これまで合掌をテーマにブログを何度か書いている。 2021年2月4日『人"間”工学』〜合掌
『合掌』こそは、時代や宗派や人種を超えて仏教の郷里・インドから中国、韓国を経て日本に伝わった仏教徒の挨拶。
ある意味、合掌は禅の旗印『不立文字・教外別伝・直指人心・見性成仏』をそのまま体現している、 簡単、簡潔な行為。
これだけ『重要』(私にとって)な『合掌』であるが、ほどんど誰も何も言わない・・・のは、後に私に自由な発想を許すためなのか?
私のブログ名『拈華微笑』は、仏陀となった釈迦が弟子が悟ったかどうか調べるのに、黙ってただ『華』を提示した…という公案にもなっている逸話。
蓮華を持つ菩薩像を時折みかけるが、それってこの『拈華微笑』が関係しているのだろうか。
仏陀が『華』を提示したとき、それは『華』でなければならなかったのか?・・・私は長い間それがわからなかった。
『蓮の華』は泥沼から美しい華を咲かせるが、泥沼が煩悩とし、そこからこそ『美しい華』を咲かせる…
その象徴を仏教は何時の頃からか、『華厳経』とか『法華経』とか仏像の台座を『蓮華座』とかして、『蓮華』のイメージを強調している。
仏陀がこの『華』で示したかったことは、他でもない、『 貴方もあなたの『華』を咲かせなさい・・・』というシンプルなメッセージだとすると
私にとって『合掌』が『蓮華』の花となる。
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