バレンタインデー。世の中は義理チョコに本命チョコに、友チョコに……。名目は色々あるが、チョコが乱舞する日である。
ここ東城大学医学部付属病院でも、例外は無かった。特に田口はこんな日にうろうろ病院内をうろついたが最後、次々と声をかけられ、お供え物、もといチョコを貰う羽目になる。若いときはそれなりにチョコを貰うと嬉しくて、同期と数を数え合ったこともあった。しかし、長年、大学病院にいると、徐々に同期は様々な理由で病院を去り、残ったのは教育熱心な奴か、研究に邁進する奴か、教授の覚えめでたい奴か、技術は素晴らしいが、人としてはどうよという奴ぐらいだ。
なので、本日は極楽病棟にこもっていた。にもかかわらず、紙袋いっぱいのお供えの数々が就業時間までに溜まった。藤原にも持って帰って貰おうと思ったが、太りたくありませんので、これでいいですわと彼女が貰ったのはほんの少しだけ。
仕方なく、田口はお裾分けをすべく、オレンジ新棟へと向かった。
「速水。今暇?」
途中で、速水に電話を入れる。
「…お前なぁ」
なんとも言えない返事が返った。
「あっ、ごめん。暇なわけないか」
ついつい、田口は自分の病棟の感覚で声を掛けてしまった。
「まあ、今は比較的落ち着いているかな。それより、何か用か?」
「今から、ちょっと顔を出してもいいか?」
「ああ」
速水が二つ返事で答えたのを聞いて、田口は紙袋を持って、オレンジの入口をくぐった。
「こっちだ行灯」
速水が田口に手を振った。
「ああ。速水、これお裾分け。医局のみんなが食べてくれるといいけどさ」
田口は速水にチョコなどが入った紙袋を渡した。
「…行灯。えらいもてようだな…」
呆れと感心を込めた速水の声に、田口は軽く首をすくめた。
「義理チョコと友チョコと、お供えもの?で、お前がもらうような本命チョコはないからな」
「あったら、俺がすぐさま、持ち主に返しに行くぞ」
物騒な台詞を口にする速水に、田口はさすが三歳児と感心する。が、実行されては困る。
「とにかく、これは医局に差し入れだから、一人で食べるなよ」
「はいはい」
軽く速水は返事をすると、ちょうど患者の様子を見に来た滝沢に、
「滝沢、これ田口から、お裾分け。医局に置いとくぞ」
と声を掛けた。
「ありがとうございます」
きっちり頭を下げてお礼を言う滝沢。随分とここに馴染んでいる。
「いい後輩が育っているな」
「ああ。色々な意味でいい男だ。まっ、俺には劣るがな」
田口にウインクをして、速水が笑う。はいはいと田口は軽く受け流す。でないと、何と言って絡まれるか分かったものじゃない。
部長室に着いた田口は、あちこちに散乱する書類に眉を潜めつつ、簡単に片付けを始めた。秘書を速水につけて欲しいと、改めて田口は病院長に要望しようと思う。
「速水はチョコ貰っていないのか?」
「ああ? 上のちびっ子たちからは色々貰ったけどな」
「小児科?」
「ちょっと前に、上から来てくれコールが掛かって行くと、病室回りをさせられた」
「そりゃ、大変だったな」
まあな。と、速水は優しい顔で笑った。さらに、貰ったチョコはそこにあると、指を指した先に、リボンがついたバスケットが置いてあった。
田口が見に行くと、ラッピングされた色々な形をした可愛いチョコが入っていた。中には、メッセージが付いている物もある。
「お返しが大変だな。毎年のことだけど…」
「仕方ないよな。やるというのを断るわけにもいかないし…。で、行灯君は俺に本命チョコは無いのかよ」
「有るけど、ここには無い。家に帰ってからな」
救命医としての速水は尊敬するに値するが、性格は何かと面倒な男だ。長年の付き合いで扱い方を心得ている田口は、ここで彼がふて腐らないようにしておかないと、オレンジの天気が急降下するのを知っていた。
「……」
「けど、前払いで」
と言いつつ、小さなチョコの包みを手に乗せて、速水の目の前に差し出した。さらに、彼が口を開く前に包みを開けて、チョコを摘まむと、
「はい、あーん」
と言いながら、速水の口へと持って行く。途端に、パクッとチョコごと指が速水の口の中に消えた。
「指、離せ!」
慌てて田口が叫べば、あっさり解放される。
「油断も隙も無い…」
ぼやく田口に、速水は盛大なため息をついた。
「そりゃこっちの台詞。行灯のくせに俺を煽るな」
「…うう。ごめん」
ここは素直に田口は謝る。
「まあ、可愛いから許すけどな。後で覚えていろよ」
不敵なまでの速水の凶暴なフェロモン垂れ流し笑顔に、田口は腰が引けた。が、ここで逃げればいいのに、田口はにっこり笑った。なんだかんだ言っても、惚れた弱みである。
「帰り、迎えに寄るからおとなしく愚痴外来で待ってろよ」
速水は田口を抱き寄せると、少々濃厚なキスをした。
※バレンタインネタでした。以前、サイトで書いたことがあったかなぁと思い確認しましたが、大丈夫でした。が、以前に書いた速水先生のキャラが今と違う気が…。まあ、時の流れと言うことで。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます