Buen viaje! よい旅を♪

訪問ありがとうございます。旅をしたのは遥か前…現在は泥臭く土まみれ油まみれになりながら、何かを作り生きてます

【マチュピチュ】アグアス・カリエンテス 足止め3日目 初めて泣いた夜

2010年07月11日 | '10 ペルー(中南米3カ国・16日間)

 2010年1月27日

 マチュピチュ災害が起こり、3日目の夕方6時前に、日本大使館から連絡員が来ました。

 災害だからって、日本大使館の大使が来てたら、業務に支障が出ますわなそりゃ(汗)。

 大使じゃなく、在使の方なのか、はたまた総務班、政務班、経済・経済協力班、広報文化班、
 どの担当部署になるのか分からないけれど、とにかく日本大使館からお越しです。



 お名前は、ウダガワさん


 





 現地に来るまでも、天候が安定せずなかなか離陸できなかったり、他の大使館職員も来たかったそうですが、

 選抜隊として、日本他、約5カ国の大使館関係者が来られたようです。


 災害中なんですけど、日本じゃニュースになったり、新聞載ったりしてるそうなので、

 『ニュースの人』になった気分で、日本大使館から来たウダガワさんを見てテンションUPです(笑)。


 集まった(私を含め)バックパーカーたちで、写真なんか撮っちゃったりしてます。

 


 ウダガワさん、とっても物腰優しいジェントルマンで、不思議と『ウダガワさん来たから、もう大丈夫!』

 なんて、思っちゃいます。


 写真を撮ってるバックパッカーたちを見て、ウダガワさん、

 『君達、こんな状況なのに余裕だねぇ(笑)。』ですって。
 



 状況説明をいろいろ受けて、バックパッカーたちが協力して作成した名簿(約20人分)を渡します。


 そしたら、ウダガワさん。。。。


 『こんなにいたんですか。。。(汗) 大使館でも把握してない名前がたくさんありますね。』
 

 おぉぉぉ~、なんか一瞬鳥肌立ちますわっ(ほんと、無事で良かった私)。
 

 ウダガワさんの話は、重要なものから、マル秘な内容までなかなか盛りだくさん。


 チョコット披露すると、災害が発生してから、アグアス・カリエンテスの宿や食堂が、
 軒並み値上げになりまして、
 まぁ~、地元の人からすると『こんな時だからこそ、儲けれるから儲けとく!』
 の発想だと思うのですが(わからないわけではないけれど。。。)、

 観光客としては、『こんな時だからこそ、高くするんは違うんじゃないかいっ!』
 (すき放題わがまま言ってしまう)わけでして、



 値上がり状況が、ペルー政府の観光大臣の耳に入ったらしく、


 
 アグアス・カリエンテスの村長さんが、大臣にお叱りうけちゃった。んですって。


 『困ってる観光客の足もと見るような事をするなっ!』ってね(笑)。



 というわけで、ウダガワさん曰く、

 『今後は、宿代や食事代が上がるようなことはないです。』と。


 う~ん(悩)、この日の夜ご飯食べ行ったけど、高い値段で請求はされませんでしたが、

 『食材がないっ! (ほんとはあるけど、お前らに食わせる)食材はないっ!』

 的な、扱いうけましたけど、どうなんでしょうそこんところ。。。

 

 
 





 日本人に対して、いろいろ変な噂も飛び交い始めた足止め3日目。

 大使館から職員さんが来てくれて、とにかく本当に良かった。





 ウダガワさんは、この後他国の大使館関係者との対策本部でミーティングがあるそうなので、

 ミーティング後、どのような話し合いになったか教えてくれるとの事で、夜8時に、

 再び駅に集合となりました。




 夜8時まで、かなり時間があったので、たまった洗濯物を『ランドリー』に持って行き、

 洗濯をお願いします(ここでは、自分で洗濯するランドリーはなく人にお願いするようになってました)。



 ランドリーのおじさんに、洗濯物を預けて、受け取りの時間を聞きます。

 
 『おっちゃん、今なんて????』


 もう一度、洗濯おじさんに時間を聞きます。


 『once』


 オ、オ、オンセェ~!!! 夜の11時受け取りかいっ!

 
 おじさん、それまでここにいるの??? ちゃんと起きてるの??? 

 不安になりつつも、お洗濯をお願いします。







 午後7時。

 夜の帳が下り、一緒にいたバックパッカーのまさ君達も、いつの間にかどこかへ行ってしまい、

 気がつけば一人。




 ツアー客に言われた言葉が、頭の中を駆け巡る。。。

 日本にいる友達の顔を思い出し、心折れそうに。。。


 
 ってか、折れた。


 一人、アグアス・カリエンテス駅構内の暗闇のベンチでこの旅始めて泣きました。
 (人前では、涙は見せないお年頃。。。)




 ペルー時刻 19時15分。 

 日本の現地時間 午前9時15分。 


 携帯を見つめ、友の声が聞きたくなった。


 『みんな、忙しいだろうな。。。』 

 『こんな時間、携帯なんて繋がらないだろうな。。。』


 このご時世、みんな利用してるのはほとんど携帯なのねぇ~(涙)

 
 
 アドレス帳を開き、繋がる確率の高い固定電話の番号をいつの間にか探してた。

 
 町内の役場の番号が。。。


 『住民課に【悩み相談】で電話してみようかな?』


 いろんな意味で、怒られるから却下!

 いったい、誰になんて言えばいいんだっ!

 『ペルーで今、これから先の事に悩んでます。』って???

 電話口の相手が返答悩むわっ!

 
 
 気がつけば、友がいる『教育委員会』に電話してしまい、

 電話口に出た友の声。

 日本を飛び立ってまだ、1週間と1日しか経っていないのに懐かしくて、温かくて。。。

 つい、弱音を吐いてしまう。

 『もう、嫌だ。帰りたい。。。』

 
 『大丈夫??? みんな心配してるよ。 ちゃんとご飯食べてる?』

 不思議なものです。懐かしい声を聞いたとたん、張り詰めていた気持ちが和らいでいきます。

 
 『色々日常にはないハプニングばかりで、戸惑うことも多いけど、日本人に会えて、
  一緒に行動させてもらってるから、今のところ大丈夫。』  

 

 落ち込むこともあるけれど、私は元気。

 そう! 元気が一番!

 友の声に励まされ、間違いなく今回の旅で『私強くなってるっ!』。


 リスクて言葉は、これからも旅を続ける限り、脳裏を離れないだろう。


 でも、それはきっと良い意味で勉強になったんだ。

 そう思える強さを、少し手にいれた気がしました。 
 







 携帯、パソコン、現代を象徴する機器のおかげで

 地球の裏側にいるのに、繋がってる。 

 
 



 災害中、心配して、ブログにコメント残してくれたたくさんの人たち。

 au限定になっちゃうけど、Cメールをくれた師匠、それからカメラ好きさん。

 皆に、たくさんの勇気をもらいました。

 本当にありがとう。

 




 夜8時になり、再び集合。

 


 ウダガワさんの話を聞き、とにかくヘリ搭乗の順番は、国籍を問わず今までどおり『年齢順』との事。


 何かあればと、緊急連絡先を教えていただき、この日を無事に終了。



 今宵の宿は、災害初日にアジア圏で集められ、待機したペルーレイルの一等車両
 (その時の写真)。
 『ビスタ・ドーム』

 
 
 まさか、こんな形で高級車両に乗ること(寝ること)になるとは、想像もしてなかったので、貴重な体験です。


 これぞ、旅の醍醐味!

 ハプニングあって何ぼの、旅じゃいっ!


 不安だった洗濯物も無事に受け取り、その後は駅構内で、夜遅くまで列車泊まり組みの、
 バックパッカー隊のボーイズたちと、恋愛談義に花を咲かせ、

 ってか、私女ですけど~まったく恋愛対象に見てないままで話し進めるのやめてぇ~的な?

 『肉食系、草食系男子とはなんぞやっ???』で盛り上がり、話し疲れて消灯。


 オヤスミナサイ。。。




 はぁ~、いつになったらここアグアス・カリエンテスを脱出できるのかなぁ。。。