こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

マリのいた夏。-【22】-

2023年01月16日 | マリのいた夏。

【もっとマシなおもちゃ持ってこんかい!】

 

 今回こそ『嵐ヶ丘』のことについて……と思ったんですけど、ちょっと全然別のことについて書きたいと思いました(^^;)

 

 その~、世の中にはどうも『ルッキズム』なる言葉があると、ついこの間知りまして。んで、『ルッキズム』というのは簡単に言うと「見た目重視主義」とか、「外見至上主義」のことを指すそうなのですが、少女漫画の世界にもそれがある、みたいな話だったんですよね。

 

 もしかしたら少しくらいは例外があるかもしれませんが、まあ確かに少女漫画の世界で不細工な主人公同士が結ばれるとか、とりあえずほとんど見たことないかな、とは思います。もちろん人気でるのは美少女キャラや美形キャラだし、「十人並みの容姿の主人公」という設定の場合でも、画面上は可愛いというのが少女漫画のお約束。。。

 

 それの一体何が悪いのかよくわからなかったのですが、たぶん「そうした<美>以外は認めない」と規定されていることに疑問を持たないままでいいのか……という、おそらくはそういうことなのかなって思いました。で、わたしその話を聞いてて、「そういえばそれは小説でもそうかな」と思ったわけです。わたし、自分の書いてる小説に美形キャラをよく採用してますが(笑)、これはただとにかく説明が面倒くさいためです。どういうことかというと、その昔、わたしが小説を書きはじめた頃――「どうもこう、可愛い女の子ばかりとか、格好いい男の子ばかりが登場するって、なんかなあ」と思い、たとえば、容姿的にブス目だけど、こういうユニークな女の子だよ、みたいなキャラとか、不細工とは文章に書いてないものの、容姿的には十人並み以下なんだけど、こういう面白い男の子なんだよ……みたいなキャラを書く場合、すごく長々とエクスキューズ(言い訳)しなきゃなんないというか、そのあたりの描写を細かく書かなきゃいけないわけです。

 

 で、そんなふうに骨折ったにも関わらず、そういうキャラって「美形」って簡単に書いてあるキャラほど、よっぽど面白い書き方しないと人気が出ない(笑)。逆に、女の子なら細かく容姿について描写しなくても、「可愛い」とか「美人」っていうことをなんとなく匂わせておくとか、男の子というか、男性キャラは美形とか格好いいって設定にしておけば、あとは読む方の側で容姿なんていくらでも好きなように想像してもらえるわけです。

 

 わたし、このことに相当昔に気づいてから、太ってるけど、こんなにチャーミングな女の子とか、十人並み以下の容姿かもしれないけど、こんな性格のいい男、そう滅多にいるもんじゃない……とか、脇役ならありでも、あんましそうした設定は採用しないほうがいいんだなって思ったわけです(あ、あくまでもこれは読者さんの受け的なものから間違いなくそうだと確信したという意味です^^;)。

 

 ちなみにわたしが文藝界の不細工カップルでパッと思いだすのが、『ジェイン・エア』の主人公のジェインと、彼女と結ばれるロチェスターでしょうか。でもこの場合でも映画などの影響によって、ジェインは美しい女教師、そんな彼女に実は結婚していながら惹かれるロチェスター……みたいなイメージを持ってる方は多い気がします(あ、わたし映画見てないんですけど、映画のパッケージとか配役見る限りそうとしか思えない・笑)。

 

 でも、ジェインは不細工という設定らしくても、読者は彼女に共感して文章を読み進めるため、「彼女は美人だ」というか、そうした容姿を思い描きつつ小説を読んでいくことになるし、ジェインの恋するロチェスターにしても、ショボい中年男というよりも、不思議とそこそこ魅力的な色男的イメージをなんとなく持っているのが不思議です(^^;)

 

 最終的に何を言いたいかというと、『ルッキズム』というその話を聞いた時、「よく時代もここまで来たなあ」みたいに思ったんですよね。これも自分的に勝手に想像するに、たぶんブラックライブズマター運動とか、遡ると人種差別にその根底があるのかなって想像したりしました。つまり、白人に生まれるか黒人に生まれるかといったことは本人に選べないわけですし、白人も黒人も東洋人も平等に同じ権利を持つのが当然である……といったことを考えていくと、そもそもそうした「差別が生まれるのは何故か」と言えば、肌の色の違いに関してはとにかく見た目、白人と東洋人の違いというのも、まあ見た目や持っている文化や宗教その他の違いによって差別を受けるっていうことなわけですよね。

 

 でも、実際には仮にそのあたりを平等にしようとしていった場合――さらに細かく見ていくと、同じ白人同士でも差別があったり、黒人同士でも、東洋人の間でも差別がある。そうした差別の源を遡っていくと『ルッキズム』ということがあるよ……という、そうした話なのではないだろうか、と連想的に思ったわけです。

 

 つまり、白人や黒人や黄色人の間で差別をなくそうと思ったら、まず見た目で差別しないというのが当然あり、そうなると肌の色のみならず、美形か不細工かなどで差別するのもおかしい……という、そうしたところにまで行き着くということなんではないだろうか、と。

 

 まあ、理屈でそう説かれても、結局のところ世の中はビジュアル強者とビジュアル弱者とその中間くらいに分かれるわけで、今後ともそのラインは大して動かないだろうなって自分的に思っていたところ、今は『ルッキズム』なることについて、そうした考え方が浸透しつつある――といったようなお話を小耳に挟んだわけです(^^;)

 

「ブス・デブ・チビ・ハゲ……」などなど、そんなふうに人に言うのはよくないみたいに一応言われはしても、結局陰でそう言ったりするのは大して変わりないのでは、と思ったりもするのですが、この考え方を押し進めていくと、可愛い人にも可愛いと言ったり、美人な人に綺麗だね~と言ったりすることも出来なくなってくるのだとか。。。

 

 いえ、不美人な人にブスって言ったり、太ってる人にデブって言ったりするのは良くないのはわかるけど、「可愛い人に可愛い」とか、単に事実として言いたくなるのはまあ普通ですよね。でも、そのあたりの基準っていうのは、白人の方や黒人の方や、あるいは黄色人が自分の肌の色を選べないように――あくまで本人が自分の意志で選択したものが基準になるそうです。たとえば、髪の色のカラーリングの色について「その色いいね」とか、そういうのは自分で選んだことだからOKだけれど、「特に自分で選んでいない」、「選べない」事柄について褒めたりけなしたりするのはNGという、そうしたことになるらしく。

 

「なんだ、それ。面倒くせえな」とか、「そんなこと言ったって、結局美人や可愛い子がちやほやされることに変わりないよ」という気がしたりもするのですが、そうした「本当の平等ということを突き詰めていくと、そうしたところから変えていかないといけない」……といった思想というか、考え方が若い人を中心に少しずつ浸透していくかもしれないっていうことに、結構驚いたというか(^^;)

 

 何故かというと、こういうことってほんと、LGBTQIA問題などもそうだと思うのですが、その昔はLGBTとかBLM運動とか、そうした言葉自体なかったと思うんですよね。でも、その記号のような名称を見ただけで、今は多くの方が理解しており、「もっと社会はこうなるべき」っていう理想の形は一応見えていて……少しずつでも時代がそうした正しい方向へ向かっていくのに、これからさらに時間がかかるにしても――『ルッキズム』という考え方についても、今後どんどん良いほうに変わっていくことについて希望があるんだなあと思ったりしたわけです。

 

 いえ、簡単にいうと「今の若い人ってすごいなあ」と驚かされることが本当に多いっていう話なんです。人種差別にしても環境問題にしても、より純粋な、なんのおかしな刷り込みもない世代へと順に替わっていくことで……確かに世の中は少しずつでも変えていくことが出来るんだっていうことに、まあいい年したおばちゃんとして、ちょっと感動したというような、そんなお話でした(^^;)

 

 それではまた~!!

 

 

     マリのいた夏。-【22】-

 

 ルークとマリとミッシィが三人でランチを取ったあとも、三人の間では会話が途切れることなく続いた。マリやミッシィのLGBTQIAに関する活動のことや、フランスやドイツ、イギリスなど、ヨーロッパでの暮らしのことについて……ルークは、中・高時代の友人たちが今どうしているかの近況について話し、それから自分の家族のことや、マリが距離を置いている彼の家族についても、自分が知る範囲のことを話したりした。

 

「へえ。じゃあ、ルークの親父さんの一生治らないと思われていた浮気癖は、もしかして今、治りかけてるってことなのか?」

 

 マリはピーチ&ライチのアイスティーを飲みながら、ロリの母親が焼いてよく持ってきてくれるというスコーンを食べた。他にイチゴのシュークリームやポテトサンド、アップルパイなどが当たり前のように出てきたところを見ると……そもそもよくある来客のために、こうしたものを普段から用意してあるということなのだろう。

 

「いや、治ったとはオレも思ってはいないさ。ただ、去年法廷で熱弁を振るっていたらば、突然心臓発作を起こして倒れちまってな。何分、そんな状況にあってさえ、病院で美人の看護師をチェックして口説こうとするような親父だから……母さんがまた血圧上がってぶっ倒れなきゃいいがと思ってたんだけど、本当に今度ばっかりはすっかり弱っちまったんだな。『すべてオレが悪かった』、『今までこんないい妻を持っていたことに気づかなかったなんて、オレはなんて馬鹿な男だったんだろう』みたいに、涙を流して悔い改めたらしい。けどまあ、今までが今までだからなあ。心臓の手術をして再び元気になったら、またモリモリ浮気しはじめるに決まってる――と、オレも母さんもアンジーも思ってた。けどまあ、可愛い看護師さんに色目を使って口説くこともないし、『何か困ったことがあって弁護が必要になったら電話してくれ』なんて言って、自分の名刺を渡しもしなかったようだし……母さんも、『いつごろ浮気病が再発するかしら』なんて言いながら、夫婦ふたりきりで旅行に行ったりしてるよ。オレに対しても、『家族というものがどんなに大切かがわかった』とか、突然気持ち悪いこと言いだして……心の中じゃ、『今さらそんなこと言われても遅いし、嬉しくもなんともない』っていうのが本音だけど、まあ、父さんが媚でも売るような態度で優しい感じでも、今じゃ母さんもまんざらでもないって感じで、なんか嬉しそうに色々命令してるよ」

 

「そっか。この世では変わらぬものは何もないって言うけど、本当にそのとおりだな。そのうち、フランチェスカとマーカスの間に子供でも生まれれば……孫大好きの気のいいじいさんみたいになるかもしれないじゃないか」

 

「そうかなあ。病気は人を変えるって言うけどさ、父さんの場合、それに加えてようやく、なんていうか……男としての能力が落ちてきたっていうの?ほら、ようするにアッチの性欲とか、そういう機能が徐々に衰えつつあるってことで、それでようやく浮気やめて妻を大切にしだしたって、オレが母さんなら絶対我慢ならなかったと思うけど、やっぱり子供と妻っていうのは立場が違うからさ。アンジーなんか、『おえっ。何あいつ、マジで気持ち悪い』って、いまだによく言ってるよ。『あいつのいいところなんて、実の娘をレイプしたり、性的に虐待しなかったってこと以外で、なんかあんの?』なんてね」

 

 いかにもアンジェリカらしい言い種だと思い、マリは笑った。マーカスとフランチェスカは、幼い頃より『結ばれるのが運命』といった形で知的な会話ばかりしていたが、ルークとマリとアンジーはそんなふたりを遠巻きに眺め、「あいつら、なんか悪いものでも食ったんじゃねーの?」と言ったりしては、三人で結託しているという関係性だった。また、マリはよくルークに「フランチェスカじゃなくて、アンジェリカがオレの姉ちゃんなら良かった。ルーク、交換してくれよ」と言ったりしたものだった。それに対してルークは、「やめてくれよ。あんな気味の悪い優等生が上にふたりもいたら、家庭にオレの居場所がなくなる」と強く反対したものだ。

 

「なんともアンジーらしい言い種だな。それに、アンジーが設立した会社の化粧品は、フランスのモデルたちの間でも大人気なんだぞ。な、ミッシィ?」

 

「ほーんと、ほんと」と、ミッシィは美味しいピスタチオクッキーや抹茶クッキーに齧りつきながら言った。ふたりが適度に会話に混ぜてくれるので、彼女自身、居心地が悪いといったことは一切なかった。「高校生でも買えるようなプチプララインと、ちょっとお高めのプレミアムラインがあるんだけど……どっちも超優秀なのよ!特に美白系の洗顔料とかクリームとか、普通シミって一度出来たら消えないじゃない?でも、間違いなく消えたり、薄くなったりするんだから、アンジェリークの化粧品使ってダメなら、そのシミもシワもタルミも諦めたほうがいいってみんな言ってるくらいなのよ」

 

「へえ……そりゃ知らなかった。てっきり、パンフレットにある『自分自身が使いたいと感じる最高の化粧品を』云々っていうのは、金儲けのためにただテキトーに書いてあることなんだろうなんて、弟としちゃいいかげんなこと思ってたもんだからさ」

 

「でもまあ、それでいくと……ルークのおふくろさんは満足してるんじゃないか?一番上の優秀マーカスは立派な医者になったし、二番目の問題児と思われていたアンジー姉さんはいまや年商数百万ドルとも言われるコスメ会社のCEO……唯一、一番末の可愛い弟だけ、ジミな女と結婚して、片田舎に引っ込み、何やらパッとしない生活を送ってるといったところか。ルークのおふくろさんの価値観からしてみれば」

 

「うるさいっ!そのジミな女におまえだってずっと長いこと惚れてたんじゃないかっ!!」

 

 ルークはそう言ってしまってからハッとし、慌てて咳払いした。ミッシィのことを慮ってのことである。

 

「余計な心配はいらんよ、ルーク。ミッシィはオレの過去については、あくまで大雑把にではあるが、大体のところ知ってるといった関係性だから。今日もな、オレはここへはひとりで来るつもりだったんだ。けど、オレがルークとロリのラブラブな姿を見て傷つくんじゃないかと思って、一緒についてきてくれたってわけだ」

 

 ミッシィはこの時、犬用のクッキーを食べていたルイとイヴとローレンのことを、しゃがみこんでじっと見ていた。ご主人さまのルークの目を盗むような形で、ローレンがルイのクッキーの床に落ちた分をぱくりと盗み、そのまま庭へ走っていく。ルイはショックを受けたようにハッとし、ローレンのあとを追っていったが……追いついたところでもはや、クッキーの残りはローレンの腹の中へ消えたあとだった。

 

 イヴはこの時、(わたしは何も見なかった)とでもいうようにもぐもぐクッキーを頬張り、ミッシィが頭を撫でると、(もっとクッキーちょうだい)というように、ぱたぱた尻尾を振っていたものである。

 

「その、さ。マリ……こんなこと、オレが言っていいことじゃないのはわかってる。でも、オレもロリも、マリのことはずっと気にかかってたんだ。それで……今、男の体になっておまえはようやく本来の性を取り戻して幸せだっていう、そういうことでいいのか?」

 

「まあ、確かに幸せには幸せさ。というかな、この体になるまでには、結構なキツい過程が肉体的にも精神的にもあった。それで、今は男の姿になれて良かったと思うのと同時に……オレは、本当は昔だってずっと幸せだったんだ。オレ自身がそのことに気づかず、『男の体にならない限り、オレは本当のオレにはなれない』みたいに思い込んでいたという、ただそれだけのことでな」

 

「そっか。なんかさ、わかるよ。いや、ちがう……わかるわけないのに、わかるなんて軽々しく言っちゃいけないよな。ただ、別のことではわかるんだ。なんかマリ……おまえ、変わったよ。昔は見た目はクールそのものなのに、心の中にはいつでも破裂寸前の火薬を何トンも抱え込んでるみたいな、情熱的なところがあってさ。オレは、そういうおまえのことが好きだったけど、今はなんか、普通の人間がまず経験しない苦労や苦痛を乗り越えて……なんていうのかな、悟りを開いた坊さんになっちまったみたいだ。何より、昔と違って、おまえの心の奥にいつもあった怒りの気配を感じないし、おかしな話、自分より十も年上の落ち着いた男の紳士と話してるみたいな、そんな感じなんだ。うまく言えないけど、マリと相対してると、『こいつにはちょっとやっとじゃ敵いそうにない』といったような雰囲気すら感じるというかな」

 

「そうか?まあ、確かにな。男性ホルモンの投与やなんだで、大抵その間イライラしたり怒りっぽくなったりするらしいんだが、オレの場合、そういうことはあまりなかったんだ。で、今じゃ女の体から男の体になれたことで……並大抵のことでは、確かに怒ったりすることはほとんどなくなった。というのもな、今まで小さなことですぐ癇癪玉を破裂させたり、イライラしたり怒りを爆発させたりしてきただろ?そのせいかどうか、もう今のオレには、大抵のことが怒る価値もないくだらないことに思えるんだ。むしろ、過去の自分のことを振り返って、昔の自分はなんであんなに怒りっぽくてヒステリーばかり起こしていたやら、不思議になるくらいだ」

 

「そうなのよ。マリったら、わたしがすぐ小さなことでブツクサ言ったりするでしょ?そしたら、そんなわたしのこと、おかしな顔して笑って見てるのよ。『何よ!人が真剣に怒ってるのに、何がおかしいのよ!』って言ったりするとね、『いや、悪い悪い。オレも前に女だった時はそうだったなあと思うと、なんかおかしくてさ』なんて言うんですもの」

 

 ――このあと、ミッシィはロリには直接会わずに帰っていった。ルークとマリが、昔ながらの気安い幼なじみとして、かなり突っ込んだジョークを交わしては笑いあうのを見て……自分がいなくてももう大丈夫だろうと、そう判断したわけである。

 

 また、ロリが男の姿の自分に気づくかどうか、マリは心配していたわけだが、その杞憂もすぐに過ぎ去った。ルークが♪ピロリロリンと携帯が鳴るのを見て、すぐ返信し――「もしかして、ロリからか?」と聞くと、「ああ、うん……」とルークはどこか歯切れ悪いように返事をしていた。それで、勘の鋭いマリはピンと来たわけである。「おまえ、オレがここに来てるって言ったな?」

 

「もしかしたらマリは、ロリが気づくかどうか試したり、驚かせたりしたかったかもしれないけど……向こうは七時間ばかりも図書館で仕事して帰ってくるんだからさ。マリは図書館司書なんて、つまらないジミな仕事だって思うかもしれないけど、とにかくどっかへ働きに行って、七時間もずっとそこにいるっていうのは大変なことだよ。そんな時に、ルイかイヴのどっちかが玄関あたりにうんちなんてしてるのをロリが踏んだとなったら……そのあと、夕飯食べ終わっても不機嫌が直らないってことだってあるんだから」

 

「オレの性転換は犬のクソ問題と同列ってことか」

 

「違うって。そういう意味じゃなくってさ、『あー疲れた』なんて思って、地下鉄乗って帰ってきたら、見知らぬ男がいて『さて、わたしは誰でしょう?』なんてクイズ出されてみろよ。オレがロリの立場だって、『おいおい、これで当てられなかったらオレは人否人ってことにされちまうのか?』って感じで、なんかヤな感じだろ?」

 

「まあ、確かに言われてみればそうだな……」

 

 マリはロリが自分にすぐ気づくのではないかという期待と(何分今日はすっかりヒゲのほうを剃っていたから)、もしまったく気づかないのみならず、若干うっすらとでも「会いたくなかった」という気配を感じたとしたら……という不安の狭間にあったが、ルークの態度を見ていて安心した。ロリからどんな返事が返ってきたのかまではわからない。けれど、その返信を見たルークが、なんとも言えない顔をして――「あいつ、マリに会ったら絶対泣いちまうだろうな」と独り言のように呟いていたからである。

 

   *   *   *   *   *   *   *

 

 実際、ロリは家に帰ってきて、三匹の犬の熱烈歓迎と、ネコたちのまとわりつき攻撃を受けながら――そんな様子を見て微笑むマリと目と目があうなり……すぐ泣きだしていた。

 

「マリ………っ!!」

 

 マリは泣きじゃくるロリとずっと抱きあったままでいたかったものの――犬が前足でしつこくのしかかってくるのと、ネコが足許にすりすりしてくるそのせいで、ようやくロリのことを離していた。

 

「どうしてたの、今まで……っ。みんな心配してたんだよ。今だって、わたしやルークに遠慮して何も言わないってだけで……マリことはみんなずっと気にしてるんだから」

 

「ああ、べつにオレのほうでは『みんな』のことより、一番気になってたのはおまえとルークのことだったよ。ルークがもしロリのことを不幸にしてたら、オレが横からかっさらう余地があるかもしれないと思ったが、そんな隙間はどうやらないみたいだって、ここへやって来てすぐわかったけどな」

 

「ふふっ」と、ロリは泣きながらも笑って、瞳の涙を拭った。「このモフモフたちはね、わたしが帰ってきたら夕食になるってわかってるもんだから、それでベタベタまとわりついてくるってだけなのよ。もう、いやしい子しかいないんだから……一体誰に似たのかしら?」

 

「オレだよ」

 

 そう言って、ルークはダイニングキッチンの奥のほうからエプロン姿で顔を出した。

 

「ほらロリ、マリに会えて嬉しいのはわかるけど、手伝ってくれ。人間さまの食事はオレがセッティングするから、ケモノどものエサはロリが皿に出してやってくれないか」

 

 マリはロリが犬専用の皿にそれぞれドッグフードや、ご馳走の缶詰などを与えるのを手伝った。ネコたちもまた、今までずっと見慣れない客人に素っ気ない態度だったというのに、彼がキャットフードの缶を手にするなり――賞賛の輝く眼差しによって、マリの周囲に群がってくるようになる。

 

「えっと、ロリ……あいつはいいのか?」

 

「ああ、うん。リリちゃんね。あの子、わたし以外に懐かないのよ。だから、エサもわたしからしか食べないし、触らせるのもわたしだけなの」

 

(何かあったのか?)と、聞こうとして、マリは黙り込んだ。リリと呼ばれたネコは、二階からじっとロリや他のケモノたちの様子を見てはいるが、こちらへ降りてこようとする気配が一切ない。

 

「あの子、元は飼われてたらしいのが野良猫になって、うちの庭によく来るようになったの。と言ってもね、エサだけ奪ってすぐにダダッと逃げてく感じで……そんな関係がずっと続くうち、だんだんうちの中に入ってきて、二階に住みついちゃったのよ。冬は寒いから、こんなところでも仕方ないって思ったんじゃないかしらね」

 

「だが、不思議だな。ルークだって大体ロリと同じようにしてたんだろうに、おまえにだけ懐いたんだろ?」

 

「なんでかしらね。もしかしたらリリちゃんの目には、ルークはいつでも他のモフモフたちにモテモテだけど、わたしのほうは二番手で可哀想みたいに見えたのかもね。プライドが高い割に、それでいてとっても愛に飢えてる子なのよ。もう、可愛くって可愛くって……」

 

「…………………」

 

 何故だかマリは自分のことを言われてる気がして、複雑な思いがした。ルークとちょうどそうであったように、マリはロリとも、実際には互いを理解しあうのに、あまり多くの言葉を必要としなかった。瞳と瞳が出会った瞬間に、そこに深い愛と寛容の感情が流れているのを見て――他には何も必要ないとすら感じた。そして、それがすべてでもあった。

 

 このあと、マリはロリと屋根裏部屋まで上がっていき、そこでリリにロリがエサをやり、貴族のような顔つきの猫が、ただひとり自分の主人と認めているらしい彼女に甘える姿を見守った。ルークはこの時、よほど階下から「おーいっ!あったかいうちに夕飯たべろよおっ!!」と呼びかけようとも思ったが、ロリとマリが自然と階下へやって来るまで待とうと思った。ロリが帰ってきてペットたちにエサをやってのちは、いつでも最後に屋根裏部屋でリリと過ごすと知っていたし、ふたりが自分に隠れてコソコソ何かよからぬ事に及んでいる……などといった発想自体が彼にはない。

 

「しっかし、おまえも大変な男と結婚したな」

 

「ふふっ。ほんとよねー。わたし、ルークって放っておいたら、次から次に猫や犬を飼おうとするに違いなかったと思うの。今だってね、デパートとか行くと、必ずペットショップコーナーに立ち寄ろうとするのよ。『見るだけ、見るだけだからっ』なんて言ってね。で、そこにいるペットたちの誰かしらに運命を感じると、その子のことしか頭になくなっちゃうみたいなの。もちろんね、ルークの浮気性のお父さんみたいに、『自分はあの子ともその子ともこの子ともセックスする可能性がある。今後その可能性のパーセンテージを上げるのは、自分の男としての腕次第だ』なんて具合で、そこいら中の女性に運命感じるとか、そういうのよりはずっといいとは思うの。だけどそれにしてもねえって、今はもう本当にそう思っちゃう」

 

 ロリは溜息を着くと、自分の膝の上に乗って尻尾を丸めている、リリの額や体を撫でた。リリのほうでは「この瞬間をこそ待っていた」とばかり、瞳を閉じ、ご主人さまのぬくもりにすっかり身を委ねきっている。

 

「でも、幸せなんだろ?いや、答えなくていい。見てればわかるから……アストレイシア地区なんてさ、都内屈指の高級住宅街として名前だけ有名だけど、実質的にはこっちのサウザンティのほうが、よっぽどのんびりしてて、幸福度が高そうだ。よく考えたら、オレたちが住んでたあの界隈じゃ、雑種の犬や猫を飼ってる連中自体、一人もいなかったよな。大体、ちょっと毛色の変わった血統書付きのペットを飼ってて、大抵の場合は雇い人に散歩やらなんやらさせててさ。オレは犬か猫かでいえば、ネコのほうが好きだったけど、ルークは犬派で、昔ルイと同じゴールデンを飼ってたんだ。けど、交通事故で死んじゃって、あいつその時、ルイスのことを埋めた墓の前で、『もう二度と犬は飼わない!!』って言って、号泣したんだ。でも、今あいつが三匹も犬を可愛がってたり、ネコどもを可愛がってるのを見ると、なんか感慨深いものがあるな。しかも他に、うさぎやモルモットやハムスターやインコなんかもいるっていうのが……まあ、なんというか、ロリも大変だろうなと察するゆえんではあるが」

 

「でしょ?わたしも最初は、ネコはせいぜい飼っても三匹、犬は二匹でもう手いっぱい……なんて思ってたけど、結局、ほとんどルークが面倒見てくれてるから、まあいっか、なんて感じでね。実際のところ、すごく感心する。本当に愛情がないと、とてもここまでのことは出来ないだろうなって、すごくそう思ってもいるし」

 

「けど、もし子供ができたら……」

 

 微妙な問題かもしれないと思ったが、マリはあえてその問題に触れた。実際のところ、今のこの動物ランドのような状態で、子供の面倒までちゃんと見られるのだろうかと、危惧する思いもある。

 

「ああ、わたしたちね、子供は作らないことに決めたの」

 

「…………………」

 

 マリはとりあえず黙り込んだ。詳しく聞こうとしなくても、ロリのほうで説明してくれるとわかっていたせいでもある。

 

「結婚して二年くらいした頃かな。わたし、もしかしたら自分は不妊症なのかもしれないと思って、病院に検査してもらいに行ったの。そしたら、どこもなんともありませんよ、みたいに言われて……っていうことは、ルークの側に何か問題があるのかもしれないってことでしょ?でも、なんかそんなこと言うのもやだなと思って、黙ってたの。そしたら、ある時ルークのお母さんに『暫く子供を作らずに、夫婦だけで楽しく過ごすとか、そういうこと?』みたいに聞かれて、ルークが『そういうこと聞くの、やめろよ』って不機嫌になって……だからお母さんが帰ったあと、ルークに正直に話したの。もちろん、方法のほうはあるのよ。でもルークって、それが自分のせいだとか、自分の責任だってことになると、すごく重く受けとめて暗くなるタイプでしょ?だからわたし……今のままで十分幸せだし、そんなにこのことで一生懸命になろうとしないでって言ったの」

 

「だが、もしロリのほうであいつとの間に子供が欲しいなら……そんなに先延ばしにも出来ないだろう?卵子のほうを凍結しておくとか、そうした方法を取るのであれば、話は少し別になってくるのかもしれないが……」

 

「うん……ルークはね、自分のことはどうでもいいっていうの。ただわたしのほうで、お母さんに孫を抱かせてあげたいとか、そういう気持ちがあるのはわかってるから、自分に原因があるわけだし、出来ることはなんでもするって。でもね、ルークを見てるとわかるのよ。本人曰く、ロイヤルウッド校受験とか、筋肉疲労のピークに達するまでテニスでがんばるとか……そういうのって全部、ルークにとっては自分のためではあまりなかったわけ。ロイヤルウッドに関しては、お母さんのことを喜ばせるために自分の能力を越えるくらい一生懸命がんばって、テニスに関しては……えっとね、マリに相応しい男であり続けるために頑張ったようなものだってことなのね。でも、名門のパブリックスクールでは一生の友達っていうくらい、いい友達も出来たにしても、ようやくのことで入学したようなものだから、勉強はついてくのが大変だったし、なんていうのかな。ようするにそういうガンバリズム?『おまえはもっとがんばれば上へ行けるんだ、やれるんだ』みたいにお尻を叩かれるシチュエーションにアレルギーがあるのよ。お母さんはルークがどんなに努力しても、『それが当たり前』くらいな反応だし、その……テニスに関しては、シングルスで準優勝したりとか、ダブルスで優勝したりとか、結果もちゃんと残しててすごいってわたしは思うんだけど……結局のところ、一番欲しいマリからの恋人としての報酬っていうか、そういうのがなくて最終的に燃え尽き症候群になった……みたいな、ルーク的にはそうした受けとめなのよ。だから……」

 

「まあ、あれから四年も過ぎてみると、確かに今はオレにも悪いところがあったと、素直に認めることは出来るよ。だが、テニスに関しては勉強のほうが落ちこぼれ気味で、これでテニスまでダメだったら惨めで仕方なかったろう……みたいに、本人が言ってた記憶があるぞ。いや、その件に関しては、オレにもし今からでもあやまれってんなら、あやまっても全然いい話ではある。だがこの場合、事は子供をつくるかどうかっていう、一生の大切な問題じゃないか。毎日あれだけ熱心にペットの世話が出来るんなら、ルークは赤ん坊の世話ならもっとがんばってやろうとするだろう。何より、もったいないじゃないか。ルークとロリなら、いい父親と母親に間違いなくなれそうな気がするのに……」

 

 マリ自身は、ペニスにインプラントを入れているので、勃起することと、女性を満足させることは出来るとはいえ、相手を妊娠させることまでは出来ない。けれど、自分がルークの立場なら、誰より愛しいロリとの間に赤ん坊を持つことが出来るなら、どんな努力も厭わなかったろうとの思いがあった。

 

 だが、このあたりのことを上手く説明できるとは思えず、(この件については、あとでルークとふたりきりで話したほうがいいな)と、そう判断していたわけである。

 

「うん……もちろんね、ルークが燃え尽き症候群になったのはマリのせいだとか、そんな話じゃないのよ。そのことは誰よりルーク本人が、自分で一番わかってることなわけだから……ただね、ルークはもうガンバルってことに疲れてるのよ。その……こんなことまで久しぶりに会ったマリに言うのはどうかと思うけど、わたしのほうは病院で検査してもらったけどなんともない……みたいに話してから少しの間、うまく出来なかったりとか……とにかく、そんなことが原因でね、なんとなくにでもプレッシャーをかけてくる妻がイヤだ、他のもっと自分をわかってくれる女性を探そう……みたいにルークに思って欲しくなくて、わたし、今のままで十分夫婦円満なんだから、子供まではいいかなって思ったりもするの」

 

「そうか。なるほどな……」

 

 一見して、こんなに仲のいい夫婦もおるまい――といったように感じられるロリとルークの間にも、そんな問題があるわけだ……マリはそう思い、なんとも言えないような気持ちになる。

 

「ごめんね、マリ。わたしたちのこんなつまらない話聞かせちゃって……そんなことより、あれからどうしてたか、色々聞かせて。今日うちに来たっていうことは、アレでしょ?フランチェスカの結婚式の時、きっと教会のどこかにいたってことよね。きのう、ラースやライアンやオリビアや……他のみんなも結婚式に出席してたから、帰り道にレストランで、マリのことも話してたのよ。何分、マリは頭もいいし、その上資産家だから、何かビジネスでもして成功してるだろうし、そういう部分で心配はしないけど、またもう一度みんなで集まれたらいいのに、みたいにね」

 

「ああ。そうだな……」

 

 マリは心ここにあらず、といったようにぼんやり返事した。確かにきのう、すぐそばにいながら、中・高時代の友人らが自分の存在に一切気づきもしなかったのは事実である。だが、もしこれで自分が逆の立場で……こんなたとえ方をするのは、ラースにもライアンにも悪い気がしたが、彼らふたりのうち一方が、女性に性転換して、誰か恋人と一緒にいたら、自分が気づいたかといえば、それはなんとも心許ない話である。ゆえに、そのことはいいのだ。ただ、マリはこの時、不思議な感じがした。ロリは出会った瞬間に、一瞬にして自分という存在を当たり前のように受け容れた。抱きあった時に、頬のヒゲの剃り残しのチクチクする感じや、鍛え上げている体躯によっても、前とは全然違うのは一目瞭然であったにも関わらず――今もロリは、かつてお互いの部屋でたわいもない話に明け暮れていたあの頃と何も態度に変わりがなかった。そして、彼はそのことが何よりも嬉しく感じられ、この時、胸の奥から何か、こみ上げてくるものさえあったのである。

 

(そうだな。確かに惜しむらくは、それでいくとロリにとってオレは今も『女友達』であって、男の愛人として昇格する可能性もあるとか、そういう存在ではまったくないということだな……)

 

 だが、今ではマリにとっても、『そこまでのことを望むのは流石に贅沢だろう』とわかっていた。それよりも今は、彼女が男でも女でも関係なく、昔と変わらぬ友情と愛によって自分を心の深いところまで受け容れてくれたということ……マリはそのことを、普段は信じていない神という存在にさえ、感謝したいような気持ちでいっぱいだったのである。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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