『牝犬』
1931年 91分 フランス
監督 ジャン・ルノワール
原作 ジョルジュ・デ・ラ・フシャルディエー
脚本 ジャン・ルノワール
撮影 セオドア・スパークル
出演 ミシェル・シモン
ジャニー・マレーズ
ジョルジュ・フラマン
哀れな人間、あるいは愚かな人間
冒頭の人形劇の口上
『悲劇でも喜劇でもありません.道徳など示す気は毛頭なし』
『登場人物は平々凡々で、皆さん同様、哀れな人間です』
彼は
『律儀な男.臆病なうえにお人好しの中年』
『自分なりの知性と感情を周囲に示す彼は、現代社会においては、まさに愚か者です』
彼女
『独自の魅力と、俗悪さを備えた女性.悪気のない嘘ばかりつく』
もう一人の男
『名前はデデ、そんな男です』
ルグラン
社長の叙勲のパーティ.恐妻家で堅物のルグランを、二次会に誘って皆でからかおうとした.彼は二次会には参加しなかったのだが、普段から彼は、会社の中で、皆からバカにされていたようだ.
けれども、横領がばれ彼は解職されたのだが、『次は誘惑にさらされるような職に就きたまえ』と、優しく諭されはしたが、社長は、金を返せとは言わなかった.
ルグランは、自分から『お金は返済します』と、言ったのだが、
『表向きの理由は健康上の問題.誰にも話しておらん』と、社長はあくまでもルグランを庇うのだった.
妻
『私がクズ屋を呼んで、引き取ってもらうよ.分ったかい.ロクでもない趣味よ』と、妻のアデルは、ルグランの絵をバカにしていたのだった.そして彼のことを、『近所の笑い者』だと言った.
そして、
『また馬鹿げた趣味かい』自画像を描いているルグランに、罵声を浴びせたのだが、けれども彼が、絵を古道具屋に売ったと言ったら、そのお金を取り上げたのだった.
ルグランの取り調べ
『意志が弱いので、別れられなかった.別れるなんて』と、リュリュとの関係を告白するルグランを、
『我々の年代の火遊びは危険ですし、概して、悪い結果に.家庭で落ち着くのが一番です』と判事は優しくたしなめたのだった.
デデの取り調べ
『お前の過去を調べてみたが、有利になるような前歴ではないな』
『前歴?、悪さはしましたよ.若い連中ならよくあることでしょ』
『女から金は、もらってた.くれると言われたら、判事さんも、もらうでしょ』
『女性を国外へ売り飛ばしてる』
『売り飛ばす?、まさか、女の子たちに忠告しただけ』
『外国を旅して勉強したいと言ってたからね.牛乳屋や工場に勤めるより、よっぽどいいでしょ』
ルグランから金を巻き上げ、絵の手付金も受け取ったにも関わらず、リュリュが服を欲しいと言うと、デデは冷たい態度になって、買ってやらなかった.彼は、女から金を巻き上げることしかしない男だったのだが、女がかってにお金をくれたようなことを平然と言うのだった.
女性を国外へ売り飛ばした話は、まさに哀れな女性を、愚かな女性を、あざ笑う言葉だった.
殺害に至る、ルグランとリュリュの会話を考えてみよう.
『戻ってくるとはね』
『見抜けなかった私がバカだった.世間のことは何も知らん男だ』
『女性とは哀れなものなんだない.その愚かさにつけ込む男が必ずいる.今初めて分った』
『怖がることはな.相手が誰であろうと、私が守る.なぜ、私を信じなかったんだ』
『打ち明けてくれたら、あの男から守ったのに』
『絵を完成させてね』
『なぜだ』
『必要なの』
『描くのをやめたら?』
『描いてよ』
『絵のためか、絵があるから私と会ってたんだな』
『そうかもね、鏡を見た?』
『ばかな男だ、おまえを信じていたとは.うんざりだよ』
『楽しんでるとでも思った?.お金のために付き合ってたの』
『あらあら、相思相愛を望んでたのかしら.笑っちゃうわ』
『不潔な女め、いや、ただの牝犬だ』
『お好きに』
『食い物のためなら、殴られてもへつらう』
『無駄な努力をしちゃったわね』
『やつが殴るのは、おまえをつなぎ止める手だぞ』
『でも彼を愛してるのよ』
『愛だと?』
『服を着ろ、今夜旅に出よう.遠い所へな、早くしろ』
『彼の側にいたいなんて言うなよ.全て捨てたんだ』
『お前のために、リュリュ.分ってくれるだろ.あんな奴を愛してるなんて勘弁してくれ』
『愛情も思いやりも教養も何一つ無い男だ.リュシエンヌ.リュシエンヌ.もう私を愛してないのかい?』
『笑うなよ、笑うんじゃない.笑わないでくれ、リュシエンヌ』
『笑わないでくれ、リュシエンヌ』
『戻ってくるとはね』と、相手をバカにしながら、
『絵を完成させてね』と、お金は欲しいと言い張る、彼女も妻と同じ、身勝手な女であった.
そして、ルグランも愚かな人間だったのだが、リュリュは彼の愚かさを、あざ笑ったのだった.
更には、
『ガキども、邪魔だろうが』、高級車で乗り付けたデデは、演歌師の歌を聴く庶民達を見下して、愚か者と言い放ったのだが、その彼が、殺人の罪を負うことになったのだった.
冒頭の口上にあるように、皆、愚かな人間であった.
曹長のアレクシにしても、ひたすら女房から逃げる事を考えて、嫌いな妻をルグランに押しつけ、金をよこせと言う.はたまた、人のお金を横取りするような人間だったのだが.
けれども、ルグランにしても、曹長のアレクシにしても、自分の愚かさを自覚していたと、言ってよいのでしょう.
互いに浮浪者の姿で再会した二人は、『今までどうしていた』と、自分たちの愚かな生き方を自慢しあっていたのだった.
皆、哀れで、愚かな人間ばかりである.他人の愚かさを笑うこと、それが最も愚かなことであり、哀れな結果をもたらすことになる.
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芥川龍之介の『蜜柑』は、同じことを描いている.
短編の中でも短編の作品なので、すぐに読めます.
青空文庫にもあるはずですし、YouTubeに朗読もあります.
1931年 91分 フランス
監督 ジャン・ルノワール
原作 ジョルジュ・デ・ラ・フシャルディエー
脚本 ジャン・ルノワール
撮影 セオドア・スパークル
出演 ミシェル・シモン
ジャニー・マレーズ
ジョルジュ・フラマン
哀れな人間、あるいは愚かな人間
冒頭の人形劇の口上
『悲劇でも喜劇でもありません.道徳など示す気は毛頭なし』
『登場人物は平々凡々で、皆さん同様、哀れな人間です』
彼は
『律儀な男.臆病なうえにお人好しの中年』
『自分なりの知性と感情を周囲に示す彼は、現代社会においては、まさに愚か者です』
彼女
『独自の魅力と、俗悪さを備えた女性.悪気のない嘘ばかりつく』
もう一人の男
『名前はデデ、そんな男です』
ルグラン
社長の叙勲のパーティ.恐妻家で堅物のルグランを、二次会に誘って皆でからかおうとした.彼は二次会には参加しなかったのだが、普段から彼は、会社の中で、皆からバカにされていたようだ.
けれども、横領がばれ彼は解職されたのだが、『次は誘惑にさらされるような職に就きたまえ』と、優しく諭されはしたが、社長は、金を返せとは言わなかった.
ルグランは、自分から『お金は返済します』と、言ったのだが、
『表向きの理由は健康上の問題.誰にも話しておらん』と、社長はあくまでもルグランを庇うのだった.
妻
『私がクズ屋を呼んで、引き取ってもらうよ.分ったかい.ロクでもない趣味よ』と、妻のアデルは、ルグランの絵をバカにしていたのだった.そして彼のことを、『近所の笑い者』だと言った.
そして、
『また馬鹿げた趣味かい』自画像を描いているルグランに、罵声を浴びせたのだが、けれども彼が、絵を古道具屋に売ったと言ったら、そのお金を取り上げたのだった.
ルグランの取り調べ
『意志が弱いので、別れられなかった.別れるなんて』と、リュリュとの関係を告白するルグランを、
『我々の年代の火遊びは危険ですし、概して、悪い結果に.家庭で落ち着くのが一番です』と判事は優しくたしなめたのだった.
デデの取り調べ
『お前の過去を調べてみたが、有利になるような前歴ではないな』
『前歴?、悪さはしましたよ.若い連中ならよくあることでしょ』
『女から金は、もらってた.くれると言われたら、判事さんも、もらうでしょ』
『女性を国外へ売り飛ばしてる』
『売り飛ばす?、まさか、女の子たちに忠告しただけ』
『外国を旅して勉強したいと言ってたからね.牛乳屋や工場に勤めるより、よっぽどいいでしょ』
ルグランから金を巻き上げ、絵の手付金も受け取ったにも関わらず、リュリュが服を欲しいと言うと、デデは冷たい態度になって、買ってやらなかった.彼は、女から金を巻き上げることしかしない男だったのだが、女がかってにお金をくれたようなことを平然と言うのだった.
女性を国外へ売り飛ばした話は、まさに哀れな女性を、愚かな女性を、あざ笑う言葉だった.
殺害に至る、ルグランとリュリュの会話を考えてみよう.
『戻ってくるとはね』
『見抜けなかった私がバカだった.世間のことは何も知らん男だ』
『女性とは哀れなものなんだない.その愚かさにつけ込む男が必ずいる.今初めて分った』
『怖がることはな.相手が誰であろうと、私が守る.なぜ、私を信じなかったんだ』
『打ち明けてくれたら、あの男から守ったのに』
『絵を完成させてね』
『なぜだ』
『必要なの』
『描くのをやめたら?』
『描いてよ』
『絵のためか、絵があるから私と会ってたんだな』
『そうかもね、鏡を見た?』
『ばかな男だ、おまえを信じていたとは.うんざりだよ』
『楽しんでるとでも思った?.お金のために付き合ってたの』
『あらあら、相思相愛を望んでたのかしら.笑っちゃうわ』
『不潔な女め、いや、ただの牝犬だ』
『お好きに』
『食い物のためなら、殴られてもへつらう』
『無駄な努力をしちゃったわね』
『やつが殴るのは、おまえをつなぎ止める手だぞ』
『でも彼を愛してるのよ』
『愛だと?』
『服を着ろ、今夜旅に出よう.遠い所へな、早くしろ』
『彼の側にいたいなんて言うなよ.全て捨てたんだ』
『お前のために、リュリュ.分ってくれるだろ.あんな奴を愛してるなんて勘弁してくれ』
『愛情も思いやりも教養も何一つ無い男だ.リュシエンヌ.リュシエンヌ.もう私を愛してないのかい?』
『笑うなよ、笑うんじゃない.笑わないでくれ、リュシエンヌ』
『笑わないでくれ、リュシエンヌ』
『戻ってくるとはね』と、相手をバカにしながら、
『絵を完成させてね』と、お金は欲しいと言い張る、彼女も妻と同じ、身勝手な女であった.
そして、ルグランも愚かな人間だったのだが、リュリュは彼の愚かさを、あざ笑ったのだった.
更には、
『ガキども、邪魔だろうが』、高級車で乗り付けたデデは、演歌師の歌を聴く庶民達を見下して、愚か者と言い放ったのだが、その彼が、殺人の罪を負うことになったのだった.
冒頭の口上にあるように、皆、愚かな人間であった.
曹長のアレクシにしても、ひたすら女房から逃げる事を考えて、嫌いな妻をルグランに押しつけ、金をよこせと言う.はたまた、人のお金を横取りするような人間だったのだが.
けれども、ルグランにしても、曹長のアレクシにしても、自分の愚かさを自覚していたと、言ってよいのでしょう.
互いに浮浪者の姿で再会した二人は、『今までどうしていた』と、自分たちの愚かな生き方を自慢しあっていたのだった.
皆、哀れで、愚かな人間ばかりである.他人の愚かさを笑うこと、それが最も愚かなことであり、哀れな結果をもたらすことになる.
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芥川龍之介の『蜜柑』は、同じことを描いている.
短編の中でも短編の作品なので、すぐに読めます.
青空文庫にもあるはずですし、YouTubeに朗読もあります.