし実はずっと前から気になってることがあるのよねー」

 

 足を崩しながらオリビアが言った。他のドミもエリもエミリーも、自分が持ってきた荷物に肘をついたり寄りかかったり、それぞれラクな姿勢を模索しはじめる。

 

「ほら、わたしたちの間で一体誰が一番最初に初体験すませたかといえば……それはマリなわけじゃない。高校からは別々になっちゃったけど、でもわたし、マリの出る試合にはロリやエリたちとも応援に行ったりしたし、一年目のキャンプの時にはマリも入れた仲間みんなで盛り上がったりもしたし……まあ、言ってみればナジミの友達なわけよね、わたしたちって」

 

 実をいうと、高校時代からの友人であるエミリーはこの<わたしたち>の中には含まれない。けれど、エミリーはそんなことをいちいち気にするタイプでないので大丈夫だ。

 

「それで、わたしもうラースと別れちゃったとはいえ、あいつとそういうふうになった時、みんなとは色々しゃべったりしたじゃんっ。この間、初めてキスしたとか、そういうラースとの間にあることは大体みんなにぺらぺら正直にしゃべってきたつもりだけど……マリとルークって、実際のとこどういう関係なのかなって、わたし前から疑問に感じるところがあって……」

 

「ああ、うんうん。オリビアの言いたいことは大体わかる」

 

 マリと特に親しい関係のロリとエリは口を噤んだが、ドミニクは割合あっさりした性格なので、能天気に応じていた。エミリーは男のようにあぐらをかいて、ビールをぐびぐび飲んでいる。

 

「ほら、あのふたりってようするに、セレブの秘密主義臭みたいのがぷんぷんしてくるのよ。あ、決して悪い意味で言うんじゃないのよ。これは本人たちがたぶん自覚してないことなんだと思うから、マリのせいでもなければルーク=レイのせいってことでもなくて……でも、わたしたちと一緒にいる時、マリもルークもそんなに話もしないし、『ほんとにこのふたりってカップル?』ってくらい、ふたりとも超クールなのよね。かと思ったら、テニスで本気でやりあって怒ってるマリと、軽くマリのこといなすルーク見てると、『ああ、なんだ。あのふたりってやっぱつきあってるんだ』みたいになる。ほら、ルークに対してはさ、わたしたちの間で王子さまみたいな感じで、女子たちはみんな彼のことが好きだったりしたわけじゃない。まあ、相手が生はんかな相手だったりしたら、その子は毎日替わるがわる誰かにジュースやらラテやらぶっかけられていじめられてたかもしんない。ところが相手があのマリなわけでしょ?しかも、生まれた時から隣同士の幼なじみ。マリが相手じゃもう、泣く子も黙るしかないみたいな?」

 

「えーっと、わたしさ、自分じゃやらないけど、テニスの中継とか見るのは結構好きなんだ」と、エミリー。「でさ、いつだったかな。あのルーク=レイのほうだったと思うけど……ダブルスの試合で勝ったあと、インタビューを受けてて、こんなふうに言ってたよ。『女子ジュニアチャンピオンのマリ・ミドルトンと交際されてるっていうのは本当ですか!?』みたいに聞かれて、『彼女は最高のテニスプレイヤーであるだけでなく、自分にとって最高のパートナーでもあります』みたいに」

 

「そっかあ。じゃやっぱ、わたしたちの間にいる時はクールに見せかけておいて、ふたりきりの時だけラブラブってことなのかな?わたしねえ、ラースのことでは結構マリに相談したりしたんだよ?でも、自分とルークのことに関してはあんまりしゃべろうとしないから、わたしだけぺらぺらラースのことしゃべったりして、なんか馬鹿みたいって感じの会話だったけど。でも、やっぱりそういう意味でもマリは賢いわけよね。わたしなんかさあ、初めての彼氏に浮かれまくって、手を繋いだだキスしただなんだ、馬鹿みたいにあんたたちにしゃべりまくってたもんね。だけど、アレよ。その時は別れるなんて思ってもみなかったけど……最終的にそうなるなら、本当はマリみたいに振るまえるほうが絶対いいってことなのよ」

 

「んー、ほら、マリはさ、あんまり小さい時から一緒にいすぎて、ルークのことは空気みたいに思ってるとこがあるんじゃない?でも、わたしの見たとこ、ルーク=レイのほうがずっと大人なのよ。マリは完璧猫タイプで気まぐれな感じでしょ?くっついてきたかと思ったら、急に離れてみたりっていう……そういうことにもきっと馴れちゃってるのよ」

 

 ――その後、話のほうは自然、別のことに移っていった。ドミニクが進学する先のテニス部には、高校時代から憧れていた先輩がいるという話や、大学生になったらしようと思っていること、イメチェンやファッションの話、入ろうと思っているサークルのことなどなど……ロリはこの途中、トイレへ行きたくなったせいもあり、席を外すことにしていた。

 

 外では、男子たちがだんだんに小さくなってきた篝り火を囲んで、なおも何か話しては大笑いしている様子だった。実はこの時、ロリは恋人のノアの様子が多少心配だったということもあるが、それより何よりルーク=レイの姿をほんの一瞬、ちらとだけでも見たいという気持ちがあった。

 

『彼女は最高のテニスプレイヤーというだけでなく、自分にとって最高のパートナーです』……エミリーが見たというその映像は、マリとルークの試合を全チェックしているロリにとっては、もちろん随分前に見たものではあった。そして、その録画しておいたものをしつこくマリをけしかけて見せもしたのだが――オリビアたちの言うとおり、確かにそういう時のマリの態度というのは超クールなのだった。

 

『ふう~ん。あいつ、わたしの知らないところでそんなこと言ってんの?でもロリ、べつにあいつの言うことなすこと、全部額面通り本当なんだなんて思う必要ないのよ。ほら、テニスだけじゃなく、他のスポーツ全般そうかもしれないけど……真っ白のテニスウェアの如き純白性というか、潔癖性を求められるところが、学生には特にあるじゃない?だから、実際には関係がビミョウって時も、とりあえず「オレたちうまくいってます。肩どころか腰まで組んじゃったりして。ハハハ」みたいにしとくほうが絶対得策なのよ。その後、もし別れたとしても、「まあ、ちょっとした行き違いというやつでして。あ、喧嘩とかは特になくて、話しあって円満に別れることになったわけで」みたいに、そんなふうに無難にしておくほうが世間様向けには絶対いいわけ』

 

 もっともロリは、こう思っていた。表面上、そんなふうには全然見えなくても、マリは照れているだけなのだと……きっとあとからルークを相手に、『よくあんなこと、テレビに向かって言えるわね!』とでも毒づき、『じゃあ他にどう言えってんだよ?じゃじゃ馬だけど、オレにとっては可愛いポニーですとでも言えってのか?』とでも話して――ふたりは笑いあい、抱きあってキスする……ふたりはきっとそんな関係性なのだろうと、ロリとしてはぼんやり想像するのみだった。

 

(そうなのよね。本当だったら……『ルーク、そろそろマリのところ戻んなくていいの?』とでも聞いてるところだけど、久しぶりに会ったそのせいもあるんだろうな。ルーク、ライアンとラースの間にいて、すごく楽しそうだし……)

 

 そしてその傍らで、何故かベンジャミン・モリソンとノア・キングが酔って上半身裸となり――互いの筋肉を自慢しあっているらしいのがわかって、ロリは笑った。そして、男子たちは男子たちで何も問題なさそうだと見てとり、彼女はほっと安心して、水飲み場近くにあるトイレのほうへ向かうことにした。

 

 キャンプ場のまわりを取り巻く散策路にもなっている小径は、夏の終わりと秋のはじまりを告げる丈高い草花で満ちていた。コスモスやダリアやナスタチウム、アキノキリンソウやワレモコウなどなど……そして、キリギリスや鈴虫などがリーリー鳴くのを聞きながら――ロリはその照明の少ない、月明かりに照らされた小径をゆっくり歩いていった。

 

 照明が少ない、などと言っても、管理事務所があって、そのまわりを自動販売機が囲んでいるあたりや、水飲み場やトイレのあるあたりなどは照明のほうが煌々と輝いており、その分蛾などの昆虫もうるさいくらいたくさんいた。けれど、ロリはトイレを済ませた帰り道、ふと小さなリスと出会った。がさごそがさごそがさっ!と小径の奥の草むらで音がしたかと思うと、ちょこん!と小径に姿を現し、ロリの姿を見ても特段驚くでもなく、次の草むらの中へがさごそがさごそがさっ!と飛び込んでいったのである。

 

 そしてさらに、その向こうに――やたら尾の太い犬のような生き物がいるのを見た。(う~ん。キツネ、かな。あの尾の太さは間違いなく犬ではないと思うけど……)ロリは一生懸命目を凝らしつつ、何かの案内でもするように、小径の先をゆくキツネのあとをついていくことにした。

 

(もちろん、わかってはいるのよ。あのキツネはわたしの案内をしてるわけじゃなくて、今ちらっと振り返ったのも、『なんだオメェ。何ついてきてんだ』っていう振り返りなんだろうなってことくらいは……)

 

 そう思いながらもロリは、時々振り返ってこちらを見るキツネのあとをついていくことにした。これはあくまでロリの予想だが、あのキツネは人に馴れているのだろうという気がした。おそらくは、キャンプをした人間が残していったゴミなどを狙って、このあたりを徘徊しているに違いない。

 

 だがその後、キツネはある一定の距離、一定のリズムで軽やかに歩いていったあと――突然小径から離れ、どこかへ行ってしまった。この時点でロリは、元いたテントのある場所からかなり離れてしまっていたが、それでも一本道をそのまま帰ればいいのであるから、そうした意味での不安はあまりなかったと言える。

 

(でも、このあたりの丘の中腹って、ほんとに綺麗だな……月光が森の樹木を照らすように縁取ってるだけじゃなく、星屑が落ちてきそうなくらい近く感じるし……)

 

 この次の瞬間、視界の隅を何か白い敏捷な生き物が走っていった気がして、ロリはドキッ!とした。(えっと、オコジョ!?ううん、違うか。もしかしたらイイズナかハクビシンかも……)ロリは再び暗闇に目を凝らすようにして、その小さな白き獣の姿をはっきり見ようとした。けれど、相手の足があまりに速すぎて、結局のところ草むらに入りこまれてしまい、動物の名前までは判然とせぬまま終わった。

 

(ええっと、向こうはもう完全にゴルフコースに入っちゃうから、敷地内に入ったりしちゃ駄目と思うのよね……)

 

 そう思いつつも、ロリは月光の魔法にかかったように、その先の道のほうへ進んでいった。ゴルフコースへ入り込む直前で、小径はT字路になって分かれている。ロリは一瞬迷ったが、元きた道を戻るのが無難だろうと彼女が考えたその時――ザザッ!ザザッ!ガサササッ!!という音が、ゴルフコースへ通じる奥の林のほうから聞こえてきた。

 

(うわあ。鹿さんだあ……)

 

 鹿など、ユトランド国内において、特段珍しい動物というわけではない。けれど、ロリは昔から鹿という生き物が好きだった。しかもその時現れた、七頭ばかりもいる鹿は、緑あふれる樹木をフレームにして、紺碧の空に星屑が輝く中、もぐもぐ食事をしており――その姿は、ロリの心にある種の神聖な喜びを呼び覚ました。

 

 そのあとは、ただじっと鹿が食事する姿を眺めていたのだが、それでも一頭の鹿がロリの存在に気づくと、「ピィ!」と他の仲間たちに警告の鳴き声を発し、七頭いた鹿はそこがゴルフコースとも露知らぬまま、駆け足で芝生の上を走っていった。

 

 そして、鹿がいなくなった林のフレームの中には今度、白い鳥のような何かが飛んできた。(えっと、今度は何かな……)ロリがそう思い目を凝らしてみると、それは白いフクロウかミミズクであるように見えた。(わあ。テレビのドキュメンタリーでは見たことあるけど、実物見るのは動物園以外では初めてかも……)ロリがそんなふうに思っていた時のことだった。ぽん、と肩に手を置かれ、ギクッとする。

 

「わっ!わっ、わわわっ!!」

 

 反射的にその場から跳びすさることまでしてしまい、ロリは次の瞬間真っ赤になった。何故なのかはわからなかったが、肩に手を置いてきたのはルークだった。

 

「……なんかオレ、もしかして痴漢か何かと間違えられてる?」

 

「うっ、ううんっ!ち、違うよっ。ほら、わたしいつもぼんやりしてるから、ちょっとびっくりしたっていうそれだけ」

 

「何してんの?って聞くのもなんだけど……オレはさ、ロリがひとりでトイレに行くみたいだったから、ついて来たんだ。あっ、もちろん変な意味じゃないよ。いつも夜は女の子ふたり以上でトイレ行ったりするのに、君がひとりでどっか行こうとしてたから、声かけようとは思わなかったけど、自分もトイレ行くついでに……えーっと、見守るっていうのもなんかキモいけど、ロリはマリにとって一番大切な友達だってわかってるからさ」

 

「う、うんっ。なんかありがと。そうだよねえ。キャンプの時、篝り火囲んでみんなでしたホラー話、わたしも忘れてたってわけじゃないんだよ。こういうキャンプ場で死んだ人の霊が出てきてどーのっていう話……でも最後には、実際に向こうがナイフで刺してきたことで、相手が霊じゃなく実物の殺人鬼だってわかるっていう」

 

「やれやれ。エイドリアンがしたそんなホラー話覚えてたのに、よくこんな暗い夜道をひとりでやってくる気になったね。っていうか、オレはどっちかっていうと、『突然草むらから変質者AとBが現れたっ!』みたいな展開を心配しちゃったよ。ええと、オレの母さんがアンジェリカにしてた話によると、そういう奴らの犯行っていうのは実に素早いんだってさ。時々、レイプされるってことは、多少同意なり女性の協力があったはずだ……みたいに、法廷で争われることがあるだろ?でも、その一点のみをはっきりした犯行の意志を持って、特にマッチョ系の男が行った場合――まあ、あっという間だっていう話だったんだ。だから、女の子は気をつけなきゃダメなのよって、母さんはよくアンジーに言ってたっけ」

 

「…………………」

 

 ロリは黙り込んだ。これが他の男の子が相手なら、(わたしを襲う物好きなんていないよおっ!)とでも言って、速攻茶化していたことだろう。けれど、憧れの王子ルーク=レイの口から『レイプ』などという言葉がでてきただけで――ロリは何故だか返答に窮してしまう。

 

「ああ、ごめん。変な話しちゃったね。ほら、うちの母さん、父さんと同じ法学部で、結婚したあとも暫く弁護士事務所で働いたりしてたから、そういうレイプ被害の女性の弁護とか、したことあったらしいんだ。なんにしても、ロリって案外勇気あるよな。オレだったらこんな暗い道、泥棒にでもホールドアップされたら悪いのはこんなところをフラフラしてた自分のほうだとか思って、そんなこと絶対できないよ」

 

「う、うん……なんか、月に照らされた夜道がとっても綺麗だなって、ちょっと馬鹿なこと思っちゃって。そういえばルーク、ラファエル・コンラッド大の合格おめでとう。えっと、確か経済学部だったよね?でも、もしかしてMBA取得後、法学部へも進もうとか思ってたりする?」

 

「いや、そのあたりは全然だよ。ほら、うちの親父は表面上全然そう見えないけど、とんでもない守銭奴のタヌキなわけ。法学部へ進んだのも、おじいちゃんから相続した財産をいかに守って効率的に使うかとか、そのあたりのことを学びたかったからというね。オレが経済学部選んだのは……むしろあまり学びたい分野じゃなかったからなんだ」

 

「どういうこと?」

 

 普段、マリとルークと自分、あるいはマリとルークとエリと自分といった顔ぶれでいる時、ここまで突っ込んだことをロリはルークに聞いたり出来ない。それに、ルークのほうでも『普段こんこなことを考えている』といった話をすること自体あまりない。それだけに、ロリはルークが本音をそのまま話しているというだけで、妙に胸がドキドキしてしまう。

 

「んー、ほらまあ、オレら今大体18?で、おじいちゃんもおばあちゃんももう亡くなってるんだけど、祖父母がオレに残した信託財産をオレが相続できる予定なのが、約三年後の21歳になった時なんだ。でも今のオレじゃ、それをどういうふうに使うのが一番世の中のためになるのかとか、そういうことがまだ全然わかんない。ロリは知ってる?今のオレらの世代で手っ取り早く金儲けする方法が何か」

 

「えっとお。ユーチューバーになるとか……あとは、なんだろ。フェイスブックとかインスタグラムとかティックトックとか、そういうのの新しいフェーズを生みだすとか……」

 

「そっか。目指せ、第二のビル・ゲイツ、第二のマーク・ザッカーバーグ、第二のアップル創業者ってところだよな。でもなんか、リサーチ会社の調査によると、それは飲食店のチェーン店なんだって。たとえば、某エムドナルドとか、某サンダース大佐の鶏肉店とか……なんだったら、新しいピザのチェーン店でもいいのかもしれない。とにかく、誰が作っても大体同じ味になる手順を確立させて、それをなるべく幅広く色んな場所で売っていくというね。これが比較的リスクが少なくて、一番儲かる方程式に確率としてもっとも近いってことなんだけど……まあ、夢がないよな。オレにしても、ユトランド国中のそんなチェーン店を抜き打ち的に見てまわって、『味が落ちてるぞっ!』なんて、二十年後にやってる自分を想像しただけでゾッとする」

 

「う、うん。そ、そっか……じゃあルークは、これから相続した財産をどういった形で夢のために使うか、大学へ通いながら勉強しようと思ってるってことなんだね。すごいなあ」

 

 この時、一瞬ルークが足を止めたのか何故だったのか、ロリにはわからなかった。「……………?」と思い、ただなんとなく後ろを振り返る。

 

「どうかした、ルーク?」

 

「いや、なんでもない。ただ、うちは曽祖父がホテル王と呼ばれる人だったってことにはじまって、叔母にファッション・ブランドの創業者がいたりとか、本人にそういう何かの才能がなくても……その周囲にいるってだけで、おこぼれに与ってただダラダラ暮らしてる親戚連中が何人もいるもんでね。それで母さんはさ、『人生に目的を持て』ってことを、兄のマーカスにも姉のアンジーにも、もちろんオレにも口を酸っぱくして小さい頃から言ってきた。でもオレ、今もよくわかんないよ。自分の本当の夢が何かとか、世の中の役に立つ人間になるのがどんなことなのかとか、そういうことがね」

 

「そんな……ルーク、わたしたちもう十八なのかもしれないけど、まだ十八年しか人生やって来てないんだよ?それに、これからようやく大学に入るところでもあるんだから、まだ考える時間はたくさんあるじゃない。ね?」

 

「う、うん。そう、だよな……そういえばロリは、ミネルヴァ大で何を学ぶ予定なんだっけ?」

 

 実をいうと、そのことについてルークは、マリが何か色々熱心に語っていたのを覚えていた。けれど、セックスしたあとのことだったので、何やらぼんやりした記憶の残骸しか残っていない。

 

「えっとね、専攻が美術コースなの。出来れば第一希望は司書で、第二希望が学芸員なんだけど……どっちも狭き門っていう感じ。文藝とか美術に関係した仕事が出来たらわたし的には幸福なんだけど、同じこと考えてる人っていうのが、この世の中にはたくさんいるわけだから。もちろん、そのこと自体はとても素敵なことなんだけどね」

 

「そっか。世の中ままならないな。オレは自分のなりたいものや夢がわからないから、とりあえず金の使い方学びに行くって感じなんだけど、ロリみたいに将来のイメージが明確でも――それになれるとは限らないってことか」

 

「うん。でもこれから自分なりに、精一杯がんばってみるつもり。ルークもきっと、大学で色々勉強してるうちに……新しい何かが見えてくるんじゃないかな。あ、でもMBAを取得するってことは、大学院まで進学するっていうことだよね?」

 

「まあ、一応ね。大学の四年で、退屈で死にそうになってなければその予定っていうか……」

 

 キャンプ場まで戻ってきてみると、篝り火のまわりでは酔い潰れた男たちが追いはぎにでも会ったかというような状態で、てんでんばらばら、地面に倒れこんでいた。ルークは「やれやれ」と言いながら、ひとりひとり起こしていって介抱したわけだが――その中に、ノアの姿がないことに、ロリはふと気づいたのだった。

 

「いや、あいつが寝る予定のテントにもいなかったよ」

 

 ロリは急に何かが心配になり、ベンジャミン・モリソンが大きな体を折り曲げるようにしていびきをかいているテントをちらと覗いて見た。そして気づく。ノアのノースフェイスのリュックがないらしいということに。

 

(っていうことは、トイレとか水飲み場にいるってことでもなさそうだし……)

 

 そんなふうに考えを巡らせつつ、ロリがエイドリアン・ランドンの体を揺すって起こそうとした時のことだった。目をこすりながら起きてきたクリスが、ロリの代わりにエイドリアンの体を引き受けながら言う。

 

「そういやノアの奴、ローズクォーツ・ホテルのほうから電話がかかってきて、昔の義理の姉貴に呼びだされたみたいなんだ。で、なんかちょっとそっちに行くって言ってたっけ」

 

「ほんとに!?そっか……じゃ、心配しなくても大丈夫かな」

 

「うん。大丈夫じゃないかな。ほら、あいつ男だし、高校時代は寮で三本の指に入る筋肉マンだったとか、意味のない無駄な自慢してたし……それに、ローズクォーツ・ホテルなら歩いて大体十五分くらいなもんだろうし。たぶん」

 

「そうだよね」

 

 クリスが「こっちのことはぼくとルークに任せとけ」と言うので、ロリは女子たちのテントのほうへ戻ってきた。するとそこでは、女たちが缶ビールを脇に置いたまま、おかしな姿勢のままぐーすか眠っていたり、持ってきた寝袋を枕にして寝入っていたりと……みな薄着なので、そのまま放っておいたら風邪をひいてしまいそうだった。

 

「ちょっとみんなー、起きてよお。このあたり、夜明け頃はたぶん気温下がって寒くなるよお。で、昼間は結構また暑くなってくると思うけど……ユトレイシアから三時間半も距離あるから、疲れたのはわかるけどさあ」

 

 ロリは、エリ、エミリー、ドミ、オリビアの順に起こしていったが、昼間の運転で疲れていたのかどうか、オリビアだけは何をどうしても起きなかった。「えっ、ロリあんた、そんなお泊まり歯ブラシセットなんか持っちゃって、一体何するつもり!?」と、ドミなどは寝ぼけるあまり、自分でも何を言っているかわからない状態ですらあった。

 

「もちろん、寝る前の歯磨きと洗面に行くのさっ」

 

 ロリは何故か演技がかった調子でそう言った。

 

「ほら、みんなも一度、重い体起こして外に出てみようよ。そしたらもう頭スッきり、眠気もスッきりって状態になるよ。男の子たちは歯も磨かず、顔も洗わず、そのまま寝るってことにしたみたい。でもわたし、明日の朝、地獄みたいな油ぎった顔と自分の口臭で目覚めたくないもん」

 

(何よりそんなところ、ルーク=レイに見られたら死んじゃうっ!)とまでは、ロリにも言えない。けれど、ロリのこの言葉に、少なくともドミニクはハッとしたようだった。エリもエミリーもノーメイクだったが、ドミは睫毛に至るまで、バッチリメイクをしていたからだ。

 

「わかったよう。わたしもロリと一緒に水飲み場にいく。っていうか、メイク落とさないで寝ると、わたしの場合、明日には肌が乾燥してカピカピになっちゃうの。試合の時はいつも日焼け止め塗りまくらなきゃなんないし、ほんと、お肌は大切にしなきゃね」

 

 面倒くさがりのドミが、がさごそ自分のリュックから洗面道具を取りだすと、何故かエリもエミリーもゾンビのようにドミの行動を真似、無言でロリのあとをついてきた。ところが、水飲み場へ向かうかなり早い段階で、三人ともだんだん生きた人間に戻ってきた。おそらく外の新鮮な空気に触れ、それを肺いっぱいに吸いこんだからだろう。眠気で淀んでいた眼差しは、空の星々を反射するように美しく輝き、話すことのほうもかなりのところ意志疎通出来るまともなものにまで回復した。

 

 こうしてロリとエリとドミとエミリーの四人は、歯を磨いているにも関わらず、その最中もきゃいきゃいしゃべり、お互いの洗顔料を交換して使ってみたりと、笑いながら水飲み場から戻ってきた。テントではまだオリビアがいびきをかいて眠っていたが、そんな彼女にタオルケットをかけ、ドミなどはメイク落としシートを使ってオリビアの顔まで拭いてあげていた。「あんた、明日の朝、絶対わたしに泣いて感謝するわよーう?」などとつぶやきながら。

 

 洗顔を済ませたことですっかり酔いも覚め、四人はオリビアを起こさないために、その後もこそこそ小さな声で話を続けた。そうこうするうち、一人、また一人と順に寝入ってしまったわけだが……ロリはノアのことが多少気になっていながらも、女の子同士で話すのが楽しく、また、二度とこんな時間を持てないかもしれないとの思いもあり――電話したりするのは明日でいいだろうと思ったのだ。一応、ふたり専用のチャットアプリのほうには、『オレ、リサに呼ばれたからちょっとホテルのほうへ行くけど、気にしないで眠ってくれ。おやすみ』というメッセージが残っていた。だから、『わかったよーん。また明日ね!おやすみ』と、ロリのほうでも簡単な返信をするに留めておいたのだ。

 

 そして、この日の夜に起きたことの重要性について……ロリが理解することになるのは、これよりもっとずっとあとのことということになる。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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