逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

早すぎた悲劇、天誅組と中山忠光

2009年08月17日 | 社会・歴史
1853年ペリー提督率いるアメリカ海軍東インド艦隊4艘が浦賀沖に来航し、圧倒的な軍事力を背景にして日本(徳川幕府)に開国を迫った。 以後日本国内は開国か攘夷か、朝廷を担ぐ尊皇か親幕府の左幕かで国論が二分し大騒動となり、徳川幕府は急速に弱体化していく。 この時、歴史の流れに逆らった『遅すぎた悲劇』が近藤勇や土方歳三の新撰組なら、『早すぎた悲劇』とは、今から146年前の今日。明治維新の4年半前の186 . . . 本文を読む
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小川功太郎 『ファルージャ突入記』

2009年05月27日 | 社会・歴史
橋田信介 1942年8月22日生まれ。 2004年5月27日、イラク戦争取材中にバグダッド付近マハムディヤでアメリカ軍の検問の直後に殺害される。享年61歳。 小川功太郎 NHKでディレクターを勤めた後、2003年7月退社、フリーとなる。以後、戦場取材のベテラン記者である伯父・橋田信介氏と行動をともにする。2004年3月、イラク入り。2004年5月27日、バグダッド近郊で橋田氏とともに攻撃され襲 . . . 本文を読む
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新型インフルエンザ異聞『マスクが無い』

2009年05月23日 | 社会・歴史
麻生首相が政府の作ったテレビコマーシャルにわざわざ特別出演して国民に対して『冷静に対処するように』と呼びかける。 それ以前のテレビニュースの放送では、枡添厚労相が『正しい情報で冷静に対処するように』と呼びかける。 これでは逆効果である。 如何見ても、政府自らが一般の善良な日本人の危機感を『これでもか』『これでもか』と、煽っているように見えるのは私だけだろうか。? 『異様な光景が出現』 と . . . 本文を読む
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また戦争プロパガンダが始まったー日本語版によせて

2009年02月20日 | 社会・歴史
ポンソンビー卿への感謝 ブリュッセル自由大学で『歴史批評』の講義を担当する事になったとき、恩師であるスタンジュール教授が、座右の書として、そして講義の要になるものとして熱心に勧めてくれた二冊がある。 一冊目は、ジャン・クリュが、戦時に行われた証言について論じ、その正当性について疑問を投げかけたもの。 もう一冊は、1928年ロンドンで出版された、アーサー・ポンソンビーの衝撃的な著書『戦時の嘘』で . . . 本文を読む
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戦争プロパガンダ10の法則

2009年02月18日 | 社会・歴史
『戦争プロパガンダ10の法則』(草思社) アンヌ・モレリ Anne Mbrelli 歴史学者。ブリュッセル自由大学歴史批評学教授。 歴史批評を近代メディアに適用し、世論を特定の方向に誘導するからくりを体系的に分析。 第一次大戦中にイギリスで平和主義を貫いたボンソンビーの著書『戦時の嘘』に基づき、その当時、人々を戦争に駆り立てたプロパガンダの法則が、現在もやはり、同じように人々を欺くために使用され . . . 本文を読む
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1898年2月15日、戦艦メイン号の爆沈

2009年02月15日 | 社会・歴史
111年前の1898年2月15日に突如勃発して、米西戦争の原因となった「メイン号事件」は色々な意味で、最初から最期までアメリカがかかわった(アメリカが主役)の事件であり、アメリカ合衆国の本質を語る上で避けて通ることの出来ない事例であろう。 米西戦争とは、徹頭徹尾アメリカによる、アメリカらしい、アメリカの為の戦争であった。 この戦争以後、アメリカは新興の世界帝国として世界の歴史に登場してくる。 . . . 本文を読む
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日本は官僚社会か? 

2009年02月09日 | 社会・歴史
『何故官僚問題が大騒ぎされるのか』 昨今のマスコミによる官僚叩きを見ていると『日本は官僚社会』との認識は正しいとは言えないのではないか。?、との根本的な疑問が湧いてくる。 本当に日本が官僚が主導する社会なら、今とは全く逆の『官僚(公)の力の失墜』とか、『官僚(公)の権威が失われる問題点』とか、『官僚(公務員)が少なすぎる』等がマスコミ各社によって大々的に宣伝(報道)されるはずです。 マスメディ . . . 本文を読む
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日米密約『米兵1次裁判権を放棄』

2008年10月24日 | 社会・歴史
日本に駐留する米兵らによる事件について日米両政府が1953年10月、「日本にとって著しく重要と考えられる事件以外は1次裁判権を行使するつもりがない」との密約を交わしていたことを裏付ける文書が明らかになった。 国際問題研究者の新原昭治さん(77)が23日、米国立公文書館で見つけた機密文書を公表した。 『裁判権の放棄』 この文書は米国立公文書館が95年に公開を解禁した在日米大使館秘密外交文書の . . . 本文を読む
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1973年9月11日(火曜)チリの9・11

2008年09月11日 | 社会・歴史
2001年9月11日、噴煙をあげながら崩れ落ちるWTCビルの映像を見て、多くのチリ人たちが、それを28年前のモネーダ宮殿の姿に重ね合わせたと言う。 1973年9月11日は、アメリカCIAに支援されたピノチェト将軍率いる軍事クーデターで選挙で選ばれたアジェンデ左翼政権が崩壊する。 空軍機の爆撃を受けて炎上する大統領官邸(モネーダ宮殿)からアジェンデ大統領は最後のラジオ演説を行った直後に殺害される。 . . . 本文を読む
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西山記者の敗訴確定、最高裁上告を棄却

2008年09月03日 | 社会・歴史
沖縄返還協定に関する機密公電を外務事務官から入手し、国家公務員法違反罪で有罪が確定した元毎日新聞記者西山太吉さん(76)が、違法な起訴で名誉を傷つけられたとして国に損害賠償と謝罪を求めた訴訟で、最高裁第三小法廷(藤田宙靖裁判長)は9月2日、原告側の上告を棄却する決定をした。訴えを退けた一、二審判決が確定した。   一審東京地裁は、西山さんに対する起訴から今回訴訟を起こすまで20年以上経過している . . . 本文を読む
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ポツダム(米、英、ソ、中)共同宣言

2008年08月18日 | 社会・歴史
ポツダム宣言は,1945年7月26日のポツダム会談での合意に基づいてアメリカ合衆国、中華民国および英国の首脳が、大日本帝国に対して発した第二次世界大戦(太平洋戦争)に関する13条から成る勧告の宣言。 宣言を発した各国の名をとって「米英支ソ四国共同宣言」ともいう。 1945年8月10日、大日本帝国はこの宣言の受け入れを駐スイス大使館経由で連合国側へ申し出、またラジオトウキョウを通じてアナウンス。 . . . 本文を読む
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続、疑問だらけの日航123便墜落事故調査(資料)

2008年08月14日 | 社会・歴史
■気圧は半分以下。酸素も不足。でもマスクなしでも乗員異常なし  地上では標準気圧は1気圧で、水銀柱で760 (1013ヘクトパスカル)ですが、高度24000ftでは約308mm(400ヘクトパスカル)と気圧は半分以下に低下します。 それに比例して酸素も薄くなります。  事故調が推定しているように、5秒程度で気圧が半分以下に低下する のはまさしく急減圧です。 航空医学書などによりますと、(例「 . . . 本文を読む
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疑問だらけの日航123便墜落事故調査(資料)

2008年08月13日 | 社会・歴史
疑問だらけの事故調査 日航123便墜落事故 ■日航123便事故の経過  1985年8月12日、日航123便(ボーイング747SR-100 JA8119)は18時12分、羽田空港滑走路15Lから離陸し、大阪に向かいました。  巡航高度24000ftに到達する直前の18時24分35秒、伊豆半島稲取港の東約4 沖の上空で、操縦室音声記録装置=ボイスレコーダー(CVR)に記録された「ドーン」というよ . . . 本文を読む
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23年目の日本航空123便墜落事故

2008年08月12日 | 社会・歴史
1985年8月12日午後6時56分、日本航空(当時)123便、東京(羽田)発大阪(伊丹)行、ボーイング747SR-46(「ジャンボジェット」、機体記号JA8119)が群馬県多野郡上野村の高天原山「御巣鷹の尾根」に墜落した事故である。 死亡者数は乗員乗客524名のうち520名、生存者は4名であった。 死者数は日本国内で発生した航空機事故では最多であり、単独機の航空事故では世界最多である。 事故 . . . 本文を読む
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20年目の潜水艦なだしお事件

2008年07月24日 | 社会・歴史
二十年前の昨日、一九八八年七月二三日、東京湾横須賀沖合(横須賀港北防波堤灯台東約3km)で、潜水艦なだしお2250トンと遊漁船第一富士丸154トンが衝突し、第一富士丸がなだしお艦首に乗り上げ横転して海中に没し、第一富士丸の乗客ら30名もの尊い命が失われるという痛ましい事故が発生した。 なだしおは伊豆大島北東沖での自衛艦隊デモ訓練を終えて横須賀へ帰投中。第一富士丸は横浜から大島に向かっていた。 乗 . . . 本文を読む
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