青裸々日記 Aorara Diary

真面目で一生懸命な人に寄り添うブログです(^^/
あったかい未来が、きっと待っています。

褒められて伸びるコらしい(笑)

2011年09月30日 23時03分39秒 | 雑感、雑記
 こんにちは
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 なんかこう、情けないことに気づいてしまったのですが、
 私は褒められると俄然頑張ってしまう性分らしいです。
 最近力を入れていることを振り返ってみたら、全て「褒められたこと」か「頼られたこと」だったんですよ(笑)


 まだまだお子ちゃまですね

トンテキ

2011年09月30日 21時58分52秒 | 雑感、雑記
 こんにちは
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 人生で初めて、トンテキを食べてきました。
 長芋を擦ったものがベースなのですが、とてもおいしかったです。


 食べ物がおいしいって幸せです☆
 もちろんダイエットも並行して続けますよ!!

一拍置こう。

2011年09月30日 19時10分56秒 | 青裸々日記。
プレーリードッグ(東京都江戸川区)

 こんにちは。
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 漫才では「テンポと間」が大切だと言われています。
 同じ話でも、息を合わせれば合わせるほどやり取りも面白く伝わるように噛み合います。
 こういうわけで、「テンポと間」は、漫才の基礎と言える要素と言うことができます。


 さて、この「息を合わせればやり取りが噛み合う」というのは、なにも漫才だけに限ったことではありません。
 やり取りの仕方がわかっていれば、意思だって簡単に伝わりますし、読み取ることができますよね。
 特に身近な人であればあるほど、相手のリズムや出方、性格がわかっているわけですから、
 いやがうえにも、話がスムーズに進むわけです。


 しかし。

 慣れた相手ならよいのですが、問題なのは「よく慣れていない人を相手にした時」です。
 どんな出方で来るかもわかりませんし、心の中も読み取りにくい。
 そうすると、話がぎこちなくなることも出てくれば、噛み合わないこともあって当然です。

 しかし、出来るだけ多くの人と上手くやりたいのは、誰しも一緒でしょう。
 ということは、相手の出方を探れば上手くいくのですから、
 その方法を考えればいい、こういうことになりますよね。



 そのために。

 私が一番簡単かつ効果的だと思う方法は、「自分の言葉の後に、一拍置く」というやり方です。
 一言言うたびに間を置いて、相手の要求や反応を見て対処を決める
 そうすれば、相手の心境に応じた対応ができるのです
 知らない相手だと、自分のことをわかってもらいたいがために、ついつい言葉を重ねてしまいがち。
 しかし、「相手の出方を見てから対処したほうがいい」のなら、
 こちらからばかりしゃべくっていると、「相手がなんらかのリアクションをする猶予を奪う」ことになります。
 繰り返しますが、「出方さえ見られればいい」のですから、
 無理に言葉を出す必要はないのです
 一瞬を争う武道ですら、戦略もなく無鉄砲に戦うだけでは、攻撃も防御もあったものではありませんが、
 言葉でもそれは同じなのです。


 もっと言えば、相手だって「わかってもらいたい」と思っているしゃべりたがり屋なのですから、
 先に言わせたほうが得なのです。

 ちなみに。

 相手が毒吐きな人の場合、特にこれは有効です。
 人を悪く言ったところで、たいていその基準に達していないことがほとんどだからです。
 矛盾点をみすみす自分から提供してくれるのが毒吐きさんの特徴ですから、そのボロを突けばいい。
 冷静に対処すれば、相手が勝手に自滅していくのです。


 こういうわけで、毒吐きさんですら「一拍置いて対処すればいい」だけなのですから、
 他の人はなおさらです。
 ぜひ相手に出る幕を与えて、上手に人間関係を築いていきましょうね。

青梅駅

2011年09月30日 05時55分36秒 | 雑感、雑記
 こんにちは
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 東京都の青梅市は、「昭和のまち」ということで街興しをしていますが、
 市の中心にある青梅駅も、昭和の雰囲気を再現しようという意気込みが随所から伝わってきます。


 まあ、来る電車はというと、臨時列車以外は全て平成の車両なんですがね(笑)
 昭和を味わいたい人は…、って、それは明日からの話だった。
 いけないいけないっ。

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『ケカナ』

2011年09月29日 23時09分33秒 | 雑感、雑記
 こんにちは
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 この曲、知ってますかねえ!?
 

 10年くらい前に「生茶」のCMで流れていた曲で、『image 2』にも入っているんですが、
 かなり好きです。
 特にイントロのみずみずしい感じが気に入っていて、
 不思議と癒され、元気になります。


 ミュージックプレイヤーに入れておきたい、私のオススメの一曲ですよー。

重宝しています

2011年09月29日 21時57分14秒 | 雑感、雑記
 こんにちは
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 最近、動揺するようなことが多いので、
 コンディションを整えるために、コーン型のお香を買って、調味料入れの瓶に入れて持ち歩いています。

 中でもビャクダンは効果があり、嗅いでいるだけで気が整ってきます。
 皆さんもよかったら、バッグやポケットに忍ばせておくといいですよ!

これからこれから。

2011年09月29日 18時42分33秒 | 青裸々日記。
プレーリードッグ(東京都江戸川区)

 こんにちは。
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 最近はあまり使われないようですが、「いない歴」という言葉があります。
 「恋人がいない期間」のことを言うのですが、
 この期間が長くなると焦ったり、劣等感を感じる人がいるのです。
 寂しさはもとより、人間の価値は恋人の有無や質だという発想が、「恋人がいないことはいけないことだ」と、
 不全感を感じさせてしまう。
 しかし、「恋人がいるかいないか」というのは、人間の価値を計る基準にはなりえません。
 というのも、「恋人ができない理由」を考えれば、
 ・物理的に時間がない
 ・異性のいない環境で、毎日長時間過ごしている
 ・謙虚であるがゆえ、あまり積極的にはなれない
 ・ひどく傷つけられた経験があり、トラウマになっている
 ・やりたいことが多すぎて、恋愛は後回し気味
 など、必ずしも本人に原因があるとは限らないからです。
 もっと言うと、「相手がいれば誰でもいい」と、
 見栄や外聞のために形だけのつまらない付き合い方をしているだけの人でも、
 「付き合っている」というだけで価値が生まれるなら、そのほうがおかしいのです。


 人を見る時、「わかりやすいもの」だけを見ても、なかなか本当の価値は見えません
 わかりやすい例として恋愛を出してみましたが、本当はこれ、すべてに言えることです。

 「実力も人柄も恵まれているのに、たまたま成功するチャンスに巡り会えていない人」というのは、
 どこに行っても必ずいます。
 そんなに簡単に成功できるなら誰だって努力はしませんが、
 現実には、努力のし過ぎで気力を無くしかけている人がいるのです。
 その証拠に、「夢を叶える」テーマの本はいっぱい出版されてきていますし、
 受験にしても、オーディションにしても、人気があるところは押しなべて倍率も高い。
 そういうことを一つひとつ考えていけば、経歴だけを見て白黒つける発想には至らないハズです。

 自分に対しての見方でもそう。
 自分のことを経歴で考えるのは、あまり生産的ではありません。
 「経歴が良ければ自分を磨かなくてもいい」なんて、そんな馬鹿な話はありません。


 人間の価値を計る時、見られるのはあくまでも経歴よりも「生きる姿勢」です
 外から見えるようなものだけで価値が付くというなら、
 その「外から見えるもの」の価値がなくなったら、
 同時にその人の価値もなくなるのでしょうか!?
 私は違うと思うんです。


 どういう姿勢でいるか。
 どんな感情を持つか。
 どう表現をするか。

 結局、人間の価値ということを考えた時、
 「自分の力を出し切っている人ほど、価値もあとからついて来る」というところに落ち着くハズです。
 ずーっと同じ価値でいる人なんて、誰もいないのです。

 くれぐれも、人に簡単にわかるような経歴には惑わされませんよう。
 自分に自信がない皆さんや、人の視線が気になる皆さんは、
 自分を出し切ってみると、道が開けてきます。

隅田川・中央大橋

2011年09月29日 05時50分57秒 | 雑感、雑記
 こんにちは
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 隅田川にはたくさんの橋がかかっていますが、
 個人的に一番絵になるのはライトアップ時の勝鬨橋と、この中央大橋です。
 リバーシティ21がバックにあり、いつ来ても近未来都市のようで、隅田川の中では私の一押しです☆


 こういうステキな夜景は大好きですヾ(*^▽^*)o

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サクサク打てる!

2011年09月28日 23時01分44秒 | 雑感、雑記
 こんにちは
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 昨日、やっとケータイが修理から帰ってきました。
 代替機っていうだけで、ボタンの配置や仕様が一緒でもなんか違和感が…。
 あと、使い込まれていて電池の減りが早く、
 ブログの文章を書くのが実は大変でした(笑)


 やっぱり手に馴染んだ機種はいいなー!!

音楽のお仕事

2011年09月28日 22時00分49秒 | 雑感、雑記
 こんにちは
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 私は創作が好きで、ブログ以外にも実はいろいろやってきました。
 つい先日、なんと私に作曲をしてほしいという話があり、
 久しぶりに「頼られる」感覚が嬉しくなって、やり始めることになりました。

 何を言われようと作曲にブログは続けますので、
 毎日見に来てくださっている皆さんもご心配なく。


 期限…じゃなかった、機嫌がよかったら公開するかもしれません。
 いろいろ創作ができるってありがたいです。

全力投球。

2011年09月28日 19時04分01秒 | 青裸々日記。
公園のとんぼ(東京都江戸川区)

 こんにちは。
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 街を歩くと、駅前には必ずといっていいほどリフレクソロジーのお店があります。
 本屋さんに行けばポジティブ思考の書籍が溢れ、
 宝くじ売り場は大盛況。
 これが何を意味するかというと、「生きていくそれ自体が大変なこと」だということが出来ると思うんです。

 誰だって、余裕を持てるに越したことはありません。
 しかし現実には、余裕を持つだけのキャパがないから、
 「少しでも楽になりたい」という気持ちが起こるわけです。
 そう考えると、リフレクソロジーなりポジティブ思考なりというのは、「余裕が欲しい」という心理の顕れ以外の何物でもありません。


 逆に言えば、いかに多くの人が余力もない位、精一杯に生きているかということでもあると思うんですね。
 世の中にはいろんな人がいますが、「癒されたいという人が多いであろう現実」を踏まえれば、
 表には出さなくても、かわいた雑巾を絞るような人もいると考えるのが自然です。


 そういう中にいるんだと思えば、人に対してもっと優しくなれないかと、私は思うんです。

 夏場は暑いですが、そんな暑い中にいれば、隣の人も暑いだろうとか、飲み物のひとつでむ買ってきてあげようかとか、
 暑い中自分のためにいろいろやってくれてありがたいとか、
 いろいろな念がわいてきます。
 しかし、なにも夏場でなくたって、「生きていくというだけで大変なこと」と知れば、
 人に対してもう少し思いやりが持てる気がするんです。


 もちろん、「精一杯な人が多い」のであれば、自分のことで持ち切りになってしまう人も多いわけで、
 人に気をまわしているようなことは出来ないかもしれません。
 しかし、誰もが一生懸命に生きているんだと知れば、
 せめて人に尊大な態度を取ったり、傷つけるようなことや揚げ足取りも、する理由がありません。
 また、「余力がない中でやってくれた」ということを併せ考えれば、
 人に感謝することの大切さも、余計によくわかるハズです。
 つまり、人を軽んじるのは、本当は生きていく大変さがわかっていないか、あるいは自分を客観視する余裕がないかのどちらかということなのです。


 人間、自分には甘いもの。
 ついつい「やってあげたこと」に目がいきがちですが、
 本当はお互い様なのです。
 「お互いに精一杯同士、優しくし合いましょうね」という心掛けがあれば、
 世の中、どんなに過ごしやすくなるのだろうと私は思いますが、いかかでしょうか!?

大川端リバーシティ21

2011年09月28日 05時57分59秒 | 雑感、雑記
 こんにちは
 今日も皆さん、ありがとうございます。
 東京は暖かくなるようですが、ここで体調を整えられるといいですね!



 久しぶりに夜景を撮りたくなって、隅田川に行ってきました。
 このリバーシティ21は、隅田川のシンボル的存在で、
 ご存じの方も多いのではないかと思います。


 秋の夜長、寒くなる前にたくさん出歩いておきたいです。

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コップを一杯!

2011年09月27日 23時23分16秒 | 雑感、雑記
 こんにちは
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 理由がなんなのかは忘れちゃいましたが、寝る前と起きた後はコップ一杯のお水を飲むといいらしいです。
 ああ、調べときゃよかった、理由を…。

 ソンはないので、よければやってみませんか!?
 私はこれのせいか調子がいいのです(笑)

「代弁者」。

2011年09月27日 23時08分12秒 | 青裸々日記。
百日紅(東京都江戸川区)

 こんにちは。
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 「風邪が流行り出す」時期は、季節の変わり目に多いと言われています。
 気温の変化に対する調節に失敗したり、環境の変化に適応できないと、
 結局は体の具合が悪くなる。
 しかし、実は「自分がひいた時」ほど、流行っていると感じること、結構あるのではないかと思うんですね。
 風邪にかかるとなぜか同じように風邪気味の人を見つけてしまったり、
 あるいは、風邪が治ったら周りも治ったかのように思えたり。
 つまり、「自分の状態や環境」をフィルターにして見てしまうことって、
 注意してみると、意外と多くあるものなんですね。



 これを踏まえて。


 本当は自分の希望や要求なのに、具体的な根拠も示さず、あたかも世の中の大勢が要求をしているかのような話しぶりをする人がいるのです。
 甘えたい人は「甘えさせてほしい人がいっぱいいる」、
 話をしたい人は「話し手こそが重要だ」、
 服装にお金をかける人は「身なりのなっていない人はいない」など。


 でもこれ、おかしい話ですよね。
 世の中にはいろんな人や場面、状況があるのですから、
 根拠も示さず、いきなり「みんなこう思ってます(。だから…)」などと、言い切れるわけがないのです。
 先の例で言えば、「別にそんなに甘えたいというわけでもない」という人もいるだろうし、
 「聞き手にまわっているほうが得意だ」という人だっている。
 そこを無視して自分の話を大きく言うのは、話として無理がありますよね。


 では、なんで「みんなが思っているから」などと枕詞(まくらことば)を付ける必要があるのか。
 それは、自分の意見に自信がないか、伝える気持ちが強すぎるからです。

 相手にものを言う場合、「一人の意見」として言うか「大勢の意見」として言うかでは、
 説得力が俄然、違いますよね。
 個人の意見なら「そういう感想もありますね」で済みますが、
 人数が多ければ、無視し続けるのも難しくなります。
 人には等しく個性というものがあるわけですが、「多くの感性や考え方をもってしても同じ意見になる」ということで、
 嫌でも耳を貸さないわけにはいきません。


 しかし、ちょっと考えてみましょう。
 本当に正しい意見なら、いちいち「みんなが思っているから」とか「これこれこういうことが常識だから」と言わずとも、
 自分の言葉で、わかりやすく説明できると思いませんか
!?
 相手が分からず屋ならまだしも、いきなり「みんながこうだから」と持ち出すのは、
 本当は自分で説得力を下げているにも等しいのです。


 あたかも正義面をしてものを言うようでも、わがままはわがまま、偏見は偏見なのです。
 あまりにも「みんながこうだから」という言葉が鼻につく場合は、「みんな」を「私」に代入してみて下さい。


 いわれのない見せかけの「多数意見」に、惑わされることはないのです。

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