青裸々日記 Aorara Diary

真面目で一生懸命な人に寄り添うブログです(^^/
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「許すこと」を、考えてみる。

2012年08月20日 23時05分12秒 | 青裸々日記。
日々草の花(東京都江東区)

 こんにちは。
 今日も皆様、ありがとうございます。



 誰だって、本質的には、怒りは抱きたくないものではないかと思います。
 怒っている人に、「もし、相手を許せる器量があれば、そんな器を欲しいですか!?」と聞いたら、
 ほとんどの人が、「人を許せる、大きな器が欲しい!」と答えると思うんですね。
 だから、「人を許すこと」は、本当は誰もが憧れることなんです。


 でも、そんなのはしょせん、理想論の一つですよね。
 いくら許すというのでも、フラストレーションが溜まれば、限界にも達してしまうと思うんです。

 …と、そこで。


 まず、フラストレーションが溜まると、思考力が落ちること、
 これは、わかりますよね。
 皆さん、経験があると思うんですが、ストレスを溜め込むと、ろくなコミュニケーションができなくなってきませんか。
 なぜなら、ストレスを抑えるためのエネルギーを割かなければいけませんから、
 その分、考える力や心の余裕が落ちてしまうのです。

 だから、いくら「器量が…」と言えど、まずはそのフラストレーションをどうにかするのが先決です。
 まともな思考力が戻ること、「器量」のことは、それから考えます。


 さて。
 思考力が戻ったら、少し考えていただきたいことがあります。
 それは、
 ・フラストレーションを溜める自分を許せるか
 ・人を許せない自分を許せるか
 ・気持ちを抑え切れない自分を許せるか
 ということです。
 つまりは、「自分の器の小ささを許せるか」、ここを、考えてみたいのですね。

 人を許す器量が欲しい一方で、そうなれない自分がいる。
 これって、やっぱりフラストレーションになりますよね。
 ということは。
 嫌なことがあると、「その嫌なこと自体」に腹が立つのと同時に、「自分の器量」についても腹を立てている
 こんな図式が、導けると思うんです。


 だとしたら、どちらかを許せば楽になり、器量も大きくなったりはしないでしょうか!?

 もちろん、許す対象は、相手でもいいし、自分でもいい。
 しかし、自分を許したほうが、「許す意味」がわかっていますから、効果も大きいと思うんです。



 人を許さないかったり、人を悪く見たり、断罪したり、
 つまり、人に優しくなれない場合、そんな自分を責めても、実は無駄なんです。
 だから、「許さないこと」を、許すんです。
 そうすることで、「心が狭いこと」や「器が小さいこと」も「しかたないこと」と思え、
 それが、相手の器の小ささも、「まあ、お互い様だしな」と許せる原動力になるのです。



 人を許せないなら、自分を許す。
 ちょっと遠回りですが、「許す」ということは、それくらい複雑で、あったかいことなのです。

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